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蒼星、城塞を穿つ

三人の意思が。


一つに重なった。


だが。


《蒼星穿脚》を放つには。


今の黒墓標に残された魔力では足りない。


これまでの連続射撃によって。


魔道バッテリーの残量を示す青い光は、既に最後の一つまで減っていた。


『砦へ』


『魔道バッテリーを一つ』


ウルの声が。


通信装具を通じて北砦へ届けられる。


間もなく。


砦の兵士が、城壁から補給筒を射出した。


黒い筒が。


戦場の上空へ弧を描く。


ウルは振り返らない。


魔紋によって軌道と速度を捉え。


伸ばした左手で補給筒を受け止めた。


使用済みの魔道バッテリーを排出する。


地面へ落ちたそれは。


内部に残る熱によって、白い蒸気を噴き出していた。


新たな魔道バッテリーを。


黒墓標へ装填する。


重い音が鳴る。


青い魔導回路が。


巨大な十字架の端から端まで、一気に灯った。


『ベルン』


『座標を送る』


『奴を左へ九歩』


『その位置で止めろ』


「任された」


ベルンが。


再びオルグレンへ踏み込む。


双月偃刃の片方で。


振り下ろされた鎚頭を外側へ流す。


もう片方が。


オルグレンの兜を狙った。


オルグレンが肩を上げ。


厚い肩当てで刃を弾く。


その間に。


ベルンは半歩だけ左へ位置を変えた。


オルグレンも。


ベルンを追って踏み込む。


一歩。


二歩。


ベルンの幻像が。


右側へ走った。


オルグレンは騙されない。


本物のベルンへ向かって鎚を振るう。


だが。


ベルンの狙いは。


幻像へ攻撃させることではなかった。


偽りの姿によって。


オルグレンが踏み込める方向を、僅かに限定する。


足を置く場所を。


少しずつ、ウルが指定した座標へ誘導していた。


その間に。


クルドが戦場を走り回る。


倒木。


大岩。


砕かれた街道。


オルグレン自身が作った大地の亀裂。


そこへ。


アラクネ・コードの糸を次々と接続していく。


『三時方向、七歩』


ウルの指示。


クルドが糸を地面へ走らせる。


『次、北側の岩』


『そこから倒木の根元へ』


「了解!」


帝国兵達には。


クルドが新たな罠を張り巡らせているようにしか見えなかった。


だが。


それは単なる捕縛用の糸ではない。


黒墓標へ記録されていた。


クロエ設計の大規模拘束用魔導回路。


ウルが魔紋によって地形へ合わせ。


クルドがアラクネ・コードで、戦場へ描き出している。


一本。


また一本。


魔導鋼糸によって描かれた回路が。


オルグレンの周囲を囲んでいく。


「クルド!」


ベルンが叫ぶ。


ウォーハンマーの柄が。


脇腹を掠めた。


完全には流し切れず。


ベルンの身体が横へ弾かれる。


それでも。


倒れずに踏み止まった。


「まだか!」


「あと一つ!」


クルドが倒木を蹴り。


オルグレンの背後へ回り込む。


最後の糸を。


砕けた街道へ突き立つ岩へ接続した。


『回路閉鎖を確認』


ウルが告げる。


『起動する』


黒墓標から。


地面へ向けて魔力が放たれた。


戦場へ描かれたアラクネ・コードが。


一斉に青白く輝く。


「何だ?」


オルグレンが足元を見る。


細い糸が。


互いに編み込まれ始めた。


一本の糸が束となる。


束が連なり。


巨大な鎖へ姿を変える。


地面から生まれた魔導鋼糸の鎖が。


オルグレンの両腕。


両脚。


胴体。


そしてウォーハンマーへ絡みついた。


「この程度!」


オルグレンが力を込める。


黄金と翠の神光が。


全身から溢れ出した。


鎖が軋む。


支点となった大岩が震え。


倒木の根が地面から浮き上がる。


一本の鎖へ。


亀裂が走った。


『拘束は長く保たない』


ウルが告げる。


『準備へ移れ』


ベルンが。


オルグレンから大きく距離を取る。


左右の双月偃刃を。


地面へ深く突き立てた。


クルドが両手を伸ばす。


アラクネ・コードが。


双月偃刃へ接続される。


糸はベルンを支点として折り返し。


クルドの腰部とスレイプニル・ギアへ繋がった。


ベルンが。


双月偃刃へ魔力を流し込む。


青い光が。


刃から魔導鋼糸へ伝わっていく。


糸が張り詰める。


巨大な弓の弦のように。


クルドを後方へ引き絞っていった。


「角度は?」


ベルンが尋ねる。


『右へ一度』


『上方へ三度修正』


ベルンが双月偃刃の向きを僅かに変える。


張力の方向と。


クルドを射出する角度が調整された。


ウルは黒墓標を大地へ突き立てる。


魔紋が。


オルグレンの位置を捉える。


呼吸。


重心。


鎧を巡る神気。


拘束を破ろうとする力。


その全てを読み取り。


オルグレンの存在する座標を、術式へ固定した。


『目標座標、固定』


黒墓標から。


三つの魔法陣が射出経路上へ展開される。


オルグレンへ向かって。


一直線に並ぶ蒼い円環。


「こんな鎖で!」


オルグレンが咆哮する。


両腕を広げる。


一本目の拘束鎖が。


激しい音と共に引き千切られた。


『拘束限界まで、五秒』


「五秒もあれば十分だ」


ベルンが笑う。


スレイプニル・ギアが。


低い駆動音を響かせた。


ブーツ内部へ魔力が蓄積されていく。


「ベルン兄!」


「いつでもいいぞ!」


「ウル爺!」


『外しはしない』


ベルンが。


左右の双月偃刃を捻る。


注ぎ込まれた魔力によって。


アラクネ・コードの張力が限界まで高められた。


『三重術式――起動』


ベルンが。


張り詰めた糸を解放する。


クルドの身体が射出された。


一つ目の魔法陣を通過する。


蒼い力場が。


クルドの全身を包み込んだ。


手足の位置。


身体の傾き。


伸ばした片脚の角度。


その全てが。


オルグレンへ続く一つの軸へ固定される。


『第一術式――力場展開』


二つ目の魔法陣。


黒墓標から供給された魔力が。


クルドの背中を押した。


姿が消える。


そう錯覚するほどの速度へ。


一瞬で加速する。


『第二術式――加速』


二本目の拘束鎖が切れる。


オルグレンの右腕が自由になる。


巨大なウォーハンマーが。


迎撃のために持ち上げられた。


だが。


既にクルドは。


三つ目の魔法陣へ到達している。


ベルンから注がれた魔力。


魔導鋼糸が生み出した張力。


黒墓標から供給される増幅魔力。


スレイプニル・ギアの反発エネルギー。


加速によって得られた膨大な運動エネルギー。


それら全てが。


伸ばされた片脚へ集まっていく。


クルドのブーツが。


蒼い星のような輝きを放った。


『第三術式――増幅、集束』


最後の拘束鎖が。


引き千切られた。


「舐めるなぁ!」


オルグレンが。


ウォーハンマーを振り下ろす。


だが。


遅い。


三つ目の魔法陣を突き抜けたクルドが。


蒼い閃光となって、鎚の軌道の内側へ入り込む。


「三重術式――」


オルグレンの胸部へ。


クルドの踵が突き刺さった。


「《蒼星穿脚》ッ!」


轟音。


巨体を包んでいた豊穣神の加護が。


黄金と翠の障壁となって浮かび上がる。


蒼い蹴りと。


神聖な障壁が。


オルグレンの胸元で激しくせめぎ合った。


巨体が。


地面を削りながら後方へ押されていく。


黄金と翠の障壁は激しく揺らいでいる。


それでも。


砕けない。


白銀の胸当ても。


表面を僅かに歪ませながら、クルドの踵を受け止めていた。


オルグレンの足が。


大地を深く抉りながら止まる。


「止めたぞ!」


兜の奥から。


勝ち誇る声が響いた。


「豊穣神の加護と!」


「ドワーフの聖鎧を!」


「貴様程度が破れるものか!」


「違うよ」


クルドが。


胸当てへ踵を押しつけたまま笑った。


「今ので終わりじゃない」


クルドが通過した三つの魔法陣が。


一斉に形を変えた。


蒼い光の帯となり。


突撃の軌道を逆に辿って、オルグレンの胸部へ収束していく。


『全術式、接続』


ウルの声が響く。


『蓄積魔力――解放』


黄金と翠の障壁へ。


一本の亀裂が走った。


「何……?」


二本。


三本。


亀裂は瞬く間に広がり。


豊穣神の加護を覆い尽くした。


それでも。


障壁は最後まで、クルドの蹴りを押し返そうとする。


豊穣神の眷属が鍛えた武具。


神へ捧げられた祈り。


幾千もの槌音によって、鉄へ根付いた加護。


容易く砕けるものではない。


蒼い光と。


黄金と翠の輝きが。


互いを喰らい合うように激しく明滅した。


そして。


神聖障壁が砕けた。


黄金と翠の光が。


無数の破片となって戦場へ散る。


同時に。


蓄積された蒼い魔力が。


クルドの踵から胸当てへ流れ込んだ。


表面を力任せに貫くのではない。


金属板の継ぎ目。


鎧の内側。


加護を巡らせていた流路。


僅かに生じた全ての隙間へ入り込み。


堅牢な聖鎧の内部で膨れ上がっていく。


「待――」


蒼い星が。


爆ぜた。


閃光。


続いて。


大地を揺らす爆発音が響く。


オルグレンの胸当てが。


蹴りの形を残すように大きく陥没した。


鎧の継ぎ目から。


蒼い魔力が炎のように噴き出す。


それでも。


白銀の胸当てに穴は開かなかった。


完全に砕けることもなかった。


二メートルを超えるオルグレンの巨体が。


三メートルのウォーハンマーごと宙へ舞う。


後方に集まっていた帝国兵達を巻き込みながら吹き飛び。


街道へ叩きつけられた。


一度。


二度。


鉄の塊が大地を跳ねる。


最後には。


砕けた街道へ深い溝を刻みながら、完全に動きを止めた。


沈黙。


千人殺しのオルグレンは。


白銀の鎧に包まれたまま、仰向けに倒れていた。


胸当ては深く陥没している。


装甲の継ぎ目も歪み。


豊穣神の加護は消えていた。


だが。


名工の鍛えた鎧は。


三人の全力を受けても、原形を留めている。


その傍らへ落ちたウォーハンマーも。


大地へ深く突き刺さりながら。


折れてはいなかった。


鎚頭に刻まれた黄金の鍛造紋は。


弱々しくも。


未だ完全には光を失っていない。


クルドは。


オルグレンを蹴り飛ばした反動で宙を舞った。


アラクネ・コードを近くの倒木へ伸ばし。


糸を巻き取って勢いを殺す。


両足で地面へ降り立った。


直後。


スレイプニル・ギアから甲高い警告音が響く。


青く輝いていた魔導回路が激しく明滅。


ブーツの排熱口が開き。


白い蒸気が一斉に噴き出した。


「熱っ……!」


クルドが慌てて片足を上げる。


『反発機構、過熱』


ウルが状態を確認した。


『排熱が完了するまで、加速機能は停止する』


「壊れてない?」


『問題ない』


『冷えれば再起動する』


「なら平気だな」


クルドは両脚を広げて踏ん張り。


指先から新たな糸を放った。


「しばらくは、こっちで戦えばいい」


ベルンは。


倒れたオルグレンではなく。


その傍らへ突き立つウォーハンマーを見ていた。


「ウル」


「あの鎚は?」


魔紋が。


白銀の鎚を静かに読み取る。


『損傷はある』


『だが、折れてはいない』


『武器としての形も保っている』


クルドが顔を引きつらせた。


「《蒼星穿脚》に巻き込まれて、それ?」


ベルンが。


オルグレンの言葉を思い返す。


「名工バラン、か」


双月偃刃を構え直しながら。


僅かに目を細めた。


「持ち主は気に入らんが」


「この鎧と鎚を作った者の腕は、本物らしいな」


『覚えておくべき名だ』


ウルが短く答えた。


倒れたオルグレンを見て。


帝国兵達は動きを止めている。


千人殺し。


一つの戦場で。


千を超える敵を殺した帝国の英傑。


豊穣神の加護と。


ドワーフの至宝とも呼ぶべき武具に守られた怪物。


その男が。


三つの青薔薇によって打ち倒された。


「オル……グレン……?」


馬上のガルドスから。


掠れた声が漏れる。


取り戻したはずの覇気が。


今度こそ完全に消えていった。


将軍の到着によって再び前へ出ようとしていた帝国兵達も。


一歩。


また一歩と後退し始める。


ベルンは双月偃刃を持ち上げた。


ウルも黒墓標を引き抜き。


長い銃身を、再び帝国軍へ向ける。


機関部から。


獣の唸り声が響き始めた。


クルドは白い蒸気を噴き出すブーツのまま。


楽しそうに指を動かす。


新たな糸が。


帝国兵達の退路へ広がっていく。


千人殺しを倒した程度では。


三つの青薔薇の戦いは。


まだ終わっていなかった。


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