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獄天の刀使 シオン ②

「……大丈夫」


シオンが小さく頷くと、周囲のシルヴァニア兵達は顔を見合わせた。


大地に倒れているのは、彼らの誇る勇将ドルガディン。その両腕は失われ、胴には深い傷が刻まれている。トロール特有の再生能力によって傷口は塞がり始めていたが、とても大丈夫という状態には見えなかった。


ましてや、目の前の白虎の剣士は、その惨状を作り出した本人である。


「ドルガディン様が……敗れた……?」


誰かが呟いた。


それをきっかけに、兵士達の間へ動揺が広がっていく。


「退け! これ以上は無理だ!」


一人が後ずさり、別の兵士が武器を下ろす。やがて、その場に残っていた者達は次々と背を向け、我先にと逃げ始めた。


シオンはその姿を静かに見送った。


追おうと思えば、容易に追いつける。だが、逃げる兵への追撃は必要ないと言われている。既に戦意を失った相手を、わざわざ斬る理由もなかった。


「……さて」


シオンは黒刀を鞘へ納め、再び倒れたドルガディンへ視線を向けた。


生きていることは確認した。後はどうすればいいのだろうか。


連れて帰るべきか、それとも誰かを呼んでくるべきか。幸い、ドルガディンは自分よりずっと大きいとはいえ、運ぶこと自体は難しくない。


白い獣耳が、考え込むように左右へ傾いた。


その時だった。


足元から、淡い緑色の光が立ち昇った。


「……?」


シオンの耳が、すっと前を向く。


光は一本、また一本と増え、周囲を囲むように巨大な壁を作り上げていった。


それまで聞こえていた兵士達の足音が、唐突に途絶える。遠くの剣戟も、怒号も、風に運ばれてくる戦場のざわめきさえ消えた。


シオンは振り返った。


先ほどまでドルガディンが倒れていた場所には、何もない。周囲には不自然なほど広い空間が続き、その外側を淡い緑色の光が覆っていた。


「……結界?」


白い尻尾がゆっくりと揺れる。


その視線の先に、一人の男が立っていた。


整った顔立ちをした、見知らぬ男。その両手には、鋭い爪が備わっている。


男は無言のまま腕を下ろし、こちらを見つめていた。


シオンもまた、しばらく相手を観察した。


そして、僅かに首を傾げる。


「……?」


妙だった。


強者には、独特の気配がある。


鍛え上げた肉体から滲む圧力。数多の死線を越えてきた者だけが持つ、研ぎ澄まされた気迫。それは魔力の大小とは違う。剣を交える前から、相手が積み重ねてきたものを感じ取れることがある。


シオンは昔から、そうした気配に敏感だった。


そしてエミリアに闘気《オーラ》の扱いを教わってからは、その感覚がさらに鋭くなっていた。


先ほど戦ったドルガディンなど、実に分かりやすかった。


巨体に秘められた膂力だけではない。長大な槍を自在に操る経験と、いかなる相手にも退かぬ覚悟。向かい合った瞬間から、歴戦の戦士であることが伝わってきた。


だが、目の前の男からは、何も感じられない。


「……弱い?」


シオンは小さく呟いた。


もちろん、相手が力を隠している可能性はある。


気配を消す技術も知っている。かつて戦った暗殺者の中には、熟練した戦士でさえ存在を察知できない者がいた。


しかし、この男はそれとも違う。


気配を隠しているのではなく、そもそも積み重ねたものが感じられないのだ。


シオンは相手の肩、腰、足元へ順に視線を走らせた。


構えも妙だった。


爪を使うなら、もう少し重心を落とした方がいい。左右の腕も、あの位置では連続した攻撃へ繋げにくい。


何より、相手の目にはこちらの動きを読む意識が感じられなかった。


「……どうして?」


白い獣耳が、僅かに後ろへ倒れる。


これほどの結界を用意して、自分と戦わせる相手。ならば、相応の実力者が現れるものと思っていた。


そう考えているうちに、男が動いた。


右足を踏み込み、右腕を突き出す。


狙いは喉。


五本の鋭い爪が、一直線に迫ってくる。


――遅い。


シオンは左足を半歩引き、上体を僅かに右へ傾けた。爪の先端が首の横を通り過ぎ、銀白の髪を一房だけ揺らす。


男はすぐさま左腕を振るった。


今度は横薙ぎ。


シオンは右足を軸に身体を回し、爪の軌道から外れる。白い尻尾が動きに合わせて大きな弧を描き、次の瞬間には重心を整えるように背後へ流れた。


男の爪が空を切った。


「……ん」


シオンは相手の動きを見つめた。


さらに右腕が跳ね上がる。


今度は上からの斬撃。


だが、その前に肩が動いている。攻撃の始まりを隠せていない。


シオンは逆に一歩踏み込んだ。


爪が振り下ろされるより早く、男の右肘の内側へ入り込む。距離が近すぎるため、伸ばした爪ではシオンを捉えられない。


男は慌てて腕を引こうとしたが、その動きに合わせてシオンも身体を寄せた。


白い獣耳が、小さく動く。


左から風を切る音。


シオンは顔を向けることなく、右足を斜め前へ送った。爪が背後を通り過ぎ、そのまま男の脇を抜ける。


「……やっぱり」


動きが拙い。


速さそのものは、決して遅くない。並の兵士であれば、今の連撃に反応することさえ難しいだろう。


だが、身体の動かし方に無駄が多すぎる。


踏み込みは強いが、力の逃がし方を知らない。腕を振る速度はあるのに、戻す動作が遅い。右腕の攻撃を避けられてから左腕を出すまでに、僅かな間が生じる。


連撃というより、別々の攻撃を繰り返しているだけだった。


先ほどのドルガディンなら、その間を決して見逃さなかった。


「……変」


シオンは眉を寄せた。


わざと隙を見せているのだろうか。誘い込んで、何かを仕掛けるつもりなのかもしれない。


ならば、もう少し確かめる。


男が再び踏み込んできた。


今度は両腕を広げ、左右から同時に爪を振るう。


シオンの獣耳が、それぞれの風切り音を捉えた。


右が先。


左は僅かに遅れる。


シオンは膝を落とし、右腕の下を潜った。頭上を爪が通り過ぎる。そのまま左足で地面を蹴り、男の右側面へ滑り込む。


男は遅れて左腕を振り下ろした。


だが、そこには既にシオンはいない。


攻撃の勢いを止められず、男の身体が前へ流れた。


背中が空く。


いくらでも斬れる。


それでもシオンは刀を抜かなかった。


今度は相手の背後へ回り、そこからどう動くのかを観察する。


男は強引に身体を捻った。


右足を軸に振り返ろうとするが、先ほどの踏み込みで左足に体重が残っている。そのため、上体だけが先に回り、腰の動きが遅れた。


――ここも、隙。


シオンは静かに一歩退いた。


男の爪が、目の前を通り過ぎる。


「……何かある?」


答えは返ってこない。


男は表情を変えることなく、再び向かってきた。


シオンはしばらく攻撃を凌ぎ続けた。


突きには身体を開き、横薙ぎには間合いを外す。相手が踏み込めば軸足の外側へ回り込み、追ってくれば逆へ抜ける。


ときおり刀の柄へ指を添え、抜刀する素振りを見せた。


男の反応を見るためだった。


しかし、男は刀への警戒を強めることもなく、同じように爪を振るってくる。


刃物を持つ相手に、あまりにも無防備だった。


シオンの白い尻尾が、ゆっくりと左右へ揺れる。


――分からない。


何かを隠しているようには見えない。それどころか、攻防を重ねるほど、相手が実戦に慣れていないことばかりが明らかになっていく。


確かに、身体能力は高い。


だが、それを扱う技術が追いついていない。


ドルガディンとの戦いを思い返す。


あの男は強かった。


槍の間合いを維持する判断、こちらの踏み込みへの対応、攻撃と防御を切り替える速さ。すべてに、長い年月をかけて培った技術があった。


そのドルガディンを倒した後で、なぜこんな相手を送り込んできたのだろう。


「……もう、いい」


シオンは小さく呟いた。


どれほど観察しても、答えは出ない。


ならば、終わらせる。


男が再び右足を踏み込んだ。


今までと同じ、右腕の突き。


シオンは今度も避けた。


ただし、これまでとは違う。


左足を斜め前へ踏み出し、爪の外側へ身体を滑らせる。男の右肩と並ぶ位置まで踏み込むと、すぐさま左腕による追撃が来た。


予想どおり。


シオンは右足を軸に身体を沈めた。


鋭い爪が頭上を通り過ぎる。


同時に、左手で鞘を押さえ、右手を刀の柄へ添える。


男の胸が開いた。


両腕は攻撃のために伸びきっている。重心は前へ流れ、足を動かす余裕もない。


――ここ。


シオンの右足が、静かに地面を踏み締めた。


腰が回る。


鞘の内側で、黒刀が滑った。


抜刀。


ほとんど音のない一閃が、男の胴を横切った。


踏み込みの位置、腰の回転、刃筋の角度。すべてが噛み合い、最小限の動作で最大の威力を生み出す。


男には、避ける余地がなかった。


防ぐための腕は間に合わず、踏み出した足も動かせない。


シオンの黒刀が、確かに男の胴を捉えた。


――はずだった。


「……?」


白い獣耳が、ぴたりと動きを止めた。


手応えがない。


肉を断つ抵抗も、骨へ刃が届く感触もない。


刃筋は間違っていない。


距離も、角度も、速度も。


すべて完璧だった。


それなのに、まるで何も斬っていないかのように、黒刀が振り抜かれていた。


シオンは男から距離を取り、静かに刀身を見下ろした。


血はついていない。


男の胴へ視線を戻す。


傷もなかった。


「……当たった」


確かに当たった。


いや、間違いなく斬った。


だが、斬れていない。


目の前では、男が何事もなかったように両腕の爪を構え直していた。


「……どうして?」


『あーっはっはっは!』


静まり返った結界に、突然甲高い笑い声が響き渡った。


『驚いた? 驚いたでしょう? ワタクシ様が特別に祝福してあげたんだから、あなたの剣による攻撃は通じないのよ!』


シオンの白い獣耳が、声のする方へ向いた。


「……ラクシュ様?」


『そうよ! もっと驚きなさい! ワタクシ様のエンジェルちゃんは無敵なんだから!』


「……そう」


シオンは僅かに首を傾げた。


そして、黒刀を握り直す。


次の瞬間、刀身が閃いた。


右袈裟から左袈裟。返す刃を水平に走らせ、そのまま手首を返して斬り上げる。さらに踏み込んで逆袈裟へ繋ぎ、男が反応するよりも早く、背後へ抜けながら最後の一撃を放った。


数瞬の間に、幾重もの黒い軌跡が交差する。


男の身体は、そのすべてをまともに受けていた。


だが、傷一つついていない。


「……ほんとに、効かない」


『き、効かないって言ったでしょ! ワタクシ様が嘘をつくわけないじゃない!』


シオンは男を見つめ、少し考えた。


「……なら」


黒刀を構え直す。


男が右腕を振り下ろした。


シオンは爪の軌道から半歩だけ外れ、相手の懐へ踏み込む。左足を深く送り、腰の回転を刀身へ乗せた。


「――五段突」


五つの刺突が放たれた。


喉、胸、腹、肩、そして再び胸元。


一つ目が届いた時には、既に二つ目が放たれている。僅かな手首の返しと踏み込みの調整だけで、異なる急所へ切っ先が殺到した。


男の身体が反応するよりも速い。


しかし、そのすべてが空を刺したかのように、何の抵抗もなく振り抜かれた。


「……む」


今度は身体ではなく、武器そのものを狙った。


男が左腕を振るう。


シオンはその爪の軌道へ黒刀の刃筋を合わせ、付け根を正確に打ち据えた。


斬鉄。


鉄であろうと鋼であろうと、刃筋と力の伝え方を誤らなければ断ち切れる。シオンにとって、それは特別な技ではなかった。


だが、甲高い金属音すら響かなかった。


刀は爪を断つことなく、虚しく振り抜かれた。


「……これは」


シオンは刀身を見下ろす。


刃こぼれはない。手元にも異常は感じられなかった。


ならば、斬撃そのものが無効化されているのだろうか。


再び男の攻撃を誘う。


右の爪が喉元へ伸びた。


シオンは右足を軸に身体を開き、爪を避けながら刀を返す。


今度は刃を立てない。


峰打ち。


男の側頭部を正確に捉えた。


しかし、やはり何の感触も返ってこない。


「……これも、駄目」


シオンの白い尻尾が、小さく左右へ揺れた。


ならば、闘気《オーラ》はどうか。


黒刀へ意識を集中させる。


淡い光が刀身に集まり、周囲の空気を震わせた。刃の輪郭が僅かに伸び、実体を持たない光の刃が黒刀を覆う。


男が両腕を振り上げる。


シオンは左から迫る爪の内側へ身体を滑らせた。相手の左足が動くよりも早く右足を踏み込み、黒刀を下から斜めに振り上げる。


闘気を乗せた一撃が、男の胴を通り抜けた。


だが、衣服も、身体も、何一つ傷ついていなかった。


「……効かない」


『ふふん! どう? 悔しい? 悔しいでしょ?』


ラクシュが得意げに笑った。


シオンは少しだけ眉を寄せた。


「……ずるい」


『そ、そうでしょう!? 悔しいでしょう!?』


「これは剣じゃなくて、刀。言ってることが違う」


『そういうことじゃないのよ! それだって剣でしょ!? だから通じないの!』


「……違う」


『もう! どっちでもいいじゃない!』


シオンは納得していない様子だったが、それ以上言い返すことはなかった。


黒刀をゆっくりと構え直す。


「……困った」


相手の攻撃は見える。


踏み込みも、爪の軌道も、すべて予測できる。


だが、こちらの攻撃は通じない。


これでは勝負にならなかった。


男が再び踏み込んでくる。


シオンは相手の右腕の突きを避け、続く左腕の横薙ぎから身を外す。そのまま懐へ入り込み、刀を水平に走らせた。


やはり、手応えはない。


男が振り返る。


シオンはその動きに合わせて後退した。


白い獣耳が、風を切る爪の音を拾う。右から左へ。続いて下から上へ。攻撃の始まりを音と気配で察知し、最小限の動作で躱していく。


その間にも、様々な剣技を試していた。


斬撃の速度を変え、角度を変え、力の入れ方を変える。正面から斬りつけ、背後へ回り込み、足元から斬り上げる。


しかし、結果は同じだった。


――《獄天黒薔薇流》なら。


ふと、エミリアから教わった技が頭をよぎる。


自分の身体を使って見せてもらい、幾度も繰り返して身につけた技。


あれならば、今までとは異なる攻撃ができる。


だが、消耗が大きい。


仮に通じなかった場合、その後の戦いが厳しくなる。


何より、長年の戦いで培われた勘が告げていた。


――まだ、その時ではない。


シオンはその判断に従い、再び黒刀を構えた。


男が右腕を突き出す。


喉元へ迫る爪を僅かな動きで躱し、続く左腕の攻撃も半歩の移動だけで外す。さらに足元を狙ってきた一撃には、踏み込む足を入れ替え、相手の側面へ滑り込んだ。


剣を振るえば、確実に当たる。


だが、通じない。


男の方も、何度爪を振るおうとシオンを捉えることができない。


そのような攻防が、延々と続いた。


そして、結界の中で戦い始めてから、一時間ほどが過ぎていた。


シオンの呼吸は少しも乱れていない。


足運びにも疲労の色はなく、白い尻尾は身体の動きに合わせてしなやかに揺れている。


かつて先代の剣聖と幾日にもわたって戦い続けたシオンにとって、この程度の時間は気に留めるほどでもなかった。


だが、その一時間は、男に確かな変化をもたらしていた。


最初は大きく踏み込みすぎていた足が、徐々に適切な位置で止まるようになる。攻撃を外した後の腕の戻しも速くなり、左右の爪が途切れることなく繋がり始めていた。


まだ、シオンを脅かすほどではない。


そう思っていた。


そして、次の攻防。


シュッ。


「……?」


右腕に、僅かな痛みが走った。


シオンは間合いを取り、視線を落とす。


薄く血が滲んでいた。


――見切り損ねた?


すぐに男へ視線を戻す。


右の爪が迫る。


今までどおり、半歩だけ身体を開く。


その直後、鋭い風切り音が聞こえた。


左の爪が、想定していたよりも早く足元へ走った。


シオンは咄嗟に右足を引いた。


だが、僅かに遅い。


太腿の外側へ、細い傷が走る。


「……あれ?」


白い獣耳が、すっと前を向いた。


今度は確かに見ていた。


相手の肩も、腰も、足の動きも。


何一つ見逃していない。


にもかかわらず、爪が届いた。


シオンは男の動きを改めて観察する。


右腕が動く。


続く左腕。


先ほどまであった、攻撃と攻撃の間の無駄な動きが消えていた。


踏み込んだ足が、必要以上に前へ流れなくなっている。腕を振った後の戻しも速い。


いや。


単純に、身体の動きが速くなったのではない。


「……違う」


シオンは呟いた。


「動きが、綺麗になってる」


白い尻尾が、ゆっくりと揺れた。


相手は最初、身体能力だけに頼っていた。


強引な踏み込み。大きすぎる腕の振り。攻撃の後に生まれる無防備な隙。


だが、今は違う。


無駄な動きが少しずつ削られていた。


以前なら、右腕を振った後、左腕が動き出すまでに僅かな間があった。今は右腕を引き戻す動作そのものが、次の攻撃への準備に変わっている。


重心も崩れない。


強引な踏み込みが、いつの間にか次の動作へ繋がる一歩に変わっていた。


『あーっはっはっは! ようやく気づいたのね!』


ラクシュの高笑いが響き渡った。


『ワタクシのエンジェルちゃんはね、戦えば戦うほど強くなるのよ! あなたの動きをどんどん学習して、どんどん上手になっていくんだから! すごいでしょう!』


「……なるほど」


シオンは小さく頷いた。


男が再び踏み込んでくる。


今度は右腕を振り下ろすと同時に、左足を僅かに前へ送った。


以前なら、そこで身体が前へ流れていた。


だが、今は重心が崩れない。


振り下ろした右腕を引き戻すより早く、左腕が次の攻撃へ繋がる。


確かに、上達していた。


シオンは黒刀で相手の爪を受けることなく、上体を僅かに捻って避ける。左足で地面を蹴り、男の側面へ回り込んだ。


追ってきた爪が、先ほどまでよりも速く背後を掠める。


それでも、まだ届かない。


最初に傷を負ったのは、相手の動きが予想より洗練されていたためだった。その変化を理解した今、シオンの目は再び男の攻撃を正確に捉えている。


だが、男はなおも変化を続けていた。


シオンが側面へ回り込めば、それを追うための足運びを覚える。攻撃を躱されれば、その次には振りを小さくする。


一度見せた動きへの対応が、少しずつ速くなっていく。


――このまま続けば。


やがては追いつかれるかもしれない。


こちらの攻撃は通じない。対する男は、時間が経つほど強くなっていく。


避け続けることはできるだろう。


だが、それでは何も解決しなかった。


「……どうしよう」


シオンは再び考え込んだ。


《獄天黒薔薇流》を試すべきか。


それとも、別の剣技を使うべきか。


しかし、どの技を思い浮かべても、先ほどまでの攻撃と何が違うのか、うまく答えが出てこない。


相手を斬る。


それが、自分のしてきたことだった。


強い相手なら、それ以上に鋭く斬る。速い相手なら、それよりも速く刀を振るう。


そして、どれほど強い相手であろうと、最後には必ず刃を届かせてきた。


ならば。


シオンは黒刀を見下ろした。


しばらく考える。


そして、静かに頷いた。


「……よし、斬ろう」


その瞬間。


結界の向こうから、一筋の光が飛んできた。


「……ん?」


光は緑色の壁を何事もなかったかのように通り抜け、一直線にシオンへ向かってくる。


避けるよりも早く、額の辺りへ飛び込んだ。


「……あ」


身体の奥へ、聞き覚えのある気配が入り込む。


そして、頭の内側から声が響いた。


『斬ろう、じゃないわよ!』


シオンの白い獣耳が、ぴんと立った。


「……エミリア様?」


返事の代わりに、深いため息が聞こえた。


『まったく、あなたまで……!』


シオンは少し不思議そうに首を傾げた。


一方、目の前の男は、そんな事情など知る由もなく、再び両腕の爪を構えていた。



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