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地下に眠る天才 ② 挿絵有

今日 クロエ立ち絵入れました

 目を覚ます。

 柔らかい。

 信じられないほど柔らかい。


 ここは……?

 ベッドの上だろうか。

 こんな寝具など知らない。

 何が起きた?


 身体に違洪感がある。

 だが。

 先程までの記憶が蘇る。


 黒いドレスの女。

 自分を理解した女。

 自分を認めた女。


 そこで。

 私は飛び起きた。

 軽い。

 身体が軽い。

 信じられないほど。


「気分はどうかしら?」


 声が聞こえる。

 焦点の合わなかった視界が鮮明になる。

 そこにいたのは。

 言葉で表現できないほど美しい女性だった。


 漆黒のドレス。

 夜空を切り取ったような黒。

 そこに銀の刺繍が流れ星のように走っている。

 まるで。

 悪の女王。

 そんな言葉が自然と浮かんだ。


 後ろには。

 銀髪のメイドが静かに控えている。


「あなたは……?」

「名乗っていなかったかしら?」


 女は微笑む。


「私はエミリア」

「ローゼンバーグ王国第一王女よ」


 息が止まる。

 王女。

 それも第一王女。

 慌てて姿勢を正そうとした。


 その時。

 ふにょん。

 柔らかい何かが腕に当たった。

 いや。

 当たったのではない。

 ついていた。


 下を見る。

 見慣れない双丘。

 細い腕。

 白い指。


「……は?」


 声が高い。

 しわがれた老人の声ではない。

 鈴の音のような声だった。


 混乱する。

 何が起きている。

 何も分からない。

 それでも。

 礼だけは言わなければならないと思った。


「わ、わたしの名前は――」

「そんなものいらないわ」


 言葉が止まる。

 頭が真っ白になる。

 何か気を損ねたのだろうか。


「昔の名前なんて知らないし」

「興味もないもの」


 エミリアが視線を向ける。

 ルミが姿見を運んできた。

 そこに映っていたのは。

 知らない女性だった。

挿絵(By みてみん)

 長い金髪。

 柔らかく波打つ髪が腰まで流れている。

 知性を感じさせる琥珀色の瞳。

 整った顔立ち。

 息を呑むほど美しい女性。

 それが。

 こちらを見ていた。


「あなたは生まれ変わったのよ」


 エミリアは満足そうに言う。


「だから」

「その身体に相応しい名前をあげる」


 赤い瞳が細められる。

 そして。

 宣言した。


「貴方の名前はクロエよ」


 その日。

 長い地下生活を終えた老人は。

 クロエになった。





 エミリアは紙に奇妙な図を描いていた。

 それを見たクロエが興味深そうに身を乗り出す。


「ほう?」

「何を書いているんだい?」


 エミリアは得意げに紙を持ち上げた。


「便器よ」


 数秒の沈黙。

 クロエは真顔になった。


「便器?」

「水の力だけで汚物を流す装置よ」


 クロエの目が細くなる。


「ほう?」

「魔法は?」

「使わないわ」

「ほう?」

「使わないの」


 クロエは椅子から立ち上がった。

 そして紙を奪い取る。


「詳しく」


 エミリアは満足そうに頷いた。

 どうやら食いついたらしい。


「高い場所に水を貯めるの」

「そして管を繋ぐ」

「後は勝手に流れるわ」


 クロエは図面を凝視した。

 そして。


「待て」

「待て待て待て」


 指が図面を走る。


「つまり水そのものが重要ではないな?」


 エミリアは頷く。


「ええ」

「高い場所が重要よ」


 クロエの口元が吊り上がる。


「なるほど」

「水を利用しているように見えて」

「実際は高さを利用しているわけか」

「面白い」


 ぶつぶつと呟きながら図面へ書き込み始める。

 しかし次の瞬間。

 クロエは顔を上げた。


「だが待て」

「水魔法で良いのでは?」

「魔導バッテリーでも動かせるだろう」


 エミリアはあっさり頷いた。


「城だけならね」


 クロエの動きが止まる。


「……ほう?」


 エミリアは紙の端に数字を書く。

 十。

 百。

 千。

 一万。

 数字が増えるたびにクロエの眉が寄る。


「足りないな」

「でしょう?」

「王都全部となると魔導バッテリーでは厳しいわ」

「維持費も掛かる」

「故障もする」

「魔法使いも必要になる」


 クロエは腕を組んだ。

 しばらく唸る。


「では?」


 エミリアは新しい図を描いた。

 一本の大河。

 巨大な貯水池。

 そして王都へ伸びる管。


「川を使う」

「高低差を使う」

「自然を使う」


 クロエは図面を凝視した。

 数秒。

 十秒。

 二十秒。

 やがて口元が緩む。


「ククッ」

「なるほど」

「人を使わない」

「魔力も使わない」

「自然そのものを働かせるのか」


 エミリアは楽しそうに微笑む。


「その方が美しいでしょう?」


 クロエが視線を向ける。


「美しい?」

「ええ」


 エミリアは頬杖をついた。


「誰か一人に頼らない」

「誰かが居なくなっても動く」

「百年後も」

「千年後も」

「人々の暮らしを支え続ける」

「それはとても美しいと思うの」


 クロエは再び図面を見下ろした。

 川。

 貯水池。

 配管。

 水圧。

 自然の流れ。

 単純。

 だが巨大。

 そして美しい。


 長い沈黙。

 やがて。

 クロエの口元が大きく吊り上がった。


「面白いじゃないか」

「実に面白い」

「美しいかどうかは知らないが」

「これは研究しがいがある」


 エミリアは満足そうに頷いた。


「そう」

「気に入ったのね」


 クロエは既に新しい紙を取り出していた。


「取水設備」

「貯水池」

「沈殿槽」

「ろ過装置」

「配管」

「圧力管理」

「王都全域への展開」


 猛烈な勢いで書き殴り始める。

 エミリアはその姿を眺めながら小さく笑った。

 どうやら釣れたらしい。





「クロエ」

「何だい?」

「研究は一旦中断よ」


 エミリアはそう言って研究室へ乗り込んだ。

 クロエは不思議そうに首を傾げる。


「上水設備の設計が佳境なんだが?」

「だからよ」


 エミリアは腕を組む。


「今の貴方を表へ出すことはできないわ」

「何故?」

「鏡を見なさい」


 クロエは素直に鏡を見る。

 乱れた金髪。

 インクの付いた指。

 煤の付いた頬。

 そして研究資料まみれの白衣。


「なるほど」


 エミリアは少し安心した。

 理解したらしい。


「研究に集中しすぎたな」

「違うわ」


 エミリアは即答した。





「まず説明するわ」


 エミリアは椅子へ腰掛ける。


「貴方達の正式名称は【薔薇人形】」

「ローゼンドールズよ」


 クロエは興味深そうに頷いた。


「格好いいな」

「でしょう?」


 エミリアは満足そうだった。


「ルミが創造した神造人間」

「私直属の最高幹部」

「高い身体能力と成長性を持つ」

「そして魂と器が融和し、器に相応しい人格へと変化していくわ」

「興味深い」


 クロエは自分の身体を見下ろした。

 腕を動かす。

 脚を曲げる。

 胸を持ち上げる。


「特にこの脂肪は――」

「そこじゃないわ」


 エミリアが即座に止めた。


「何故女性なのか」

「何故美しい身体なのか」

「それを説明しているの」


 クロエは真面目に聞いていた。


「私の直属には美しさが必要だからよ」

「私の美学ね」

「なるほど」


 クロエは考え込む。

 だがまだ腑に落ちないらしい。





「そこで」


 エミリアは箱を取り出した。


「今日からこれを着なさい」


 クロエは箱を開ける。

 そこには。

 深いスリットの入った黒いチャイナドレス。

 白衣。

 そして眼鏡。


「ほう」

「似合うでしょう?」

「白衣は理解できる」


 クロエは眼鏡を持ち上げた。


「これは?」

「眼鏡よ」

「見れば分かる」

「何故付ける?」

「知的に見えるでしょう?」

「私は知的だが」

「そういう話じゃないの」


 エミリアは頭を抱えた。


「視力補正機能は?」

「無いわ」

「魔力補助機能は?」

「無いわ」

「防御機能は?」

「無いわ」

「では何故?」


 エミリアは叫んだ。


「見た目よ!」





 着替え終わったクロエが姿見の前へ立つ。

 深いスリットの入ったチャイナドレス。

 白衣。

 金髪。

 眼鏡。

 間違いなく美しかった。

 だが。

 クロエは難しい顔をしていた。


「気に入らない?」


 エミリアが聞く。


「いや」


 クロエは首を振った。


「理解しようとしている」


 鏡を見る。

 再び見る。

 そして静かに口を開いた。


「私は今まで」

「効率だけを求めていた」

「より良い理論」

「より良い設計」

「より良い発明」

「それだけだ」


 エミリアは黙って聞いていた。


「だが」

「優れた理論には美しさがある」


 クロエは鏡へ視線を向ける。


「無駄のない数式」

「完成された機構」

「洗練された設計図」

「人はそれを美しいと呼ぶ」


 エミリアの口元が少し緩んだ。


「ならば」

「人も同じなのかもしれない」

「外見」

「所作」

「言葉」

「振る舞い」

「それらを磨くことで完成度を高める」


 クロエはゆっくり頷く。


「確かに」

「それが出来ないのは損失だ」

「研究対象としても興味深い」


 エミリアが立ち上がった。


「そう!」


 ようやく伝わった。


「それが悪の美学よ!」


 クロエは納得したように頷く。


「理解した」


 エミリアは満足そうだった。

 本当に理解したらしい。

 その時だった。


「でも」


 クロエが眼鏡を持ち上げる。


「これは?」


 沈黙。

 エミリアは数秒考えた。

 そして。


「目の保護よ!」


 ヤケクソだった。

 ルミは横で吹き出した。


「嘘ですね」

「ルミ!」


 こうして。

 発明女王クロエへの。

 悪の美学レッスンが始まったのだった。



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