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【閑話:生産ギルドの日常は帰ってこない】

 生産ギルド本部。


 今まで閑古鳥が鳴いていた建物は。


 今や怒号と足音が絶えることがなかった。


「資材が足りねぇ!」


「次の馬車はまだか!」


「積み込み急げ!」


「工事班が人手を寄越せって騒いでるぞ!」


 職人が走る。


 商人が走る。


 受付が泣いている。


 運搬担当が死んだ目をしている。


 オルガは机に肘をついた。


「……あの嬢ちゃん」


「分かってやってんのか?」


 誰に聞かせるでもない独り言だった。



 ローゼンバーグ王国は滅びかけていた。


 仕事がない。


 金がない。


 物が売れない。


 人が動かない。


 まるで死んだ国だった。


 だが。


 今は違う。


「物流量が先月の三倍です!」


「知らねぇよ!」


「運輸ギルドから苦情が!」


「知るか!」


 オルガは叫んだ。


 元凶は分かっている。


 あの王女だ。



「一気に金を動かしやがった……」


 エミリア。


 正確には今のエミリア。


 あの女は信じられない勢いで予算を使う。


 だが。


 その金はどこかへ消えている訳ではなかった。


 国中へ流れている。


「普通はな」


 オルガは呟く。


「金がねぇから働けねぇんだ」


 今まではそうだった。


 だが今は違う。


 働けば金になる。


 金になれば飯が食える。


 飯が食えれば元気になる。


 元気になれば働ける。


 当たり前の循環。


 それが戻ってきていた。



「人手不足になると思ったんだがな……」


 ならなかった。


 むしろ増えた。


 今までまともに食事も出来なかった連中が。


 飯を食って。


 働いて。


 また飯を食う。


 それだけで活気を取り戻している。


「意味分かんねぇよ……」


 オルガは頭を掻いた。



「裁縫ギルドも大変らしいですよ」


 職員が苦笑する。


「だろうな」


 原因は分かりきっている。


 ドレスだ。


 あの王女。


 信じられない頻度で新作ドレスを発注する。


 しかも。


 黒い。


 露出が多い。


 意味が分からない。


「王女としてどうなんだあれは……」


 オルガは遠い目をした。


 だが。


 ふと机の引き出しを開く。


 一枚の紙を取り出した。


 何度も見返したデザイン画だった。



 数十枚に一枚。


 本当に稀に。


 妙な物が混ざる。


 派手ではない。


 露出も少ない。


 黒でもない。


 だが。


 妙に目を引く。


 洗練されている。


 そして。


 どこか懐かしい。


「……見たことがある」


 オルガは呟く。


 昔。


 まだ王女が本当に王女だった頃。


 幼いエミリアが見せてきた落書き。


 誰にも評価されなかった。


 本人だけが楽しそうに描いていた服。


 よく似ていた。



 今なら分かる。


 売れる。


 いや。


 絶対に流行る。


 流行らせてやる。


 オルガはニヤリと笑った。


 どうせあの王女は気付いていない。


 気付いていたとしても興味が無いだろう。


 なら。


 商売人が拾うだけだ。



「裁縫ギルドへ回せ」


「これを最優先で作らせろ」


 職員が驚いた。


「王女様のドレスですか?」


「違う」


 オルガは笑う。


「次の流行だ」



 その時。


 新しい依頼書が届いた。


 オルガは内容を見る。


「……何だこれ」


 沈黙。


 もう一度見る。


 やはり同じだった。


『近隣湖沼より取水設備を建設』


『王都全域への配管敷設』


『陶器製便座大量生産』


 沈黙。


「何言ってんだ?」


 職員も首を傾げる。


「分かりません」


「俺も分からん」


 意味が分からない。


 本当に分からない。



 だが。


 オルガは窓の外を見る。


 馬車が走る。


 職人が働く。


 商人が笑う。


 子供が飯を食っている。


 少し前まで見られなかった光景だ。


「確かに」


 オルガは小さく笑った。


「後悔できねぇくらい」


 依頼書を机へ置く。


「金は動いてやがるな」


 生産ギルド長オルガは知らない。


 この巨大事業の発端が。


 王女のトイレ事情だったことを。


 もし知ったら。


 たぶん怒る。


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