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悪の女王は……嘘つきです

それから、数日後。


ローゼンバーグ王国の城下町を。


今日も一人の少女が歩いていた。


黒い外套をまとい。


少しだけ顔を隠して。


本人としては、完璧に正体を隠しているつもりらしい。


その名も。


謎の悪女、エミィ。


――つまり。


ローゼンバーグ王国女王、エミリアその人だった。



その身体の奥で。


私は、静かに街を眺めていた。



いつもと変わらない街。


店先には商品が並び。


道を歩く人達が笑い。


子供達が走り回っている。



少し前まで。


帝国の大軍が、この国へ向かっていたというのに。



この人は。


また。


王国を救ってくれた。



何万もの兵が攻めてきても。


街には戦火を届かせず。


民を怯えさせることもなく。


まるで。


何事もなかったかのように終わらせてしまった。



本当に。


何なのでしょう。


この人は。



私だったなら。


きっと。


帝国が攻めてくると聞いただけで。


何も出来なくなっていた。



怖くて。


不安で。


誰かに助けを求めて。


それでも、どうしていいか分からなくて。



最後には。


王国と一緒に滅びていたかもしれない。



でも。


蓮は違う。



私には絶対に出来ないようなことを。


まるで。


お茶を一杯飲むように。


当然のこととして、やってしまう。



この国を立て直して。


民を飢えから救って。


そして今度は。


帝国から王国を守った。



感謝してもしきれない。



私にとって。


この人は。


間違いなく、大恩人です。



――でも。



セバスのことだけは。


絶対に許していません。



あの人は。


お祖父様に仕えていた人。



お祖父様は。


誰からも期待されなかった私を。


信じてくれていた。



いつか。


この子の才能は、この国のためになる。



そう言って。


セバスに。


私のことを託してくれた。



そして。


セバスは。


ずっと、その約束を守ってくれた。



お父様が国を滅茶苦茶にしても。


王国が滅亡寸前になっても。



最後には。


お父様が私を置いて逃げても。



セバスだけは。


私の側に残ってくれた。



そんな人を。



蓮は。


王宮から外した。



まるで。


もう必要がないとでも言うように。



だから。


私は。


あれ以来。


蓮とは話をしていません。



絶対に。


口なんて聞いてあげません。



……聞いてあげないのですけれど。



「これを三つ」


蓮が屋台の商品を指差した。


「あと、そっちもいただくわ」


「はいよ、エミィ様!」


店主が嬉しそうに包み始める。


「少し多めに入れとくよ」


「いらないわ」


「え?」


「正当な代金を受け取りなさい。商売でしょう?」


「あ、はい!」


「それから」


蓮は別の包みを見る。


「それは小さい子でも食べられるかしら?」


「ああ。それなら大丈夫だ」


「そう」


また一つ。


荷物が増えた。



…………。



私が。


こんなにも怒っているのに。



この人は。


まるで気にしていない。



私が話しかけなくなったことに。


気付いていないのでしょうか。



いえ。


さすがに気付いていると思うのですが。



だったら。


少しくらい。


困ってもいいのではないでしょうか。



それなのに。


いつも通り。


街を歩いて。


いつも通り。


食べ物を買って。



何なのでしょう。


本当に。



悪い人だと。


自分では言っています。



悪の女王になるのだと。


いつも得意そうに言っています。



でも。


私には。


どうしても。


この人が悪い人だとは思えない。



むしろ――。



「これくらいでいいかしら」


気付けば。


荷運びの者が抱える包みは、随分な量になっていた。



……またです。



そして。


この人が、これだけの食べ物を買い込んだ時に向かう場所も。


もう分かっています。





城下町の一角。


大通りから少し離れた場所に。


その孤児院はあった。



豪華な建物ではない。



けれど。


庭は綺麗に掃かれ。


壁はきちんと修繕され。


小さな花壇には、色とりどりの花が咲いている。



蓮が門を潜る。



「あ!」



庭で遊んでいた子供が。


こちらを見つけた。



「えみー!」



次の瞬間。


何人もの子供達が一斉に駆け出した。



「今日はエミィさんだよ!」


「エミィさん!」


「女王さまー!」


「エミィさん、何持ってきたの!?」


「お菓子!?」


「遊ぼー!」



「ちょっと」


蓮が思わず一歩下がる。


「群がりすぎよ。順番を守りなさい」


「えみー!」


「エミィよ」


「エミィー!」


「女王さま!」


「今日はエミィだと言っているでしょう!」



子供達が笑う。



蓮も。


呆れたような顔をしながら。


どこか楽しそうだった。



「それより」


蓮は持ってきた包みを指差した。


「食べたいのでしょう?」


「食べるー!」


「お菓子ー!」


「なら先に手を洗ってらっしゃい」


「えー!」


「食べ物の前には手洗い」


蓮は腕を組む。


「悪の組織の掟よ」


「掟なら仕方ない!」


「手洗うー!」


「走らない!」


「はーい!」



……走っています。



「石鹸も使いなさい!」


その背中へ。


蓮が声を飛ばす。


「水だけで誤魔化した子は、悪の幹部見習い失格よ!」


「使うー!」


「ぼく幹部になるー!」



笑い声が。


庭いっぱいに広がった。



私は。


その光景を。


身体の奥から見つめていた。



この子達は。


知らない。



少し前まで。


帝国の軍勢が。


この国へ迫っていたことを。



自分達の住む場所が。


戦場になるかもしれなかったことを。



帝国の兵士が。


ここまで来ていたかもしれないことを。



何も知らない。



今日も。


友達と遊んで。


お腹を空かせて。


食べ物を見つけて喜んで。



明日も。


同じように遊べると思っている。



それで。


いいのでしょう。



国を救う。


民を守る。



そんな言葉を聞くと。


私は。


もっと大きなものを想像していました。



立派な王になること。


大勢の人を導くこと。


国を豊かにすること。



でも。



本当は。



今日も。


お腹いっぱい食べられること。



友達と笑えること。



怪我をしたら。


誰かに心配してもらえること。



夜になれば。


明日を怖がらずに眠れること。



そんな。


小さな幸せを。



当たり前のように守ることなのかもしれない。



この人は。


それが出来る人。



私には。


出来なかったこと。



……私が。


小さな人間だから。


そう思うのでしょうか。



「エミリ――」



その時。



聞き慣れた声がした。



「……エミィ様」



「またお一人で出歩かれて」


「皆様が心配なさいますよ」



…………。



え?



この声は。



蓮が振り返った。



そこに。


一人の老人が立っていた。



以前より。


少しだけ柔らかな表情をして。



子供達を見守るように。


穏やかに笑っている。



「セバス……」



私の思考が。


止まった。



どうして。



ここに。



「変わりないようね」


蓮は。


何でもないことのように言った。


「新しい職場はどうかしら?」


「グレゴール達も丁度困っていたし」


「左遷先としては悪くなかったでしょう?」



…………。



左遷。



やっぱり。



この人は。



「また、そのようなことを……」


セバスは。


困ったように笑った。


「以前から申し上げておりますでしょう」


「王宮での仕事は、私には少々負担になっていたところです」



「そうだったかしら?」



「左様でございます」



セバスは。


庭へ目を向けた。



手を洗い終えた子供達が。


こちらへ戻ってくる。



「今は、この孤児院を任せていただき」


「この子達と共に、ゆっくりと過ごしております」



その顔は。



穏やかだった。



昔。


私の側に立っていた時よりも。



王国が滅びかけていた頃よりも。



ずっと。



肩の力が抜けている。



「あら、そう」


蓮は。


それだけ答えた。



まるで。


初めから。


こうなることを知っていたように。



「なら、しっかり働きなさい」


「左遷されたからといって、怠けることは許さないわよ」



「承知しております」


セバスは笑う。



「エミリア――」


一度。


言葉を切って。



「謎の悪女エミィ様」



「分かっているじゃない」



…………。



私は。


何も言えなかった。



セバスは。


捨てられていなかった。



王宮から。


追い出されたわけでもなかった。



ずっと。


重い責任を背負い続けていた人を。



蓮は。


そこから外した。



でも。


この国からは。


離していない。



孤児院を任せ。



今度は。


この国の未来を担う子供達を。


見守る場所を与えた。



セバスは。


今も。



私のために。



この国のために。



ここにいてくれている。



それを。


この人は。



左遷。



ただ。


そう言った。



「エミィさん!」


「早くー!」


「お腹空いたー!」



子供達の声が響く。



「ああ、もう」


蓮が振り返った。


「仕方ないわね」



そして。


持ってきた食べ物を指差す。



「今日も謎の悪女エミィが」


「あなた達をたっぷり餌付けしてあげるわ」



「やったー!」


「餌付けー!」


「食べるー!」



「だから、並びなさい!」



子供達が笑う。



セバスも。


笑っている。



そして。


その真ん中で。



悪女を名乗る人が。



偉そうに。


楽しそうに。


笑っている。



…………。



本当に。



何なのでしょう。



この人は。



悪い人だと。


自分では言うくせに。



やることは。



いつも。



…………。



私は。



まだ。


蓮を許したわけではありません。



あれ以来。


一度だって。


話しかけていません。



だから。



今日も。


口なんて。



聞いてあげません。



……あげませんけれど。



本当に。



この人は。



ひねくれた。



悪い人です。


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