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閑話:神官の目覚め

あの日以来。


神官長グレゴールの目に映る王都は、少しずつ変わっていった。


石を投げた少年。


それを笑って受け止めた王女。


あの光景が、胸の奥に残り続けている。


理由は分からない。


ただ、消えなかった。


---


グレゴールは神官である。


太陽神インティの教えを説き。


光の下に秩序を持って生きることを人々へ伝える。


それが正しいことだと信じていた。


間違っているとは思わない。


今でも、その教えは尊いものだと思っている。


だが。


日々、王都は変わっていった。


---


荒れていた道が整えられていく。


濁っていた水路に、清らかな水が流れ始める。


飢えていた民に食事が配られる。


孤児達に寝床が与えられる。


働き口のなかった者達が、仕事を与えられる。


罪を犯した者達でさえ、ただ罰されるのではなく、更生の機会を与えられていく。


昨日より今日。


今日より明日。


街は少しずつ綺麗になり。


生活は少しずつ便利になり。


民の顔には、少しずつ笑みが戻っていった。


---


グレゴールは、太陽神の教えを説き続けていた。


正しい神を信じなさい。


光の下に秩序を持ちなさい。


人は正しく生きるべきです。


その言葉は、正しい。


正しいはずだった。


しかし。


説けば説くほど、胸の奥に小さな違和感が積もっていく。


自分は正しいことを伝えている。


だが、エミリアは人々を実際に救っている。


自分は神の光を語っている。


だが、エミリアは人々の明日を照らしている。


祈りでは届かなかった場所に。


教えだけでは変えられなかった現実に。


あの王女は、当たり前のように手を伸ばしていた。


---


そして。


戴冠式の日が来た。


王都中央広場には、多くの民が集まっていた。


兵士達が整列し。


商人達は店を出し。


職人達は仕事の手を止め。


子供達は大人の背に隠れながらも、興味津々に広場を見つめている。


グレゴールもまた、神官達と共にその場にいた。


太陽神教神官長として。


この国の行く末を見届けるために。


---


やがて、エミリアが姿を現した。


黒を纏った王女。


いや。


これから女王となる者。


その姿を見た瞬間、広場の空気が変わった。


恐怖ではない。


ただの敬意でもない。


期待。


緊張。


畏れ。


憧れ。


その全てが入り混じった沈黙だった。


エミリアは民の前に立ち。


そして、正式にローゼンバーグ王国の女王となった。


---


続いて、エミリアは宣言した。


ローゼンバーグ王国の国教を、月と死と転生を司るルミナ教へ改めると。


グレゴールの胸が、強く鳴った。


太陽神教神官長として。


その言葉を軽く聞き流すことはできなかった。


だが。


エミリアの言葉は、そこで終わらなかった。


---


信仰など好きにしなさい。


太陽神を信じたい者は信じればいい。


豊穣神を信じたい者も。


財神を信じたい者も。


智神を信じたい者も。


ルミナを信じたくない者も。


好きにすればいい。


ただし。


信仰の名を借りて、私の民を傷つける者だけは許さない。


---


その瞬間。


グレゴールは、天啓を受けたような衝撃を覚えた。


信仰の自由。


そんなことが、あっていいのか。


正しい神は一柱だけではないのか。


人は、正しい教えへ導かれるべきではないのか。


神を選ぶことを、人に許してよいのか。


疑問が、次々と胸の内に湧き上がる。


だが。


それ以上に、エミリアの言葉は深く刺さった。


信仰は自由でいい。


けれど、その信仰で民を傷つけることは許さない。


神のために人があるのではない。


人を救うために、信仰がある。


そう告げられた気がした。


---


エミリアは、禍津神を掲げた。


だが、他の神を否定しなかった。


悪の女王を名乗った。


だが、民を守ると宣言した。


救済ではないと言いながら。


病人を治し。


孤児を育て。


民に学びを与える場所を作ると言った。


グレゴールは、目を離せなかった。


あの日。


石を投げた少年へ笑いかけた王女。


その姿が、今の女王の姿と重なる。


ああ。


そうか。


あの方は、あの日から何も変わっていない。


ただ、自分のやり方で。


自分の言葉で。


人々に未来を与えているのだ。


---


そして、戴冠式の終わり。


王都に光が灯った。


夜を照らす光。


火ではない。


神聖魔法でもない。


人の手によって作られた、新しい光。


太陽神が司るはずの光。


その光すら、エミリアは民のために地上へ引き下ろした。


グレゴールには、そう見えた。


暗がりを照らし。


夜道を照らし。


民の暮らしを照らす光。


それは、神殿で説く光ではなかった。


祈りの中にある光でもなかった。


現実に、民の足元を照らす光だった。


---


その時にはもう。


グレゴールの信仰は、決まっていた。


太陽神を憎んだわけではない。


太陽神の教えを否定したわけでもない。


ただ。


太陽神よりも先に信じるべきものを、見つけてしまった。


エミリア様が、ルミナ様を信じるのなら。


私も、ルミナ様を信じます。


エミリア様が黒と仰るなら。


白もまた、黒なのでしょう。


それは、グレゴールにとって狂信ではなかった。


矛盾でもなかった。


ただ、最も正しい場所に信仰を置き直しただけだった。


---


後に、グレゴールは語る。


「初めてお会いした時、私は神を見ました」


それを聞いた者の多くは、敬虔な神官らしい比喩だと思った。


だが。


グレゴール本人だけは、大真面目だった。


あの日。


石を投げた少年へ笑いかけた王女。


そして。


戴冠式の日、夜の王都に光を灯した女王。


その御姿を見て。


グレゴールは本当に、神を見たのだから。


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