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閑話 癒す者と救済する者

王城の一室。


そこには、三人のドールズが集められていた。


一人は、黒い魔導師風の装いに身を包んだ少女。


一人は、白を基調とした医療服をまとった少女。


そしてもう一人は、黒と白に淡い紫を重ねた巫女服姿の聖女。


ローゼンバーグ王国に仕える、エミリアのドールズ達である。


「では、改めて自己紹介といこうか」


最初に口を開いたのはクロエだった。


眼鏡の奥の瞳を穏やかに細め、軽く片手を上げる。


「私はローゼンバーグ王国の発明、開発を任されているクロエだ」


「魔導具、工房設備、通信具、浄水器、照明、その他諸々」


「必要なものがあったら、私に相談するといい」


クロエは二人を見て、にこりと笑った。


「二人とも、よろしく頼むよ」


「よろしくお願いします」


セリアは丁寧に頭を下げた。


その所作は、神殿で人前に立っていた者らしく、静かで美しい。


リンは腕を組み、少しだけ目を細める。


「ボクはリン」


短く名乗った。


「ローゼンバーグ王国の医療関係を任されてる」


「薬、治療、衛生管理、病人の看護、村への支援」


「そういうのはボクの担当だよ」


そこでリンは、ちらりとセリアを見る。


「……よろしく」


声には、ほんの少しだけ棘があった。


セリアは、その棘に気づいた。


無理もない。


リンは、あの場にいた。


自分が、何も知らずにエミリアへ疑いの目を向け、言葉をぶつけた場に。


セリアは静かに姿勢を正した。


「お二人とも、よろしくお願いいたします」


「私はセリア」


「今後は、ルミナ教の聖女として活動することになります」


そして、セリアはリンへ向き直った。


「リンさん」


「……何?」


リンの声は少し硬い。


セリアは深く頭を下げた。


「先日のこと、謝罪させてください」


リンは瞬きをした。


「……先日?」


「はい」


セリアは頭を下げたまま続ける。


「あの時、私は何も分からず、エミリア様にあのような態度を取ってしまいました」


「貴女にとっても、不快な思いをさせたことと思います」


「本当に、申し訳ありませんでした」


リンは言葉に詰まった。


真正面から謝られるとは思っていなかったのだ。


責めるつもりだった。


少しだけ嫌味を言うつもりだった。


エミリア様がどれほどすごい人なのか、分かっていなかったくせに、と。


けれど、セリアはそれを先回りするように頭を下げている。


「過去の私は」


セリアは、静かに言った。


「エミリア様の素晴らしさを理解できない、愚者だったのです」


「……」


リンは、少しだけ頬を引きつらせた。


謝罪。


反省。


そして、あまりにも重い陶酔。


リンは少し戸惑った。


「わ、分かってればいいんだよ」


リンは腕を組み直し、視線を逸らす。


「エミリア様がとってもすごい人だったってことを」


「はい」


セリアは顔を上げ、聖女のように微笑んだ。


「今なら、よく分かります」


「エミリア様は、あまりにも美しく、賢く、気高く、そして深い御方です」


「私はこれから、エミリア様の素晴らしさを説くために、人々を救っていきます」


「……え?」


リンの眉がぴくりと動いた。


「救う?」


「はい」


セリアは穏やかに頷く。


「エミリア様の悪を、この世に示すために」


「私は人々を救済いたします」


リンは、少しだけ口を尖らせた。


「分かってないなぁ」


「え?」


「エミリア様が望むのは、救いじゃないよ」


リンの声に、今度ははっきりとした棘が混じった。


「エミリア様は、救うなんて言わない」


「可哀想だから助けるんじゃない」


「自分の国の下僕が、勝手に壊れるのが気に入らないだけ」


「病気も、飢えも、汚れた水も、美しくないから潰すだけ」


「それを勝手に救いとか言うのは、違うと思う」


セリアは、静かにリンを見つめた。


怒ることはなかった。


むしろ、どこか嬉しそうにすら見えた。


「リンさん」


「何?」


「その通りです」


リンは、また瞬きをした。


「……は?」


「エミリア様の悪の前では、私の救いなど、ただの些事に過ぎません」


「些事?」


「はい」


セリアは、胸に手を当てる。


「私は、救えなかった者です」


「祈り」


「癒し」


「手を伸ばすこと」


「それしかできなかった」


「そして、私が救ったつもりでいた者達も、本当の意味では救えていなかった」


リンの表情が、少しだけ険しくなる。


セリアは続けた。


「けれど、エミリア様は違いました」


「水を変え」


「食を与え」


「清潔を教え」


「仕組みを作り」


「再び病に落ちない場所へ、人々を運んだ」


「私が救いと呼んでいたものは、エミリア様の悪の前では、ただの小さな手当てに過ぎません」


リンは、黙った。


セリアの言葉は、悔しいほど正しかった。


けれど。


それでもリンの胸には、小さな棘が残る。


「……結局」


リンは、ぽつりと言った。


「セリアは救えなかったけどね」


空気が、わずかに重くなった。


セリアは、その言葉を静かに受け止めた。


「はい」


反論はしなかった。


「私は、救えませんでした」


「だからこそ、今後は知識を得ます」


「貴女からも」


「リンさん」


セリアは、まっすぐにリンを見る。


「病を知り」


「薬を知り」


「水を知り」


「清潔を知り」


「人が倒れる理由を知り」


「人が立ち上がるために必要なものを知りたい」


「そしていつか」


セリアの声は穏やかだった。


だが、その奥には、熱があった。


「エミリア様の慈悲を、皆に施せるようになりましょう」


「慈悲じゃないってば」


リンは即座に言った。


「エミリア様は慈悲でやってるんじゃない」


「はい」


セリアは微笑む。


「エミリア様は、慈悲ではないと仰るでしょう」


「だからこそ、私はそれを慈悲として人々へ届けます」


「は?」


「エミリア様の悪は、救いよりも深い」


「ならば私は、その悪を人々が受け取れる形に整えます」


「人々が怯えず、祈り、感謝し、前へ進めるように」


「私は聖女として、エミリア様の悪を伝えるのです」


リンの眉間に、深い皺が寄った。


「……なんか、やっぱり分かってるようで分かってない気がする」


「そうでしょうか」


「そうだよ」


「ですが、リンさんもエミリア様のために人を癒やしているのでしょう?」


「ボクは医療担当だからやってるだけ」


リンは少し強めに言った。


「エミリア様が必要だって言ったから」


「エミリア様が、病気で壊れる人を減らせって言ったから」


「ボクは薬を作って、治療して、村を回ってる」


「そこに余計な祈りとか救済とかはいらない」


セリアは静かに頷いた。


「癒す者」


「え?」


「リンさんは、癒す者なのですね」


リンは少しだけ不機嫌そうに口を尖らせた。


「……まあ、そうだよ」


「なら、私は救済する者になりましょう」


セリアは、穏やかに微笑んだ。


「リンさんが人の身体を癒やすなら」


「私は、人々の心にエミリア様の悪を届けます」


「それが、私にできることかもしれません」


リンは黙った。


否定したい。


すぐに言い返したい。


けれど、セリアの言葉の中にある覚悟は、本物だった。


それが余計に、気に入らない。


エミリア様のために役立ちたい。


誰よりも。


もっと。


もっと。


その思いは、リンにもある。


だからこそ、セリアの言葉が少しだけ刺さった。


その横で、クロエは二人のやり取りを聞きながら、しばらく黙っていた。


癒し。


救済。


慈悲。


悪。


祈り。


どれも、重要ではないとは言わない。


言わないが。


今、クロエの頭の中には別のものがあった。


昨日から調整している小型魔導通信具。


あれは、魔力の伝達効率があと少しだけ足りない。


原因は導線の素材か。


それとも、増幅石の配置か。


いや。


待て。


もし浄水器で使った循環式の魔力路を小型化して組み込めば――。


クロエの目が、すっと遠くなった。


「……あ」


リンが振り向く。


「クロエ?」


「すまない」


クロエは、突然立ち上がった。


「発明の途中だった」


リンが眉を寄せる。


「今?」


「今だ」


クロエは真剣な顔で頷いた。


「今、少し思いついた」


「忘れると困る」


セリアが丁寧に頭を下げる。


「お忙しいところ、お時間をいただきありがとうございました」


「いや、こちらこそ」


クロエは軽く手を振った。


「必要な魔導具があれば、いつでも相談してくれ」


そして、扉へ向かいながら小さく呟く。


「浄水器の循環式魔力路を、通信具に転用……いや、出力を絞れば診療所用の簡易信号機にもできるか……?」


リンがじとりと見る。


「……絶対、話聞いてなかったでしょ」


「聞いていたよ」


クロエは扉の前で振り返った。


「リンは癒す者」


「セリアは救済する者」


「二人ともエミリア様のために頑張りたい」


「そして私は、それを支える道具を作る者だ」


そう言って、クロエは眼鏡の奥で楽しげに笑った。


「だから、私は工房へ戻る」


扉が閉まる。


クロエは本当に、発明のために去っていった。


部屋には、リンとセリアだけが残された。


癒す者。


救済する者。


そして、エミリアのために誰よりも貢献したいと願う二人。


互いに向いている方向は似ている。


けれど、その歩き方はまるで違う。


リンは薬と知識で人を癒やす。


セリアは祈りと信仰で人を導こうとする。


どちらも、エミリアのために。


どちらも、エミリアの悪を証明するために。


けれど、それゆえに。


二人の間には、静かな火花が散っていた。


これが。


ローゼンバーグ王国に仕える、新たなドールズ達の。


初めての対面だった。


閑話を挟んでから新章掲載します。


復興編でどこが面白かった!

次章では誰に活躍してほしい!


等、応援や励ましのコメント頂けると捗ります。

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