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【閑話:騎士とスコップ】

 何で俺は。


 こんな所で穴を掘っているんだろう。


 ハルトはスコップを地面へ突き立てながら考えていた。


 王国騎士団。


 栄誉ある王国の剣。


 民を守る盾。


 本来ならそうだったはずだ。


 だが最近。


 やっていることがおかしい。



 炊き出し。


 資材運搬。


 道路整備。


 土木工事。


 そして今。


 水路工事。


「そこ、もう少し深くだ!」


「了解!」


 元気よく返事をする同僚を見て。


 ハルトは頭を抱えた。


 お前は騎士だろう。


 何故そんなに楽しそうなんだ。



 だが。


 確かに王国は変わった。


 飢えた者は減った。


 盗みも減った。


 街も綺麗になった。


 最近は夜道も歩きやすい。


 子供達の笑顔も増えた。


 皆は言う。


 エミリア様のおかげだと。



 だが。


 ハルトは納得していなかった。


 あの人は無能姫だ。


 ずっとそう思ってきた。


 急に変わったからといって。


 簡単に信じられるものではない。



 スコップを振るう。


 土を掘る。


 また振るう。


 そして思う。



「何で俺は水路なんか掘ってるんだ……」



 王都へ引かれた水路。


 そこから延長された給水路。


 各地区へ設置された給水所。


 井戸だけに頼らなくなったことで。


 街の暮らしは大きく変わった。


 洗濯をする者が増えた。


 水を運ぶ手間も減った。


 確かに便利になった。


 そこまでは理解できる。



 だが。


 今度は違った。


「今掘ってるのは何なんだ?」


 隣の職人へ尋ねる。


「下水路だ」


「下水路?」


「使った水を流すらしい」


「何故だ?」


「知らん」


 職人は肩を竦めた。


「エミリア様の命令だ」



「何て言ったんだ?」


「汚れた水が私の国に溜まるのは許せない、だと」



 ハルトは無言になった。



「意味が分からん……」



 本当に意味が分からない。


 王国の予算。


 大量の資材。


 職人。


 労働者。


 騎士団。


 それだけの人間を動かして。


 やっている理由が。


 汚いのが嫌だから。



 だが。


 結果だけは見えていた。



 以前より街は綺麗になった。


 臭いも減った。


 病人も減った気がする。


 水を巡る争いも減った。


 子供達は元気に走り回っている。


 商人達も以前より活気がある。



「……分からん」


 ハルトは苦笑した。


 本当に分からない。


 何を考えているのか。


 何を目指しているのか。


 何故こんなことをするのか。


 何一つ分からない。



 だが。


 遠くから聞こえる笑い声だけは。


 確かに増えていた。



「まあ」


 ハルトはスコップを握り直す。


 剣の柄ではなく。


 土に汚れた木の柄を。



「国のためなら」


 一度だけ空を見上げる。



「今は剣の代わりに」


 そして再び土を掘った。



「スコップを振るうのも悪くないか」



 その頃。


 王城。


「クロエ」


「はい!」


「下水路工事は順調?」


「順調です!」


 クロエは満面の笑みで答えた。


「完成すれば王都全域の排水が可能になります!」


「素晴らしいわ」


 エミリアは満足そうに頷く。



「汚れた水が私の国に溜まるなんて美しくないもの」



「流石です!」


「でしょう?」



 なお。


 その結果。


 王都の衛生環境は劇的に改善することになる。


 本人は分かってやっている。


 だが。


 美しくはないので説明しなかった。


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