【閑話:生産ギルドの日常は帰ってこない】
生産ギルド本部。
今まで閑古鳥が鳴いていた建物は。
今や怒号と足音が絶えることがなかった。
「資材が足りねぇ!」
「次の馬車はまだか!」
「積み込み急げ!」
「工事班が人手を寄越せって騒いでるぞ!」
職人が走る。
商人が走る。
受付が泣いている。
運搬担当が死んだ目をしている。
オルガは机に肘をついた。
「……あの嬢ちゃん」
「分かってやってんのか?」
誰に聞かせるでもない独り言だった。
◇
ローゼンバーグ王国は滅びかけていた。
仕事がない。
金がない。
物が売れない。
人が動かない。
まるで死んだ国だった。
だが。
今は違う。
「物流量が先月の三倍です!」
「知らねぇよ!」
「運輸ギルドから苦情が!」
「知るか!」
オルガは叫んだ。
元凶は分かっている。
あの王女だ。
◇
「一気に金を動かしやがった……」
エミリア。
正確には今のエミリア。
あの女は信じられない勢いで予算を使う。
だが。
その金はどこかへ消えている訳ではなかった。
国中へ流れている。
「普通はな」
オルガは呟く。
「金がねぇから働けねぇんだ」
今まではそうだった。
だが今は違う。
働けば金になる。
金になれば飯が食える。
飯が食えれば元気になる。
元気になれば働ける。
当たり前の循環。
それが戻ってきていた。
◇
「人手不足になると思ったんだがな……」
ならなかった。
むしろ増えた。
今までまともに食事も出来なかった連中が。
飯を食って。
働いて。
また飯を食う。
それだけで活気を取り戻している。
「意味分かんねぇよ……」
オルガは頭を掻いた。
◇
「裁縫ギルドも大変らしいですよ」
職員が苦笑する。
「だろうな」
原因は分かりきっている。
ドレスだ。
あの王女。
信じられない頻度で新作ドレスを発注する。
しかも。
黒い。
露出が多い。
意味が分からない。
「王女としてどうなんだあれは……」
オルガは遠い目をした。
だが。
ふと机の引き出しを開く。
一枚の紙を取り出した。
何度も見返したデザイン画だった。
◇
数十枚に一枚。
本当に稀に。
妙な物が混ざる。
派手ではない。
露出も少ない。
黒でもない。
だが。
妙に目を引く。
洗練されている。
そして。
どこか懐かしい。
「……見たことがある」
オルガは呟く。
昔。
まだ王女が本当に王女だった頃。
幼いエミリアが見せてきた落書き。
誰にも評価されなかった。
本人だけが楽しそうに描いていた服。
よく似ていた。
◇
今なら分かる。
売れる。
いや。
絶対に流行る。
流行らせてやる。
オルガはニヤリと笑った。
どうせあの王女は気付いていない。
気付いていたとしても興味が無いだろう。
なら。
商売人が拾うだけだ。
◇
「裁縫ギルドへ回せ」
「これを最優先で作らせろ」
職員が驚いた。
「王女様のドレスですか?」
「違う」
オルガは笑う。
「次の流行だ」
◇
その時。
新しい依頼書が届いた。
オルガは内容を見る。
「……何だこれ」
沈黙。
もう一度見る。
やはり同じだった。
『近隣湖沼より取水設備を建設』
『王都全域への配管敷設』
『陶器製便座大量生産』
沈黙。
「何言ってんだ?」
職員も首を傾げる。
「分かりません」
「俺も分からん」
意味が分からない。
本当に分からない。
◇
だが。
オルガは窓の外を見る。
馬車が走る。
職人が働く。
商人が笑う。
子供が飯を食っている。
少し前まで見られなかった光景だ。
「確かに」
オルガは小さく笑った。
「後悔できねぇくらい」
依頼書を机へ置く。
「金は動いてやがるな」
生産ギルド長オルガは知らない。
この巨大事業の発端が。
王女のトイレ事情だったことを。
もし知ったら。
たぶん怒る。
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