【閑話:騎士とスコップ】
何で俺は。
こんな所で穴を掘っているんだろう。
ハルトはスコップを地面へ突き立てながら考えていた。
王国騎士団。
栄誉ある王国の剣。
民を守る盾。
本来ならそうだったはずだ。
だが最近。
やっていることがおかしい。
◇
炊き出し。
資材運搬。
道路整備。
土木工事。
そして今。
水路工事。
「そこ、もう少し深くだ!」
「了解!」
元気よく返事をする同僚を見て。
ハルトは頭を抱えた。
お前は騎士だろう。
何故そんなに楽しそうなんだ。
◇
だが。
確かに王国は変わった。
飢えた者は減った。
盗みも減った。
街も綺麗になった。
最近は夜道も歩きやすい。
子供達の笑顔も増えた。
皆は言う。
エミリア様のおかげだと。
◇
だが。
ハルトは納得していなかった。
あの人は無能姫だ。
ずっとそう思ってきた。
急に変わったからといって。
簡単に信じられるものではない。
◇
スコップを振るう。
土を掘る。
また振るう。
そして思う。
◇
「何で俺は水路なんか掘ってるんだ……」
◇
王都へ引かれた水路。
そこから延長された給水路。
各地区へ設置された給水所。
井戸だけに頼らなくなったことで。
街の暮らしは大きく変わった。
洗濯をする者が増えた。
水を運ぶ手間も減った。
確かに便利になった。
そこまでは理解できる。
◇
だが。
今度は違った。
「今掘ってるのは何なんだ?」
隣の職人へ尋ねる。
「下水路だ」
「下水路?」
「使った水を流すらしい」
「何故だ?」
「知らん」
職人は肩を竦めた。
「エミリア様の命令だ」
◇
「何て言ったんだ?」
「汚れた水が私の国に溜まるのは許せない、だと」
◇
ハルトは無言になった。
◇
「意味が分からん……」
◇
本当に意味が分からない。
王国の予算。
大量の資材。
職人。
労働者。
騎士団。
それだけの人間を動かして。
やっている理由が。
汚いのが嫌だから。
◇
だが。
結果だけは見えていた。
◇
以前より街は綺麗になった。
臭いも減った。
病人も減った気がする。
水を巡る争いも減った。
子供達は元気に走り回っている。
商人達も以前より活気がある。
◇
「……分からん」
ハルトは苦笑した。
本当に分からない。
何を考えているのか。
何を目指しているのか。
何故こんなことをするのか。
何一つ分からない。
◇
だが。
遠くから聞こえる笑い声だけは。
確かに増えていた。
◇
「まあ」
ハルトはスコップを握り直す。
剣の柄ではなく。
土に汚れた木の柄を。
◇
「国のためなら」
一度だけ空を見上げる。
◇
「今は剣の代わりに」
そして再び土を掘った。
◇
「スコップを振るうのも悪くないか」
◇
その頃。
王城。
「クロエ」
「はい!」
「下水路工事は順調?」
「順調です!」
クロエは満面の笑みで答えた。
「完成すれば王都全域の排水が可能になります!」
「素晴らしいわ」
エミリアは満足そうに頷く。
◇
「汚れた水が私の国に溜まるなんて美しくないもの」
◇
「流石です!」
「でしょう?」
◇
なお。
その結果。
王都の衛生環境は劇的に改善することになる。
本人は分かってやっている。
だが。
美しくはないので説明しなかった。
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