鍛煉の歌姫 ランカ ②
ブーサの首を左手に提げたまま、ランカは戦場を進んでいた。
右手を振るうたび、虚空から剣や槍が顕現する。過去に自ら打った武器。その記憶を《転生鍛冶録》によって呼び戻し、迫る兵士達へ次々と射出していく。
長剣が盾を弾き飛ばし、槍が足元を薙ぐ。別方向から迫った兵士には短剣を走らせ、体勢を崩したところへ次の武器を叩き込む。
「まだ来るか。元気じゃのう」
呆れたように呟きながらも、ランカの足取りは止まらない。
その時だった。
足元から、淡い緑色の光が立ち昇る。
「……ぬ?」
一本、二本。
光はランカを囲むように次々と増え、瞬く間に巨大な壁となって戦場を遮断した。
ランカは反射的に身構える。
周囲の兵士達が消えたわけではない。だが、声も、剣戟も、何も聞こえなくなった。
外から見れば、それほど広い範囲を囲まれたわけではなかったはずだ。しかし内部は明らかに広い。戦うためだけに用意された空間のように、見渡せるほどの距離が続いている。
「この力は……ラクシュ様の結界じゃな」
ランカは眉を寄せた。
そこでようやく、左手に提げたままだったブーサの首へ視線を落とす。
「……ここからは邪魔じゃな」
無造作に放る。
首が地面を転がり、止まった。
両手を空けたランカは、改めて正面を見る。
そこには、一人の男が立っていた。
金色の髪。青い瞳。整いすぎた容貌。
身体を覆うのは動きを妨げない軽装の鎧で、革鎧を思わせる作りながら、緑や金の装飾が随所に施されている。華美ではあるが、余計な重さはない。
その両手には、一本ずつ短剣。
男は何も言わず、静かにランカへ切っ先を向けた。
「どうやら、お前さんと戦わんことには出られんようじゃな」
その時、結界のどこからともなく、聞き覚えのある声が響き渡った。
『何かワタクシの力を感じたと思ったら、バランじゃない!』
ランカの眉がぴくりと動く。
『ワタクシ様を裏切るなんて……許さないんだから! そのダサくてルミナの加護がついた武器なんて効かないわよ! ワタクシ様にふさわしい、高貴な加護のある武器じゃなきゃ駄目なんだから!』
「……相変わらずじゃのう」
ランカはため息を吐いた。
だが、少しだけ口元を緩める。
「ラクシュ様が喜んでくれた武器もあるんじゃがの」
片手を掲げる。
虚空に光が走り、数点の武器が顕現した。
装飾は少ない。だが、どれも無駄がなく、鍛冶師として長い年月を積み重ねてきたランカらしい、洗練された品だった。
「なら、これはどうじゃ!」
腕を振り下ろす。
武器が一斉に射出された。
剣。短槍。細身の投擲刃。
一直線に男へ殺到する。
だが、相手も動いた。
足元の大地から、幾筋もの緑色の光が立ち上る。それらは瞬く間に輪郭を持ち、短剣へ変わった。
男は両手の短剣を投げる。
さらに地面から新たな光が伸びる。
掴む。投げる。また生まれる。
短剣は尽きない。
空中で刃と刃が衝突し、甲高い金属音が立て続けに響いた。
ランカの武器が弾かれ、地面へ落ちる。
「まだじゃよ!」
ランカが指を動かした。
落ちた武器を再び浮かせようとする。
だが。
「……ぬ?」
動かない。
いつもなら意思一つで舞い上がるはずの武器が、地面に転がったまま微動だにしない。
ランカはもう一度操作を試みた。
反応はない。
「触れられた時か……?」
考えている暇はなかった。
大地から再び緑の光が立ち上り、次々と短剣へ変わっていく。
男が腕を振るった。
刃の雨。
「ちぃっ、鬱陶しいのう!」
ランカは新たな武器を顕現させて迎撃する。
何本かは落とせる。だが、触れられた武器はそのまま地面へ落ち、二度と動かない。
対する男の短剣は、いくら投げても大地から補充される。
数の差が広がっていく。
「なら――これじゃ!」
ランカはポーチから小さな鉄のインゴットを取り出し、両手を大きく振った。
次の瞬間。
目の前に、巨大な鉄の塊が現れた。
いや。
正確には、金庫だった。
人ひとりが完全に隠れられるほど巨大で、異常なまでに分厚い外殻を持つ。
ランカはその陰へ飛び込んだ。
直後、無数の短剣が金庫へ殺到する。
ガガガガガガガッ――!
激しい金属音が連続し、刃が表面へ突き立つ。
だが、貫けない。
ほとんど鉄の塊と言っていい代物だった。
ランカは金庫の陰で一息つき、懐かしそうにその表面を叩く。
「昔、絶対に壊れん金庫を作れと言う変な客がおってのう」
外見だけなら立派な大型金庫。しかし、その内側にある収納空間は拳一つ分ほどしかない。
防御力だけを突き詰めた結果、金庫としての使い勝手をほぼ捨て去った代物である。
「変な依頼でも、真面目にやっておくもんじゃな」
その間にも短剣が打ち込まれ続けている。
攻撃には使えなくとも、遮蔽物にはなる。
ランカは金庫の陰から戦況を窺った。
男が左右へ動く。
回り込むつもりだ。
「いつまでも隠れとるわけにもいかんか」
ランカは金庫の反対側から飛び出した。
掌へ小さなミスリル片を取り出す。
記憶を辿る。
かつてオルグレンが使っていた、大地属性を宿すウォーハンマー。
形。重さ。構造。込められていた力。
それらを思い出し、顕現させる。
重量のある鎚を両手で握り込み、ランカは大きく踏み込んだ。
「これならどうじゃ!」
振り下ろす。
男は回避する。
ウォーハンマーが大地へ叩きつけられた。
轟音。
地面が砕け、無数の石礫が爆発するように飛び散る。
大地属性の力を乗せた破片が男へ殺到した。
しかし、緑色の光が一瞬だけ揺らめく。
石礫は身体へ触れた途端、力を失ったように弾かれた。
「……これも駄目か!」
ならば直接。
ランカはウォーハンマーを引き戻し、その勢いのまま横薙ぎに振るう。
男の脇腹を捉えた。
確かな手応え。
――のはずだった。
男は僅かに身体を揺らしただけで、その場に立っている。
『無駄よ!』
ラクシュの得意げな声が響いた。
『それだってルミナの加護が入ってるでしょ? ワタクシ様の高貴な加護じゃなきゃ駄目なのよ!』
「面倒なものを作りおって……!」
ランカは歯噛みする。
男の足元から再び光が立ち上った。
一本、二本、五本、十本。
光はすべて短剣へ変わる。
投擲。
ランカはウォーハンマーを振り回し、飛来する刃を弾いた。
右。左。背後。足元。
弾ききれなかった一本が肩を掠める。
続いて男自身が踏み込み、両手の短剣を振るった。
ランカは鎚の柄で受ける。
斬撃。刺突。
間合いを取れば投擲。
再び詰めれば、別方向から大地の光が短剣へ変わる。
少しずつ。
確実に。
追い詰められていく。
「……厄介じゃのう」
顕現した武器は通じない。触れられれば操作すらできなくなる。そこから生み出した大地の力まで効果がない。
ウォーハンマーそのものを叩き込んでも駄目。
それでも相手の短剣だけは、際限なく増えていく。
ランカは周囲へ視線を走らせた。
地面には、先ほどから顕現させた武具が無数に転がっている。どれも自ら手掛けた、構造も特性も知り尽くした作品だった。
「……何を呼び出しても、同じというわけか」
武器を替えても、材質を替えても、結果は変わらない。
《転生鍛冶録》で顕現させる以上、どれほど優れた武器であろうと、この男には通じないのだ。
ランカはウォーハンマーを握り直した。
武器のことなら、誰にも負けぬ自負がある。だが、どんな名剣も、相手へ届かなければ意味がない。
「まったく、難儀な相手じゃわい……」
ランカは一度大きく鎚を振り、男を牽制した。
その瞬間。
結界の向こうから、一筋の光が飛んできた。
「ぬ?」
緑色の壁を、光は何事もなかったかのように通り抜ける。
一直線に、ランカへ。
「なんじゃ!?」
避ける間もない。
淡い光は、そのままランカの胸へ吸い込まれた。
身体の奥へ、別の気配が入り込む。
驚くより先に、ランカはその存在に気づいた。
「……エミリア様?」
返事の代わりに、頭の内側から聞き慣れた声が響く。
『まったく――』
そして、ランカの身体の主導権が、静かに切り替わり始めた。
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