豊穣神は勝利に微笑む
ラクシュの周囲には、五つの淡い光が浮かんでいた。
まだ、人の形すら持っていない。
緑色の神力が幾重にも渦を巻き、その中心で骨格らしき輪郭が一瞬浮かんでは崩れ、また別の形へと組み直されている。
五人のドールズを止めるため、ラクシュが新たに創造しようとしている神造人間。その五体分の器だった。
本来ならば、時間をかけて完成させればいい。
だが――。
「全然、時間を稼げてないじゃない!」
ラクシュの声が響いた。
先ほど、自らの眷属達へ命じたばかりだった。
五人を相手に勝つ必要はない。ただ時間を稼げ、と。
その間に、自分が切り札を用意する。
完璧な作戦だった。
少なくとも、ラクシュの中では。
「もう! 少しくらい頑張りなさいよ! これじゃ完成する前に全部終わっちゃうじゃない!」
苛立たしげに頬を膨らませ、まだ形すら定まっていない五つの光を睨みつける。
創造を司る神とはいえ、完全な神造人間を五体、何もないところから同時に作り上げるとなれば、さすがに一瞬というわけにはいかない。
そこへ、すっと茶器が差し出された。
「ん?」
ラクシュが振り返る。
傍らに立っていたのは、神兵【絢】。
戦場へ送り込むための神兵ではない。衣装を用意し、髪を整え、茶を淹れ、身の回りの雑事をこなすために作られた、ラクシュ付きの側仕え。
絢はいつも通り、静かな所作で温かな茶を差し出している。
ラクシュはカップへ手を伸ばし――その途中で止まった。
じっと、絢を見る。
絢が小さく首を傾げる。
「…………」
ラクシュの瞳が、ぱっと輝いた。
「そうよ!」
勢いよく立ち上がる。
「わざわざ一から作る必要なんてなかったじゃない!」
ぱん、と両手を合わせる。
「流石はワタクシ様だわ! こんな天才的な発想を一瞬で思いつくなんて、自分の知恵に驚愕するわ!」
目の前に完成した神造人形がいただけなのだが、そんなことは問題ではない。
数秒前まで焦っていた姿は、もうどこにもなかった。
ラクシュは創造途中だった五つの光をあっさり消すと、胸を張った。
「絢! 五体、こっちへいらっしゃい!」
ほどなくして、五体の絢が横一列に並ぶ。
もともとは戦闘用ではない。
それでも、創造したのはラクシュ自身。神の身の回りを世話するために作られた神造人形なのだから、その器の完成度は人の手で作られたものとは比べものにならない。
「これならすぐに終わるわね」
ラクシュは五体を見回し、楽しげに笑った。
「あなた達には、あの生意気なルミナの僕を倒すための力を授けてあげる!」
緑色の神力が五体を包み込む。
完成された器そのものを壊すのではなく、その性質を書き換え、必要な機能を付け足していく。
一から生み出すより、遥かに速い。
光の中で輪郭が変わる。
身のこなし。
神力の巡り。
戦闘に必要な構造。
そして、それぞれ異なる性質。
やがて光が薄れると、そこには五人の美しい男達が立っていた。
金色の髪。
青い瞳。
均整の取れた体躯。
その手に持つ武器だけが、それぞれ違う。
レイピア。
短剣。
両手の爪。
巨大な両手斧。
剣と大盾。
ラクシュはその出来栄えを前に、満足そうに何度も頷いた。
「うん、完璧ね! やっぱりワタクシ様の神兵なら、美しくなくちゃ!」
戦闘能力より先にそこを確認するあたりが、実にラクシュだった。
そして、もう一つ。
ラクシュは戦場へ目を向け、両手を大きく広げる。
「せっかくだもの。舞台だってちゃんと用意してあげなくちゃね!」
楽しげに笑う。
「美しいステージを作るわよ! ワタクシのエンジェルちゃん達と、ルミナのデビル達との――一対一の決闘の場を!」
戦術的な理由など、何もない。
ドールズ同士の連携を断とうとも、各個撃破しようとも考えていない。
ただ、一対一の方が美しい。
それだけだった。
ラクシュが指を鳴らす。
戦場の五箇所で、緑色の光が立ち昇った。
半透明の結界がそれぞれのドールズを包み込み、周囲から切り離していく。
そして、その中へ。
ラクシュが作り替えた五体の神造人間が、一体ずつ送り込まれた。
しばらくして。
ラクシュの前に、五つの光景が浮かび上がる。
一つ目。
リンは毒を通せず、レイピアを操る相手の鋭い剣閃に翻弄されていた。読心によって攻撃を予測しても、相手の速度がそれを上回る。刺しては離れるヒットアンドアウェイに傷を重ねられ、《神癒》で癒してはいるものの、そのたびに消耗だけが積み重なっていく。
二つ目。
ランカは顕現させた武器を次々と無力化されていた。相手の短剣が触れた瞬間、その武器はそれ以上の操作を受け付けなくなる。無数の短剣が飛び交う中、呼び出しては潰され、呼び出しては潰され、じわじわと追い詰められていた。
三つ目。
シオンは何度刀を振るっても、手応えを得られずにいる。刃筋も、狙いも、速度も間違っていない。それでも斬れない。その間にも両手の爪による連撃は続き、しかも相手は徐々に加速していた。シオンはすべて見切っているが、その余裕は少しずつ削られていく。
四つ目。
クロエは万式演算球を使い、属性を変え、術式を変え、弱体化まで試している。それでも、相手へ触れた魔法はことごとく掻き消される。眼前では巨大な両手斧が大地を砕き、肉弾戦など論外。クロエは次の手を探しながら距離を取り続けていた。
最後。
セリアの相手は、全身を鎧で覆い、剣と大盾を構えた神造人間だった。月光を放っても、身体へ触れた瞬間に消える。ならばと素手で攻めても、防御を優先する相手の硬い守りを抜けない。
五人とも、まだ負けてはいない。
だが。
明らかに、追い詰められていた。
その光景を見つめるラクシュの口元が、みるみる緩んでいく。
「ふふん!」
大きく胸を張った。
「ワタクシ様が本気を出せば、こんなものよ!」
どの光景を見ても、先ほどまで好き勝手に暴れていたルミナの僕達が苦戦している。
もう笑みを隠す気すらない。
「ああ、もう! ルミナの悔しがる姿が目に浮かぶわ!」
完全に勝ったつもりで、ラクシュは上機嫌に笑っていた。
* * *
その頃。
エミリアは、ルミが映し出した五つの戦場を眺めていた。
一人ずつ結界で分断され、それぞれ異なる相手と戦っている。
エミリアはしばらく無言でその様子を見つめていたが、やがて小さく眉を寄せた。
「馬鹿そうでも、さすがは神ね……面倒なことしてくれるわ」
本来ならば、五人は互いの不足を補い合える。
リンに正面戦闘をさせる必要はない。
クロエが接近戦を挑む必要もない。
セリアが防御を抜けないなら、他の誰かに任せればいい。
だが、一対一へ切り離された今は、それができない。
「わざわざ連携まで潰してくるなんて」
そう呟くと、隣にいたルミが僅かに困ったような笑みを浮かべた。
「ラクシュ様なら、そこまで考えていないと思いますよ?」
「……え?」
「一対一の方が美しい、とか。そのくらいではないでしょうか」
エミリアは黙った。
もう一度、五つの結界を見る。
結果としては、非常に厄介だ。
「……余計に腹立つわね」
小さく吐き捨てる。
そして、今度は中で戦っている五人へ視線を向けた。
リン。
ランカ。
シオン。
クロエ。
セリア。
どれも、自分の得意分野を正面から潰されている。
しばらく見ていたエミリアは、深くため息を吐いた。
「それより……あの娘達、何やってるのよ」
ルミが映像へ目を向ける。
「自分の力が通じないのです。無理もないのでは?」
「無理?」
エミリアは眉を上げた。
「完全無欠の存在なんてないわ」
五つの光景を順番に見渡す。
「禍津神様だって、私のドールズを手抜きで創造したわけではないのでしょう?」
その瞬間。
ルミの纏う空気が変わった。
柔らかかった表情から笑みが消える。
瞳の奥へ、神としての冷たい光が宿る。
先ほどまでそこにいた少女とは、明らかに違う。
「……当たり前でしょう」
声も変わる。
「ラクシュなんかの創造物に、私のドールズが劣るようなことはないわ」
エミリアの口元が上がった。
「でしょうね」
もう一度、戦場を見る。
「つまり、あの娘達の力の使い方が悪いのよ」
得意な力が通じない。
だから、もっと強く使おうとする。
もっと工夫して、同じ方法で突破しようとする。
「相手の土俵で戦ってどうするのよ……」
呆れたように息を吐く。
「私の僕なら、こんな美しくない展開はやめてほしいわ」
ルミ――いや、今はルミナと呼ぶべきか。
その表情に、僅かな笑みが戻った。
先ほどまでとは違う。
何か面白いものが始まりそうだと期待しているような、楽しげな笑み。
エミリアはそれに気づかないまま、ふと思い出したように口を開いた。
「確か、インティの時は支配しているセリアの精神に憑依なら入ることが出来たわよね?」
「出来たわね」
ルミナはあっさりと頷いた。
「この程度の結界なら、あれより簡単よ。私の神力が強く作用するあなたなら、特にね」
「そう」
エミリアが笑う。
「じゃあ、あの娘達に私らしい戦い方をレクチャーしてあげましょう」
その身体が、淡い光を帯び始めた。
ルミナが横目で見る。
「……場所も聞かずに」
エミリアは答えない。
もう行くつもりでいる。
「どうせ私が何とかしてくれるとか、勝手に思っているのかしら……?」
呆れたように言いながらも、その口元には僅かな笑みが浮かんでいた。
「いいわ」
ルミナが五つの戦場を見渡す。
そして、そのうち一つへ視線を止めた。
「まずは――」
エミリアの身体から、淡い光が抜けていく。
蓮の魂。
それはルミナの神力に導かれ、ラクシュの結界を越えていく。
五人のドールズへ。
悪の女王直々の、戦い方の講義が始まろうとしていた。
感想、御意見いただけると嬉しいです




