月光、瞬く
『《黒葬光》を使う』
ウルの宣言と同時に。
砦から円筒形の補給容器が射出された。
蒼い軌跡を引いて飛来した容器が。
術式によって落下の勢いを殺し。
黒墓標の近くへ着地する。
クルドの糸が伸びた。
容器の留め具を外し。
内部に収められていた大型魔道バッテリーを引き出す。
ウルは。
熱を帯びた使用済みのバッテリーを排出した。
白煙を上げる金属塊が。
重い音を立てて地面へ落ちる。
新しいバッテリーを装填する。
接続部が閉じ。
黒墓標の内部から。
低く重い駆動音が響き始めた。
ウルは。
巨大な十字架を大地へ突き立てる。
下部から展開した固定杭が。
一本ずつ地面の奥深くへ食い込んでいった。
装甲板が左右へ開く。
内部に格納されていた変換機構と。
高出力照射用の収束器が姿を現した。
長大な銃身を巡る魔導回路へ。
青い光が。
順番に灯っていく。
足元の小石が震え。
黒墓標を中心に。
乾いた風が渦を巻き始めた。
遠く離れた馬上で。
第七皇子ガルドスは。
その様子を見つめていた。
仲間の糸に拘束されるまで。
帝国兵を追い続けた女。
ガルドスには。
完全に狂ったようにしか見えなかった。
そのベルンが今は。
先ほどのことなどなかったかのように。
二振りの刃を携えて立っている。
彼女を止めた二人も。
怯えてはいない。
責めてもいない。
まるで。
あの異常な追撃すら。
三人にとっては。
僅かな乱れにすぎなかったかのように。
「あれだけのことがあって……」
ガルドスの唇が震える。
「何故」
「平然としていられる……」
クルドが。
両手の指を開いた。
「アラクネ・コード」
青紫色に輝く糸が放たれる。
一本はウルへ。
一本はベルンへ。
もう一本は。
黒墓標の内部へ。
クルド自身を含めた四つが。
一つの巨大な魔力回路として結ばれた。
三人の魔力を黒墓標へ送り。
同時に。
発射時に生じる膨大な負荷を。
三人と三つの装備へ分散するための外部回路。
「接続完了」
クルドが告げる。
ベルンは。
双月偃刃を握ったまま。
胸元へ。
そっと指を触れた。
騎士服の装飾に見える。
小さな鏡状の魔導具。
エミリアから下賜された。
青薔薇の証。
「黒姫月鏡――展開」
胸元の魔導具が。
静かな光を放った。
ベルンの周囲へ。
薄い鏡面状の魔力板が。
一枚。
二枚。
次々と展開されていく。
物理的な鏡ではない。
魔導光を反射し。
その進路を操るために形成された魔力の鏡面。
複数の鏡面板が。
開放された黒墓標の機構へ向けて回転する。
そして。
蒼い光の粒子となり。
黒墓標の内部へ流れ込んでいった。
変換機構。
収束器。
銃身。
高出力の魔導光が通過する内部回路へ。
一時的な反射層が。
幾重にも形成されていく。
光を反射し。
進む方向を整え。
収束効率を高める。
同時に。
一箇所へ集中しようとする熱と魔力負荷を。
複数の回路へ分散させる。
この鏡面加工がなければ。
黒墓標は。
自ら生み出した光によって内部から焼き切れる。
『内部鏡面を確認』
ウルが。
黒墓標の状態を読み取る。
『収束効率、許容値』
『クルド』
『伝達を開始しろ』
「了解!」
アラクネ・コードが。
一斉に輝きを増した。
三人の魔力が。
糸を通じて黒墓標へ流れ込んでいく。
一人では生み出せない出力。
黒墓標単独では。
受け止めることのできない負荷。
それを。
三人と三つの装備へ分散しながら。
膨大な魔力を。
光と熱へ変換していく。
変換機構が。
獣の唸りに似た音を上げた。
魔力が圧縮される。
黒姫月鏡によって形成された内部鏡面へ。
幾度も反射される。
不要な拡散を削られ。
一本の射線へ。
強引に束ねられていく。
黒墓標の銃口へ。
針の先ほどの光が生まれた。
三人の魔力を呑み込むたび。
その光は。
密度を増していく。
青白い輝きの中央へ。
光さえ沈み込むような。
黒い核が形成された。
銃口付近の空気が歪む。
周囲の草が。
炎に触れてもいないのに乾いていく。
地面から。
細い白煙が立ち昇った。
逃げていた帝国兵の一人が。
その異変に気づいた。
足を止め。
背後を振り返る。
大地へ突き立てられた黒い十字架。
その周囲に立つ。
三人の女。
そして。
銃口へ集まる。
不吉な光。
兵士の顔から。
血の気が引いていった。
「何だ……」
震える声が漏れる。
「何なんだ、あれは……」
ウルの魔導ソナーは。
崩壊した帝国軍の全てを捉えていた。
街道を北へ逃げる兵士達。
武器を投げ捨て。
ただ砦から遠ざかろうとする者。
地面へ膝をつき。
降伏の意思を示す者。
それらを追う必要はない。
だが。
横転した荷車や攻城兵器の陰へ集まり。
再び隊列を組もうとする部隊。
旗を掲げ直そうとする者。
伝令を走らせる指揮官。
撤退を援護するため。
砦へ弓を向ける兵士達。
帝国軍を。
再び一つの軍勢へ戻そうとする者達がいる。
『座標固定』
黒墓標の銃口が。
僅かに下がった。
『収束型』
クルドの糸が。
限界まで張り詰める。
ベルンが。
黒姫月鏡へ魔力を注いだ。
黒墓標内部の鏡面が。
魔導光を。
一本の軸へ集中させていく。
黒い核を内包した光が。
銃口の奥で。
限界まで圧縮された。
『三重術式――起動』
ウルの指が。
引き金を引いた。
三重術式。
《黒葬光》。
光が放たれた。
発射音が届いたのは。
一瞬後だった。
黒い核を内包した。
太く青白い光柱。
それが。
北へ続く街道を。
一直線に貫いた。
盾を積み上げた陣地が。
蒼白い光へ呑まれる。
攻城兵器が。
中央から溶断された。
補給用の荷車が。
積み荷ごと弾け飛ぶ。
掲げ直された帝国旗が。
一瞬で焼け落ちる。
再編のために集まっていた兵士達が。
衝撃に巻き込まれ。
まとめて地面へ投げ出された。
大地へ。
赤く焼けた一本の溝が刻まれる。
「う、わああああっ!」
帝国兵達が。
悲鳴を上げた。
だが。
照射は終わらない。
『右へ』
ウルが。
黒墓標を僅かに旋回させる。
青白い光柱が。
再編地点を横へ薙いだ。
盾。
武器。
荷車。
伝令。
ようやく繋ぎ直されようとしていた戦列が。
光の通過と共に。
再び寸断されていく。
兵士達は。
旗を捨てた。
命令を捨てた。
互いを押し退け。
ただ黒い十字架から遠ざかるために。
街道の左右へ散っていく。
林へ。
斜面へ。
山中へ続く獣道へ。
「敵が散った!」
クルドが叫ぶ。
『捕捉している』
ウルの意識には。
逃げる帝国兵達の位置が。
今も一人ずつ。
明確な座標として映っている。
出陣前。
エミリアから与えられた命令があった。
帝国兵が北へ退くなら。
街道を使わせること。
降伏した者や。
武器を捨てた者まで追う必要はない。
だが。
山中へ逃げ込もうとする兵だけは。
決して通してはならない。
理由は。
告げられていなかった。
三人も。
尋ねてはいない。
エミリアが。
山へ入れるなと命じた。
それだけで十分だった。
『ベルン』
『拡散型へ移行する』
「承知した」
ベルンが。
胸元の黒姫月鏡へ。
再び魔力を流した。
「内部鏡面――分割」
黒墓標内部へ形成されていた鏡面が。
一つの収束路から。
無数の反射路へ組み替えられていく。
クルドも。
アラクネ・コードを細かく分岐させた。
ウルが捕捉した標的座標が。
それぞれの魔力経路へ。
一つずつ割り当てられていく。
太い光柱が。
急速に細くなった。
攻撃が終わったのではない。
一つだった光が。
黒墓標の内部で。
無数の光条へ分解されていた。
『標的を選別』
ウルの意識から。
武器を捨てた兵士達の座標が外される。
街道へ戻り。
北へ逃げるだけの者も同じだった。
だが。
武器を持ったまま林へ入る者。
斜面を駆け上がり。
山中へ入り込もうとする者。
獣道へ部下を誘導する指揮官。
木々の陰から。
未だ砦へ弓を向ける兵士。
再び集まり。
戦列を作ろうとする部隊。
それらには。
一つずつ。
標識が与えられていく。
北へ退くことは許す。
だが。
山へは入れない。
クルドが。
ウルの捉えた無数の標識へ目を向けた。
「これだけ散ってて」
「本当に当てられるの?」
『扱いづらい』
ウルは。
黒墓標の状態を確かめる。
収束型で消費した魔力。
内部回路へ蓄積した熱。
分岐によって複雑化した照射経路。
容易な射撃ではない。
『だが』
『外しはしない』
黒墓標の内部で。
残された魔力が。
激しく脈動した。
魔導光の奔流が。
銃身から逆巻くように吹き上がる。
強い風が生まれた。
ウルの髪が揺れる。
目元を覆っていた薄いヴェールが。
魔力を孕んだ風に煽られ。
ゆっくりと捲れ上がった。
その下には。
固く閉じられた両目があった。
ガルドスは。
馬上からその姿を見ていた。
あの女は。
これまで一度も。
目を開いていなかった。
帝国兵を撃ち抜いた時も。
森へ回り込んだ部隊を仕留めた時も。
戦場全体を支配していた時でさえ。
目を閉じたままだった。
見えていないのではない。
見る必要すらなかったのだ。
その事実に気づいた瞬間。
ガルドスの背筋を。
冷たいものが走った。
ウルの瞼が。
ゆっくりと持ち上がる。
現れた瞳が。
散り散りに逃げる帝国兵達を。
直接見据えた。
座標は。
既に定まっている。
誰を撃ち。
誰を撃たないのか。
光がどの道を辿るのかも。
全て決まっている。
それでも。
ウルは最後の瞬間だけ。
自らの目で。
獲物を見た。
林を走る武装兵。
山道へ駆け上がる騎兵。
伝令。
指揮官。
弓兵。
ウルの視線が通り過ぎるたび。
黒墓標内部の魔導回路が。
一段ずつ鋭い音を響かせた。
照準を定めているのではない。
照準は。
既に終わっている。
猟師が。
仕留める獲物を。
最後に確かめているだけだった。
そして。
ガルドスと。
ウルの視線が重なった。
本当に。
ウルが彼を見たのかは分からない。
無数の標的を確認する途中で。
偶然。
顔がこちらへ向いただけかもしれない。
だが。
ガルドスには。
確かに目が合ったように感じられた。
息が止まる。
心臓が。
胸の内側を強く打った。
見つかった。
自分がここにいることを。
あの女は。
最初から知っている。
「見るな……」
ガルドスの唇が震える。
「俺を見るな……!」
ウルの表情は変わらない。
怒りも。
憎しみも。
獲物を弄ぶ喜びもない。
ただ。
狩りの終わりを見定める。
静かな猟師の眼差し。
『逃げ道は潰した』
黒墓標の銃口が。
眩い蒼白へ染まった。
『……仕留める』
次の瞬間。
無数の光条が。
一斉に撃ち出された。
一本の光ではない。
銃口から扇状に広がった。
蒼白い光の奔流。
巨大な一発の砲撃が。
発射された瞬間に。
幾十もの光へ砕け散ったかのようだった。
光条は。
銃口から放たれた直後。
戦場全体へ向かって。
大きく拡散した。
空へ。
林へ。
街道へ。
斜面へ。
それぞれ異なる方向へ。
一直線に飛び出していく。
一見すれば。
無秩序にばら撒かれた。
光の散弾。
だが。
次の瞬間。
光条が。
空中で軌道を変えた。
ある光は。
大きな弧を描いて。
木々の間へ潜り込む。
別の光は。
地面すれすれまで高度を下げ。
岩陰へ回り込む。
上空へ昇った光が。
盾の裏側へ向かって。
急角度で降下する。
逃げる騎兵が進路を変えれば。
光条もまた。
生き物のように身を翻し。
その背を追った。
放たれた時には。
広大な扇。
飛び始めれば。
その一条一条が。
ただ一つの標的を追う魔導光。
ウルが与えた座標。
クルドの糸が繋ぐ魔力経路。
ベルンの黒姫月鏡が。
崩れかける光を反射し。
軌道を支え。
それぞれの標的へと導いていく。
木の陰へ隠れても。
岩陰へ伏せても。
一度座標を与えられた光からは。
逃れられない。
一方で。
武器を捨てた兵士達の脇を。
光条は。
何事もなかったように通り過ぎた。
街道へ戻り。
両手を上げた者の頭上を。
蒼白い光が。
風だけを残して飛び越えていく。
そして。
山中へ続く斜面を駆け上がった兵士達へ。
光条が。
次々と追いついた。
武器が砕ける。
弓が弾け飛ぶ。
騎兵が地面へ倒れる。
部下を率いて獣道へ入ろうとしていた指揮官も。
境界へ辿り着く前に。
蒼白い光へ呑まれた。
山中へ逃げ込もうとした部隊は。
一つとして。
その奥へ進むことができなかった。
林。
街道。
斜面。
倒木の陰。
蒼白い光条が。
異なる軌道を描きながら。
戦場の各所へ降り注ぐ。
再び集まり始めていた部隊が。
瞬く間に切り崩されていく。
指揮官を失い。
武器を失い。
進むべき道を失った帝国兵達は。
今度こそ。
完全な恐慌へ陥った。
ある者は。
その場へ武器を投げ捨てた。
ある者は。
両手を上げ。
地面へ伏した。
ある者は。
一度も振り返ることなく。
街道を北へ走り続けた。
もはや。
帝国軍として動く者はいない。
一万の軍勢は。
ただ生き残ろうとする。
無数の個人へ。
完全に分解されていた。
最後の光条が。
戦場の彼方へ消える。
それと同時に。
ウルは。
静かに目を閉じた。
魔力の風が弱まる。
捲れ上がっていたヴェールが。
再び。
その目元へ降りていく。
まるで。
もう見る必要はないと。
告げるように。
ガルドスは。
馬上で震えていた。
目の前で。
自分の軍が。
軍ではなくなっていく。
一万の兵士。
帝国が誇る白銀騎兵団。
千人殺しのオルグレン。
勝利を疑わなかった軍勢が。
僅か三人の女によって。
完全に崩された。
近づけば。
双月を持つ女に斬り伏せられる。
逃げても。
目を閉じた女に見つけられる。
離れれば。
黒い十字架から放たれた光が。
どこまでも追ってくる。
しかも。
あの光は。
無差別に撃たれているのではない。
武器を捨てた者を避け。
逃げる方向まで選別し。
未だ抗おうとする者だけを。
一人ずつ。
正確に仕留めている。
偶然ではない。
三人は。
一万の軍勢を。
一人ずつ見分けている。
「いやだ……」
ガルドスの口から。
か細い声が漏れた。
ベルンは。
静かな顔で。
黒姫月鏡を収めようとしている。
だが。
ガルドスの目には。
熱に浮かされ。
楽しげに兵士を斬っていた女の笑みが。
今も消えずに残っているように見えた。
クルドの指が動く。
そのたびに。
自分の身体へ。
見えない糸が絡みつくような錯覚を覚える。
ウルは。
再びヴェールの奥へ。
目を隠している。
だが。
閉じたはずの瞳が。
今も。
自分だけを見つめている。
「来るな……」
三人は。
ガルドスへ近づいていない。
光も。
彼を狙ってはいない。
それでも。
「来るな!」
「俺を見るな!」
ガルドスが叫んだ。
剣を握っていた手から。
力が抜ける。
帝国皇族の紋章を刻んだ剣が。
地面へ落ちた。
乾いた金属音。
ガルドスは。
その音へ反応することすらできなかった。
最後に残った光条の一本が。
遠くを逃げる帝国旗手へ迫る。
光は。
旗手の身体ではなく。
掲げられた帝国旗の中央を貫いた。
金糸で描かれた紋章が。
蒼白い炎に包まれる。
帝国の旗が。
黒い灰となって崩れ落ちた。
それを見た瞬間。
ガルドスの中へ。
辛うじて残っていたものが。
完全に折れた。
「ひ……ぃ……!」
押し殺すことのできない悲鳴が漏れる。
「殿下!」
生き残っていた白銀騎兵が。
ガルドスの馬へ駆け寄った。
「撤退を!」
「ここはもう保ちません!」
「違う……」
ガルドスは。
何度も首を振る。
「俺は逃げない……」
「俺は、帝国の皇子だ……」
口では。
そう言っている。
だが。
馬を前へ進めることはできない。
地面へ落ちた剣を。
拾おうともしない。
白銀騎兵は。
ガルドスの返答を待たなかった。
皇子の軍馬の尻を。
剣の腹で強く叩く。
馬が。
高く嘶いた。
光と爆音に怯えていた軍馬が。
北へ向かって走り出す。
「待て!」
ガルドスが叫ぶ。
だが。
手綱を引くことはできなかった。
残った白銀騎兵達が。
皇子の周囲へ集まる。
逃げ惑う歩兵を押し退け。
横転した荷車を避け。
北へ続く街道へ。
強引に道を開いていく。
ガルドスは。
何度も背後を振り返った。
三人は。
追ってきていない。
それでも。
木々の間へ。
ベルンの笑顔が見える。
風に揺れる草が。
クルドの糸に見える。
遠くで響く金属音が。
黒墓標の駆動音に聞こえる。
そして。
目を閉じたはずのウルが。
今もヴェールの奥から。
自分だけを見ている。
「速くしろ……」
声が震える。
「もっと速く走れ!」
ガルドスは。
自らが率いてきた兵士達を。
オルグレンを。
白銀騎兵団の大半を。
戦場へ置き去りにした。
一度も速度を落とすことなく。
北へ向かって逃げ続けた。
その背後で。
黒葬光の最後の光が消えた。
黒墓標の内部から。
激しい排熱音が響く。
収束器の隙間から。
白い蒸気が噴き出した。
黒墓標の内部へ施されていた鏡面加工が。
蒼い粒子となって剥がれ落ちていく。
胸元へ戻った黒姫月鏡の表面にも。
細い亀裂が走っていた。
アラクネ・コードの輝きも。
次第に弱まっていく。
ベルンが。
黒姫月鏡の状態を確認する。
「これは」
「続けて使うものではないな」
「俺も……」
クルドが。
痺れの残る指を軽く振る。
「しばらく細かい作業はしたくないかも」
ウルは。
排熱を続ける黒墓標の状態を確認した。
変換機構。
収束器。
内部回路。
いずれも。
限界に近い負荷を受けている。
『発射機構を停止する』
黒墓標を巡っていた青い光が。
一本ずつ消えていく。
『帰還後』
『クロエの点検が必要だ』
ベルンが。
北の街道へ目を向けた。
白銀騎兵に囲まれたガルドスが。
小さくなっていく。
「敵指揮官が離脱する」
『把握している』
「追うか?」
『不要だ』
ウルは。
迷わず答えた。
『逃げる一人より』
『ここに残る数千を崩す』
クルドの装甲脚部から。
高熱を知らせる警告音が鳴っている。
ベルンにも。
先ほどの追撃と。
三重術式による疲労が残っていた。
そして。
三人へ与えられた任務は。
砦を守ること。
皇子を捕らえることではない。
『あれは』
『もう軍を率いられない』
ウルは。
遠ざかるガルドスへ興味を失い。
戦場へ意識を戻した。
砦の城門が。
ゆっくりと開き始める。
王国兵達が。
降伏した兵士の拘束と。
負傷者の収容へ動き出した。
武器を捨てた帝国兵達は。
抵抗することなく。
次々と地面へ膝をついていく。
まだ。
戦いの後始末は残っている。
だが。
勝敗は。
既に決していた。
北砦へ進軍した帝国軍。
総勢。
およそ一万。
後に。
帝国領へ無事に戻り。
軍の点呼を受けることができた兵は。
僅か二千余りだった。
残る八千近い兵は。
戦死。
重傷。
捕虜。
降伏。
あるいは。
敗走の混乱によって消息を失った。
山中へ逃げ込もうとした部隊も。
エミリアが定めた境界を。
越えることはできなかった。
帰還。
およそ二割。
それは。
撤退と呼ぶには。
あまりにも凄惨な敗北。
帝国軍一万は。
僅か三人のイミタートによって。
軍として。
ほぼ完全に壊滅した。
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