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鍛煉の歌姫 ランカ ③  

エミリアの意識が入り込んだ瞬間、ランカの身体から漂う空気が変わった。


赤い瞳がすっと細まり、口元に不敵な笑みが浮かぶ。先ほどまで苦戦を強いられていた少女は、まるで別人のように堂々と背筋を伸ばした。


「少しは私のドールズらしく、美しくなったと思っていたのに……全然駄目じゃない」


『しかしの、エミリア様。武器が通じんのじゃ。儂が今まで作った武器のすべてが……』


ランカの声が頭の内側から響く。その言葉には、単なる焦りだけではない、長年積み重ねてきた技術を活かせないことへの悔しさが滲んでいた。


「悪なら悪らしく、前を見なさい!」


エミリアは鋭く言い放った。


「過去を後悔して進めなくなるのは、正義の味方だけで十分よ。ルミナの力が通じないなら、あなたには元からある、魂とも言えるものがあるでしょう?」


『……儂の、魂?』


「そうよ。あなたは何者なの?」


エミリアはランカの腰へ手を伸ばし、収納ポーチから一本の鍛冶鎚を取り出した。


華美な装飾などない、使い込まれた職人の道具。長年にわたり鉄を打ち続けてきたランカにとって、何よりも馴染み深いものだった。


『……っ、そうじゃ。儂は……』


「ようやく思い出したようね」


エミリアは満足そうに笑い、鍛冶鎚を高々と掲げた。


「行くわよ! ラクシュ・エレガント・ハンマー!」


ぶん、ぶん、と鎚を頭上で振り回す。その勢いのまま身体を軽やかに捻り、片目をぱちりと閉じた。そして空いた手の人差し指を革鎧の男へ向け、堂々と決めポーズを取る。


『何やっとるんじゃぁぁぁ!?』


ランカの絶叫が頭の中に響き渡った。


「何って、正式な手順でしょう? あなた、知っているはずよね?」


『知っとる! 知っとるが、なぜエミリア様がそんなものを!?』


「力を最大限に引き出すためよ。合理的でしょう?」


『合理的なら何をやっても許されると思うでないわぁぁ!!』


エミリアはその叫びを聞き流し、今度は顔の横へ手を持ち上げた。人差し指と中指を横に伸ばし、にこりと微笑む。


「ビューティフル・ファイアー!」


次の瞬間、凄まじい熱風が吹き荒れた。


本来は炉へ火を入れ、必要な場所へ必要なだけ熱を集めるための職人魔法。その力が、正式な手順によって大きく増幅されている。


だが、エミリアは炉を温めるつもりなど毛頭なかった。


放たれた炎は渦を巻き、周囲一帯を瞬く間に火の海へと変えた。灼熱の空気が結界を満たし、地面に転がっていた無数の武器が赤い光を反射する。


革鎧の男が、初めて明確に怯んだ。


「ふふっ、通じるじゃない」


しかし、男も黙ってはいなかった。


足元から緑色の光が立ち上り、次々と短剣へ変わっていく。男が腕を振ると、幾十もの刃が炎を切り裂きながら飛来した。


「そんなもの!」


エミリアはポーチからインゴットを取り出し、《転生鍛冶録》を発動させる。


かつてランカが打った剣や槍が虚空へ顕現し、迫る短剣へ一斉にぶつかった。激しい金属音が連続し、弾かれた武器が地面へ落ちていく。


それでもエミリアは構わず、次々と別の武器を呼び出した。


そして、不意にその口から歌が零れ始める。


「火を入れたら、鉄を打て――♪ 鉄を打ったら、水かけろ――♪」


『……な、何を歌い始めたんじゃ!?』


「あなたの歌でしょう? いい歌じゃない」


エミリアは楽しそうに鍛冶鎚を振るい、迫る短剣を弾きながら前へ出た。金色のツインテールが踊り、黒いフリルが熱風に揺れる。


「上ってきたわ!」


『儂は恥ずかしくてたまらんのじゃが!?』


エミリアは愉快そうに笑った。


「悪の教示のレッスンよ。恥ずかしがらずに、しっかり見なさい!」


『見ろと言われてものう……儂の身体なんじゃが……!』


「だからこそよ」


エミリアは鎚を持ち直すと、その頭へそっと唇を寄せた。


ちゅっ。


『だぁぁぁ! それまでやるんかぁぁぁ!!』


「ゴージャス・ハンマー!」


エミリアが地を蹴った。


小柄な身体が一気に加速し、革鎧の男との距離を詰める。鍛冶鎚を大きく振りかぶり、頭上から渾身の一撃を叩き下ろした。


男は素早く身を翻し、直撃を避ける。


だが、鎚が打ち込まれたのは大地だった。


轟音。


鎚が地面に転がっていた無数の武具ごと、大地を叩きつけた。地面が大きく陥没し、散らばっていた剣や槍が激しく跳ねる。そこへラクシュの祝福を帯びた衝撃が走り、緑色の光が噴き上がった。


男の身体が衝撃に跳ね上げられる。


「ほら、通じるじゃない」


エミリアはさらに武器を顕現させた。


長剣、槍、斧、戦鎚。次々と現れる作品が、空中を舞いながら革鎧の男へ殺到する。


男はそれらを避けようともしなかった。


ルミナの力を帯びた武器は、男の短剣に触れれば効力を失い、その身体へ届いても傷一つつけられない。


だが、降り注ぐ武器が視界を塞いだ。


「そう、いい子ね。そのまま動かないでちょうだい」


エミリアの口元が上がる。


再び顔の横で横ピース。


「ビューティフル・ファイアー!」


炎が奔った。


無数の武器に視界を遮られていた男は、反応が遅れた。赤々と燃え盛る炎が真正面から襲いかかり、その身体を呑み込む。


そして、その炎の中から一つの影が飛び出した。


ランカの身体。両手には、使い慣れた鍛冶鎚。


男が気づいた時には、もう遅い。


横薙ぎの一撃が、革鎧の胴を捉えた。


重い打撃音が響き、男の身体が大きく吹き飛ぶ。地面を滑り、数度跳ねてから、ようやく止まった。


エミリアは鍛冶鎚を肩へ担ぎ、炎の向こうを見つめる。


「そういえば……ドワーフって、火に強いらしいわね」


にやり、と。


ランカの顔に、悪の女王そのものの笑みが浮かんだ。


『ちょっとぉぉ!!』


結界の中に、甲高い声が響き渡った。


ラクシュだった。


『偉そうなこと言ってるけど、それワタクシの力じゃない! 卑怯よ!』


エミリアは一瞬だけ目を丸くした。そして、実に嬉しそうに笑った。


「さいっこうの褒め言葉ね」


『キーーッ! それに! さっき前を見なさいとか偉そうに言ってたけど、思いっきり過去のワタクシの力に頼ってるじゃない! へへーん!』


ラクシュの声には、すっかり勝ち誇った響きがあった。


だが、エミリアは少しも動じない。むしろ、その笑みをいっそう深めた。


「ふふっ……レッスンはこれからよ?」


再び、鍛冶歌が響き始めた。


◇ ◇ ◇


エミリアは変わらず、インゴットから武器を顕現させ続けた。


剣を飛ばし、槍を走らせ、斧を叩きつける。男がそれらを無効化すれば、今度は顔の横で横ピースを作る。


「ビューティフル・ファイアー!」


炎が大地を走り、周囲へ熱を撒き散らした。


続けて鍛冶鎚を振り上げる。


「ゴージャス・ハンマー!」


轟音とともに大地が砕け、緑色の光が噴き上がる。転がっていた武具も地面ごと打ち据えられ、熱を帯びた土砂の中へ埋もれていった。


武器の雨。炎。鎚の一撃。


その繰り返しだった。


最初こそ優勢に見えた。男は武器に視界を奪われ、炎に追い立てられ、鎚が引き起こす衝撃をまともに受けていた。


しかし、次第に様子が変わり始める。


男が、武器を避けなくなった。


顕現した武器が身体へ触れても無害だと理解したのだ。飛来する剣や槍を無視し、必要なものだけを腕で払い除ける。


次に炎への対応が変わった。


「ビューティフル・ファイアー!」


エミリアが放った炎に対し、男は僅かに身体を捻るだけで直撃を避けた。避けきれない熱風も、被害を最小限に抑えられる場所へ素早く移動する。


そして何より、男の青い瞳がランカの姿から離れなくなった。


無数の武器が飛び交おうと、炎が視界を覆おうと、その奥にいる少女の動きを見失わない。


「ゴージャス・ハンマー!」


エミリアが再び鎚を振り下ろした。


だが、男は既に動いていた。攻撃が届く範囲から、余裕を持って離脱する。


轟音。


鎚が大地を打ち、緑色の衝撃が噴き上がる。しかし、そこに男の姿はなかった。


「……へえ」


エミリアが小さく感心したように呟く。


『あーっはっはっは!』


結界の中に、ラクシュの高笑いが響き渡った。


『そんなワンパターンが通じるわけないじゃない! ワタクシのエンジェルちゃんは、戦えば戦うほど学習して、どんどん強くなるのよ!』


実際、その言葉に偽りはなかった。


男は最初の頃とは比べものにならないほど、洗練された動きを見せていた。無意味な攻撃には反応しない。危険な攻撃は最小限の動作で避ける。そしてエミリアが鎚を振り上げた瞬間には、既にその攻撃範囲を予測している。


「なるほどね。なかなか優秀じゃない」


『ふふん! 今頃気づいたって遅いんだから!』


エミリアは気にした様子もなく、再び鎚を振り下ろした。


またしても空振り。


そのまま大地へ叩きつけられた鎚が、周囲へ熱と衝撃を撒き散らす。赤熱した武具が土砂とともに跳ね上がり、再び地面へ転がった。


『……エミリア様』


ランカが、少し遠慮がちに声をかけた。


『このままでは、さすがに厳しいんではないかの?』


「そうかしら?」


『さっきから、ほとんど当たっとらんぞ? それに、もう十分ではないかの。儂の身体で、あんな恥ずかしい真似までせんでも……』


「まったく、恥ずかしがってないで集中しなさい!」


『そ、そう言われてものう……』


「悪の教示のレッスンだと言ったでしょう? 最後までしっかり見ていなさい」


『うう……こんな姿、ミンメイには絶対に見せられんわい……』


「聞いているの?」


『き、聞いとるわい!』


エミリアは呆れたようにため息をつき、再び鍛冶鎚を構えた。


一方、革鎧の男は静かに両腕を広げていた。


足元から、幾筋もの緑色の光が立ち上る。


十本、二十本、五十本。


なおも増えていく。


やがて男の周囲には、数え切れないほどの短剣が浮かんでいた。


これまでの小規模な投擲とは違う。逃げ場をなくすほどの刃を一斉に浴びせ、勝負を決めるつもりなのだろう。


『そうよ! やっちゃいなさい! もうそんなワンパターンじゃ通じないんだから!』


ラクシュの声が弾んだ。


男の両腕がゆっくりと持ち上がり、無数の短剣がランカへ切っ先を向ける。


だが、エミリアは少しも慌てなかった。


「……何を言っているのかしら」


鍛冶鎚を静かに下ろす。


「ランカは鍛冶師よ?」


『……エミリア様?』


「歌って、鎚を打てば、命が生まれるの……」


エミリアは足元へ視線を落とした。


何度も炎を浴びせられた大地は赤熱し、熱気を放っている。地面には、先ほどから男に無効化され続けた武器が無数に転がっていた。


剣、槍、斧、戦鎚。鎌や鍬までも。


どれもランカがかつて打った作品だった。


エミリアはその光景を満足そうに見渡した。


「さあ――ここからが私の時間よ」


鍛冶鎚を胸元へ引き寄せる。そして、その場でくるりと一回転した。


黒いフリルが大きく広がり、金色のツインテールが宙を舞う。


「クール・ビューティー!」


身体を回し終えたエミリアは、指先を唇へ当てた。


ちゅっ。


そのまま大地へ向けて、投げキッス。


『だぁぁぁ!! 最後までやるんかぁぁぁ!!』


ランカの絶叫が響く。


しかし、その直後だった。


赤熱していた大地から、急速に熱が奪われ始めた。


じゅううううっ――!


白い蒸気が一斉に立ち昇る。


灼熱だった地面が冷え、転がっていた武器からも赤い輝きが失われていく。


まるで、炉から取り出した鋼を、一斉に焼き入れしているかのような光景だった。


『ふ、ふん! 何よそれ!』


ラクシュが鼻を鳴らす。


『ただ冷やしただけじゃない! そんなコケ威しでワタクシ様のエンジェルちゃんが止まると思ってるの? やってしまいなさい!』


男が両腕を振り下ろそうとした。


周囲へ浮かんでいた短剣が、一斉に動き始める。


その瞬間。


ザシュッ!


男の身体が、不自然に跳ねた。


足元から一本の剣が突き上がり、その太腿を貫いていた。


さらに、地面に転がっていた槍と斧が、まるで生き物のように跳ね上がる。


男は反射的に後方へ退いた。


だが、退いた先でも武器が動いた。地面へ転がっていた長剣が浮かび上がり、男の肩口を切り裂く。


『……え?』


ラクシュの間の抜けた声が響いた。


『な、何よ!? どうして!? その武器はもう動かせないはずでしょ!?』


「ふふっ」


エミリアは満足そうに笑った。


「私がやっていたのは――鍛冶よ」


鎚を軽く持ち上げる。


「炎で熱し、鎚で打ち、最後に冷やす。貴方が大好きな、職人のお仕事でしょう?」


『……は?』


「大地に落ちていた作品を、ちょっと手直ししてあげたの。もちろん、貴方のご自慢の祝福を使ってね」


エミリアの周囲で、無数の武器がゆっくりと浮かび上がる。


その刃には、先ほどまでなかった淡い緑色の光が宿っていた。


元はルミナの力で顕現させた、ランカの過去の作品。男の短剣に触れて力を失い、地面へ打ち捨てられていたもの。


それらが今、ラクシュの祝福によって新たな力を帯びていた。


『なっ……そんな……!』


「貴方が自慢していたでしょう? ワタクシ様の高貴な加護がなければ通じないって」


エミリアは楽しそうに首を傾げた。


「だから、貴方の力を使わせてもらったのよ。何か問題でも?」


『問題だらけよ! そんな使い方、ワタクシは認めて――!』


「それに、面白いわね」


ラクシュの抗議など聞こえなかったかのように、エミリアは続けた。


「これは転生じゃなくて、再生よ? 大地と豊穣を司る、貴方の得意分野でしょう?」


『そ、それはそうだけど……!』


「ふふっ。自分の力で、自分のエンジェルちゃんを倒されるなんて、素敵じゃない?」


『ぜんっぜん素敵じゃないわよぉぉ!!』


エミリアはくすくすと笑い、男へ視線を戻した。


「さあ、貴方の力よ。たらふくお食べなさい」


指先が、すっと動く。


次の瞬間、大地に散らばっていた無数の武具が、一斉に浮かび上がった。


長剣、槍、斧、戦鎚、鎌、鍬。


ランカが長い年月をかけて打ち上げてきた作品の数々が、淡い緑色の光を纏い、男を取り囲む。


男は反射的に短剣を構えた。


だが、今度は違った。


飛来する剣を受け止めた瞬間、その腕へ鋭い衝撃が走る。甲高い金属音とともに、続く槍が肩を掠めた。


男は慌てて後方へ跳ぶ。


しかし、武器の群れはそれを許さなかった。


一本を弾いても、次が来る。二本を避けても、三本目が襲いかかる。


地面へ落としても、再び浮かび上がる。


先ほどまで男自身が短剣で行っていたことを、今度はランカの作品が繰り返していた。


男の学習能力が、必死に対応を探す。


だが、飛来する武器の形状も、重さも、軌道も、それぞれが違う。剣を防いだ腕へ戦鎚が叩き込まれ、避けた先へ槍が突き出される。足元を鎌が薙ぎ、背後から斧が襲いかかった。


男はたまらず大地から短剣を生み出す。


しかし、生み出した端から弾き落とされ、無数の武具に押し込まれていった。


『ちょ、ちょっと! 何やってるのよ! ワタクシのエンジェルちゃんでしょう!?』


ラクシュの焦った声が響き渡る。


エミリアはそんな声など気にせず、鍛冶鎚を肩へ担いだ。


「まったく、ランカ」


『……なんじゃ?』


「恥ずかしがってないで、ちゃんと見ておきなさいよ」


エミリアは楽しそうに笑った。


「悪はね、どんなときでも笑うのよ。貴方が鉄を打っている時のようにね!」


『……儂が、鉄を打っている時?』


その言葉に、ランカはふと気づいた。


エミリアは、自分の身体へ憑依してからずっと笑っていた。


ラクシュの正式なポーズを披露する時も、鍛冶歌を歌う時も、炎を放ち、大地へ鎚を振り下ろす時も。


男の攻撃を受けても、打ち下ろした鎚が空を切っても、その笑顔が曇ることはなかった。


最初はいつもの悪の女王らしい、余裕と自信に満ちた笑みだと思っていた。


だが、違う。


エミリアは、この一連の行為を心から楽しんでいたのだ。


不意に、遠い昔の記憶が蘇った。


――私はあなたが好きな仕事をしている時の笑顔が一番好きなんだよ。


今は亡き妻の声だった。


鉄を打つ自分を、いつも嬉しそうに見つめていた妻。工房に響く鎚の音を聞きながら、何度もそんなことを言ってくれた。


そして、エミリアと出会った時にも。


好きなことを、笑ってやればいい。


今の自分は、その言葉に救われてここにいる。


ランカは、静かに意識を集中させた。


恥ずかしさも戸惑いも、いったん脇へ置く。


今、自分と重なっているエミリアの魂。その奥へ、そっと自身の魂を重ねていく。


すると、伝わってきた。


エミリアの胸に満ちている感情。


それは、勝利への執着でも、敵を打ち倒すことへの高揚でもなかった。


自分の発想が形となり、思い描いた以上に美しいものが生まれる。その瞬間を心待ちにする、弾むような喜びだった。


『……エミリア様は、そんなに楽しいのかの?』


「当然でしょう? 元はあなたの知識よ。それを使って、こんなに美しいものを作り出せるなんて……最高じゃない!」


エミリアは心から楽しそうに笑った。


そう。この女王は、鍛冶そのものに夢中になっていたわけではない。


自分の発想によって新たな美しさが生まれることを、心の底から楽しんでいたのだ。


その喜びが、重ねた魂を通じてランカにも伝わってくる。


楽しみ方は少し違う。


けれど、新しいものを生み出す喜びは、ランカにとっても何より大切なものだった。


『……ははっ!』


ランカの笑い声が、魂の奥から響いた。


『こんなに楽しい鍛冶は初めてじゃ!』


「ふふっ。ようやく分かったようね」


エミリアの口元が、さらに楽しげに吊り上がった。


彼女は再び鍛冶歌を口ずさみ始める。


その歌に合わせるように、無数の武具が宙を舞った。


剣が走り、槍が踊り、戦鎚が重い音を刻む。


それは単なる武器の乱舞ではなかった。


百年以上にわたり、ランカが打ち上げてきた作品の数々。人のために打った剣もあれば、農夫のために作った鍬もある。貴族へ献上した美しい武器も、無骨な工具も、すべてが一つの歌に合わせて動いていた。


その一つひとつを、淡い緑色の光が包み込んでいる。


大地の祝福を宿すその光は、新たな芽吹きを思わせる、命の輝きだった。


一度は力を失い、大地に打ち捨てられた作品たちが、再び命を与えられ、鍛冶歌に合わせて舞い踊る。


『……きれい……』


ラクシュの唇から、小さな呟きが零れた。


その声は結界に響くこともなく、誰にも届かないまま消えていった。


「ふふっ、美しいじゃない」


エミリアは満足そうに微笑んだ。


「そうね……名付けるなら」


赤い瞳を細め、不敵に笑う。


「――《ランカ・エターナルロンド》、かしら?」


鍛冶歌が、最後の一節を迎えた。


それに応えるように、無数の武具が男へ殺到する。


剣が肩を貫き、槍が脇腹へ突き刺さる。戦鎚が革鎧を砕き、斧が逃げようとする足を止めた。


男は短剣を生み出して応戦するが、次々と襲いかかる武具の前では、もはや焼け石に水だった。


一本を防げば、背後から二本。


三本を弾けば、頭上からさらに五本。


男の優れた学習能力は、なおも最適な対応を探し続けていた。


だが、その対応が追いつくよりも速く、異なる形の武具が次々と襲いかかる。


やがて男の身体は、無数の刃を突き立てられたまま動かなくなった。


まるで、巨大なハリネズミのようだった。


『な……なんでよぉぉぉ!?』


結界にラクシュの悲鳴が響き渡る。


エミリアはそれを聞きながら、満足そうに頷いた。


「さすがランカの打った作品ね。私が打ち直しても美しいわ。そうでしょう?」


無数の武具に貫かれた男を眺めながら、実に楽しそうに笑う。


ランカはしばらく、その光景を見つめていた。


そして、呆れたように小さく笑った。


『……まったく、惚れ直したわい』


「当然でしょう?」


エミリアは満足そうに微笑んだ。


だが、次の瞬間には少しだけ眉を寄せる。


「それはそれとして、ランカ。あなたは落第ね」


『……ぬ?』


「せっかく私と精神が繋がっていたのに、恥ずかしがってばかりで、私の考えの表面しか見ていなかったでしょう?」


『うっ……』


「私が何を仕込んでいたのか、まるで気づかなかったなんて。何のためのレッスンだったのかしら」


『そ、それは……あんな恥ずかしい姿を見せられたら、ほかのことなど考えられんじゃろう!?』


「言い訳は結構よ。帰ったら再指導が必要ね」


『な、なんじゃとぉ!?』


「悪の女王の考えを読み取る機会を無駄にするなんて、まだまだ修行が足りないわ」


『ま、待ってくれんか! 最後はちゃんと分かったじゃろう!?』


「最後だけ、ね。しかも、私が何を楽しんでいたかを理解しただけでしょう?」


『ぐぬぬ……』


エミリアは実に楽しそうに笑った。


そして、ふと結界の向こうへ視線を向ける。


「さて……次はあの娘かしら」


その言葉とともに、ランカの身体が淡い光を帯びた。


身体の奥から、温かな何かが静かに離れていく。


エミリア――蓮の魂が、ルミナの神力に導かれ、結界の向こうへと消えていった。


身体の主導権が戻る。


ランカはしばらく、その光が消えた先を見つめていた。


「……忙しい女王様じゃな」


小さく笑って、足元へ視線を落とす。


そこには、先ほどまで動かすことさえできなかった武具があった。


かつて自分が打ち上げた作品。それをエミリアが手直しし、再び命を吹き込んだもの。


ランカは一本の剣を手に取り、刃に残る淡い緑色の光を見つめた。


百年以上、鉄を打ち続けてきた。


数え切れないほどの武器を作り、数え切れないほどの失敗を重ね、それでも飽きることなく鎚を振るってきた。


もう知らないことなど、そう多くはないと思っていた。


だが、違った。


自分が生み出した作品にさえ、まだ思いもよらない可能性が眠っている。


そして、それを見つけることが、こんなにも楽しい。


「……じゃが、また教えてもらったのう」


ランカは嬉しそうに笑った。



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