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15/25

診療所の天使 挿絵有

制服回をつけ忘れていたので改稿しました

2026/06/23

数日後。


リンは自室で教導書の執筆を続けていた。


手洗い。

消毒。

傷の治療。

感染症予防。


この世界の治療師達が学ぶための基礎知識をまとめていく。


そんな時だった。


勢いよく扉が開く。


「リン!」


聞き慣れた声だった。


顔を上げる。


そこには満面の笑みを浮かべたエミリアが立っていた。


「出来たわ!」


「出来た?」


「あなたの制服よ!」


そう言って取り出したのは。


白と黒を基調とした衣装だった。


短いスカート。


ナース服を思わせる意匠。


薔薇を模した装飾。


そして妙に高級感がある。


「制服……ですか?」


「そうよ」


エミリアは胸を張った。


「ドールズ専用装備第一号」


「クロエの力作よ」


嫌な予感がした。


「まず」


エミリアは指を立てる。


「収納ポーチ付き」


「収納ポーチ?」


「バッグ一つくらいなら入るらしいわ」


「え?」


「なんか魔力を馬鹿食いするらしいけど」


「ドールズなら誤差ですって」


さらっと恐ろしいことを言う。


「それから」


「簡単な攻撃なら防ぐそうよ」


「汚れても魔力を通せば自動洗浄」


「無針注射器も試作品があるらしいわ」


「医療用としては便利そうですね」


「でしょう?」


エミリアは満足そうだった。


そして。


「ちなみに」


一度言葉を区切る。


「一般人が着ると数秒で倒れるらしいわ」


「何故そんな仕様なんですか……」


「クロエだからじゃないかしら」


それで納得出来てしまうのが怖かった。



「さあ着てみなさい」


リンは言われるまま着替える。


数分後。


鏡の前に立った。


そして固まった。


「…………」


可愛い。


どう見ても可愛い。


だが。


問題はそこではない。


「短い……」


スカートが短い。


脚も出ている。


胸元も以前の服より目立つ。


どう考えても恥ずかしかった。


「どう?」


エミリアが期待に満ちた目で尋ねる。


リンは顔を赤くする。


「可愛いとは思います」


「でしょう!」


「でも」


リンは視線を逸らした。


「やっぱり少し恥ずかしいです……」


顔がさらに赤くなる。


「そう?」


「はい」


小さく頷く。


「まだ慣れなくて……」


自分が女の子になったことも。


こういう服を着ることも。


全部。


まだ不思議だった。


エミリアは腕を組む。


そして満足そうに頷いた。


「うん」


「似合っているわ」


「ありがとうございます」


「私の配下だもの」


「それくらい美しくないと困るのよ」


いつも通りだった。


欲しいものは欲しいと言う。


必要なものは必要だと言う。


裏表がない。


リンは少しだけ笑った。


恥ずかしい。


正直かなり恥ずかしい。


けれど。


(エミリア様が喜んでくれるなら)


少しくらい頑張ろうと思った。


その時だった。


「その代わり」


エミリアがニヤリと笑う。


リンの背筋に嫌な予感が走った。


「数日見ていたけれど」


「まだ所作が少し男の子っぽいのよね」


リンの肩が震える。


「えっ」


「という訳で」


エミリアは楽しそうに宣言した。


「これからレッスンよ」


「えぇぇぇっ!?」


こうして。


王国初の治療師であり。


後に慈愛の象徴と呼ばれる少女の。


受難の日々が始まったのである。



それからしばらく後


リンがローゼンバーグ王都の診療所に勤めるようになってから、しばらくが経った。


最初、治療師達は戸惑っていた。


当然である。


現れたのは、どう見ても年若い少女だった。


白銀の髪。


細い身体。


前髪の隙間から覗く、澄んだ青い瞳。


外見だけで言えば、治療師というより、患者として寝台に座っている方が似合うように見えた。


だが。


その評価は、すぐに変わった。


リンの知識は圧倒的だった。


傷の洗い方。


布の煮沸。


手指の清潔。


膿んだ傷の扱い。


熱のある患者への対応。


薬草の種類。


薬と毒の違い。


そして、病が広がらないようにするための考え方。


リンが作った治療師用の指南書は、驚くほど分かりやすかった。


専門的な知識を、誰にでも読める言葉へ落とし込んでいる。


治療師達は最初こそ半信半疑だったが、実際に使えば使うほど、その正しさを認めざるを得なくなった。


患者達からの評判も良かった。


リンは丁寧だった。


声は柔らかく、手つきも優しい。


患者が何を怖がっているのか。


何を隠しているのか。


どこが痛むのか。


まるで心を読んでいるかのように、滑らかに診察を進めていく。


「リン先生はすごいなぁ」


「何も言わなくても分かってくれるんだよ」


「前髪の間から見える目が、また綺麗でな」


「分かる。可愛いよなぁ」


そんな噂が、診療所の中でも外でも聞かれるようになった。


リン本人は、そう言われるたびに少し困ったように笑う。


「先生なんて、そんな……」


そうして恥ずかしそうに目を伏せる姿は、確かに可憐だった。


少なくとも。


エミリアの名が傷つけられるまでは。



その日、リンは治療師達へ薬草の講義をしていた。


机の上には、数種類の薬草が並べられている。


乾燥させたもの。


生のままのもの。


煎じたもの。


葉だけを切り取ったもの。


リンは一つを手に取り、説明する。


「この薬草は、化膿止めの効能があります」


治療師達は真剣に頷いた。


「ただし、よく似た葉の形をした別の草があります。こちらは触れただけでも皮膚がかぶれることがあるので、間違えないようにしてください」


「見分け方は?」


「葉の縁を見てください。こちらは細かく波打っていますが、こちらは少し丸みがあります。それから、茎の匂いも違います」


リンの説明は分かりやすかった。


実物を並べ、違いを見せ、用途を伝え、危険性まで説明する。


治療師達は感心していた。


その後。


少し休憩に入った時だった。


部屋の隅で、若い治療師達が雑談していた。


「リンさんの話、本当に分かりやすいな」


「ああ。あれだけ知識があって、患者への対応も丁寧だ」


「それに比べると、エミリア様は何を考えているのか分からないよな」


リンの手が、ぴたりと止まった。


「悪の女王だなんて名乗っているし」


「人を助けようとしている感じでもないしな」


「実際、全部自分のためって言ってるし」


その瞬間。


リンは、にこりと笑った。


「すみません」


穏やかな声だった。


治療師達が振り返る。


リンは先ほどの薬草を手に、ゆっくり近づいた。


「少し、実演を手伝っていただいてもいいですか?」


「え? あ、はい」


噂をしていた治療師の一人が、何も考えずに腕を出す。


リンは微笑んだまま、その手首に薬草の葉を巻きつけた。


「この薬草ですが」


声は優しい。


とても優しい。


「間違えて使うと、皮膚がかぶれてしまいます」


リンは、葉を軽くこすりつけた。


「このように」


数呼吸の後。


治療師の手首が、みるみる赤くなっていく。


「うわっ!?」


「か、痒い! 痒いです!」


「はい」


リンは頷いた。


「こうなります」


にこり。


「ですから、間違えないようにしてくださいね」


その笑顔は可愛らしかった。


白銀の髪。


柔らかな声。


丁寧な仕草。


だが。


前髪の隙間から覗く青い瞳は。


まったく笑っていなかった。


「リ、リンさん……?」


「大丈夫です。すぐ治します」


リンはすぐに別の薬を塗り、かぶれを落ち着かせた。


手際は完璧だった。


痛みも痒みも、ほどなく引いた。


だが、実演を受けた治療師の顔色は戻らなかった。


リンは、いつもの柔らかな笑みを浮かべる。


「それと」


治療師達が背筋を伸ばす。


「エミリア様は、確かに少し変わった方です」


少し。


その言葉に、数人が内心で首を傾げたが、誰も口には出さなかった。


「ですが、あの方が何も考えていないと思うのは間違いです」


リンは薬草を丁寧に机へ戻す。


「少なくとも」


そして、静かに言った。


「何も知らずに人を傷つける人よりは、ずっと多くのものを見ています」


誰も、何も言えなかった。



数日後。


王都の建設現場で事故が起きた。


街道整備に使う資材を運んでいた男が、足場から落ちたのだ。


骨は折れ、傷は深く、出血もあった。


男は診療所へ運び込まれた。


「すぐ処置します」


リンは迷わず動いた。


布を用意させる。


湯を沸かさせる。


器具を清潔にさせる。


必要な薬を並べる。


治療師達も、今ではリンの指示に迷わず従う。


男は痛みに顔を歪めながら、荒い息を吐いた。


「くそ……」


「大丈夫です。助かります」


リンは優しく声をかける。


だが、男は苛立っていた。


痛みと恐怖と怒りが、ぐちゃぐちゃになっていた。


「何が大丈夫だ……!」


男は呻く。


「こんな無茶な工事をさせるからだろうが……!」


リンの手が止まる。


男は続けた。


「全部、あのエミリアとかいう王女のせいじゃねぇか……!」


診療所の空気が凍った。


治療師達の顔色が変わる。


誰かが、あ、と小さく声を漏らした。


リンは、ゆっくりと男を見る。


前髪の奥。


青い瞳が、静かに男を映していた。


「痛みが強いようですね」


リンは優しく言った。


「身体の力が抜ける薬を使います」


「な、何だそれ……?」


「治療しやすくするための薬です」


リンは微笑む。


「痛みは和らぎます。暴れる心配もなくなります」


「お、おう……」


男は、その笑顔に少しだけ安心した。


薬が使われる。


男の身体から余計な力が抜けていく。


痛みは遠のいた。


確かに遠のいた。


だが。


意識は、妙にはっきりしていた。


「では、治療を始めますね」


リンの声は穏やかだった。


ひどく穏やかだった。


男は気づいた。


身体が動かない。


声も出しにくい。


だが、意識だけはある。


「本来なら、私の力で塞ぐこともできます」


リンは淡々と言った。


「ですが、外傷処置の手順を治療師達に覚えてもらう必要があります」


周囲の治療師達が、一斉に背筋を伸ばした。


「今回は良い機会です」


良い機会。


男は、心の底からその言葉を後悔した。


リンは丁寧に処置を進めた。


傷を確認する。


汚れを取り除く。


折れた部位を固定する。


出血を止める。


薬を使う。


布を巻く。


必要なところだけ、癒しの力を使う。


それは完璧な治療だった。


教本に載せるべきほど正確で。


治療師達にとっては、得難い実習だった。


そして、男にとっては。


地獄だった。


痛みは薄い。


薄いのに。


何をされているのかは分かる。


リンの声が聞こえる。


治療師達の真剣な返事が聞こえる。


自分が教材にされていることも、分かる。


「ここで慌てて塞いではいけません」


リンは説明する。


「まず汚れを落とすこと。見た目だけ治しても、中に悪いものが残れば後で悪化します」


「はい」


「それから、患者さんが暴れてしまうと危険なので、必要に応じて落ち着かせます」


「はい」


「ただし、使いすぎてはいけません。呼吸や意識の確認は必ず行ってください」


「はい」


リンは真面目だった。


とても真面目だった。


治療師として、何一つ間違ったことはしていない。


ただ。


時折、男を見る目だけが。


まったく笑っていなかった。


治療は無事に終わった。


怪我は治った。


命も助かった。


後遺症も残らない。


治療師達にとっては、大きな学びになった。


男は寝台の上で、青ざめた顔のまま天井を見ていた。


後に彼は語る。


「あれは、確かに治療だった」


「治療だったんだ」


「だが、二度と受けたくねぇ……」



それから、診療所には一つの暗黙の了解が生まれた。


リンは優しい。


患者に丁寧で。


治療師にも親切で。


知識は深く。


声は柔らかく。


前髪の隙間から覗く青い瞳は、とても綺麗で可愛い。


ただし。


リンの前で、エミリア様の悪口を言ってはいけない。


絶対に。


言ってはいけない。


その日から、治療師達はそれを固く守るようになった。


リンは今日も、診療所で優しく微笑んでいる。


「次の方、どうぞ」


その笑顔は、誰が見ても天使のようだった。


前髪の奥の瞳が笑っているかどうかは。


また別の話である。


感想いただけると嬉しいです

リンのイラストです


挿絵(By みてみん)

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