↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
138/142

緑海の主は激流の如く 裏①

 ――少し、時を遡る。


『一日だけ考える時間をあげるわ!』


 国境の空に映し出された巨大なラクシュが、眩い金色の光を背負って胸を張る。


『明日の昼までよ! それまでにワタクシ様の眷属達を返して、持っていったものも返すって決めなさい! そうすれば、今回だけは許してあげるわ!』


 言いたいことだけを言い切ると、その姿は金色の粒子となって空へ溶けていった。


 ローゼンバーグ側の国境砦。城壁の上からその光景を見送っていたエミリアは、しばらく空を眺めたあと、僅かに口元を上げる。


「あら。一日の猶予がもらえるのね。好都合だわ」


 現在、この砦にいる戦力は決して多くない。


 クロエ、リン、セリア、ランカ、シオン――五人の黒薔薇人形《ブラック・ドールズ》とルミ。元々この砦に詰めていた守備兵がおよそ五十名。それに王都から連れてきた近衛と魔導兵を合わせても、今ここに残っているのは十名ほどだった。


 残る兵達は、すでに別の仕事へ回している。


「なら――最後の確認をしましょうか」


 エミリアが振り返った。


「シオン」


「何だ」


 白い耳がぴくりと動く。


「今夜、魔導兵を何人か連れて、向こうの陣へ行ってきてちょうだい」


「戦うのか?」


「少しはね。でも、貴女の役目はこの子達の護衛よ。神兵の近くまで連れていって、無事に連れ帰りなさい」


 続いて、エミリアは控えていた魔導兵達へ視線を移した。


「貴方達は神兵に、使える限りの魔法を試してきなさい。攻撃だけじゃないわ。補助でも妨害でも、掛けられるものは一通り全部よ」


「効果の有無を確認する、ということでしょうか?」


「そう。何が効いて、何が効かなかったか。それだけ覚えて帰ってくればいいわ」


「承知しました」


 命令だけを聞けば、敵の兵器へどの程度魔法が通用するのかを確かめる攻撃偵察にしか見えない。実際、それも間違いではなかった。ただし、エミリアが最も知りたいことまでは伝えていない。


「それからシオン。神兵を壊さないでちょうだい」


 シオンが不思議そうに首を傾げる。


「壊せるなら、壊した方がいいのではないか?」


「駄目よ。貴女が簡単に壊してしまったら、向こうが必要以上に警戒するでしょう?」


「では、どうする?」


「峰打ちで攻撃しなさい。教えたでしょ?」


 シオンは腰の刀へ目を落とした。


「みねうち」


「そう。倒すんじゃなくて、少し吹き飛ばすくらいでいいわ」


 少し考えたあと、シオンは真面目な顔で頷いた。


「分かった。みねうちだ」


「それならいいわ」


 相手がゴーレムであることについては、もう何も言わなかった。


 続いてエミリアは、掌ほどの小箱をシオンへ放る。シオンが片手で受け取ったそれは、外見だけなら一般的な記録用の魔道具と大きく変わらない。


「これは?」


「映像を記録してあるわ。用が済んだら、集まってきた中で一番強い人に渡してきて」


「一番強い人」


「そう」


 シオンは一度だけ瞬きをした。


「それなら、分かる」


「でしょうね。その人に渡したら、すぐ帰ってきなさい。中身について説明する必要はないわ」


「分かった」


 シオンは小箱を腰の袋へ収めた。何が記録されているのかも、なぜそれを渡すのかも聞かない。自分の役目だけを理解している。


 魔導兵達にも、今回の確認が作戦全体のどこへ繋がるのかは教えていなかった。相手には神がいる。何を、どこから見られているのか分からない以上、知る者は少ない方がいい。


 その時、セリアが静かに声を掛ける。


「エミリア様。こちらの動きをラクシュに見られる可能性はありませんか?」


「あるでしょうね」


 エミリアはあっさりと認めた。


「でしたら――」


「だから、私はここにいるのよ」


「……だから?」


 セリアが目を瞬く。エミリアは川向こうへ視線を向けた。


「あの子、私のことが気になって仕方ないでしょう?」


 眷属を奪われたと思い込み、王国を敵視し、わざわざ自ら国境まで出向いてきた豊穣神ラクシュ。《ラブリー★アイ》を使えば、離れた場所を見ることもできる。それを封じる方法などない。


 ならば、封じる必要もなかった。


「見ようと思えば、別の場所だって見られるでしょうね。でも、私がここにいるのに、わざわざ他所を見ると思う?」


 クロエが小さく笑った。


「見ないだろうねぇ」


「でしょう?」


 能力の穴を探すのではない。ラクシュが何を考え、何を気にして、どこを見るのか。それを読めばいい。


 だからエミリアは、自分から最も見つけやすい場所に立っている。


「せっかくだもの。もっと私のことを気にしてもらわないとね」


 その視線が、シオンの腰に収められた小箱へ向いた。


     ◇


 砦へ到着する少し前。


 国境へ向かう一行の中で、蓮は《憑依》を使い、クロエと密かに打ち合わせを行っていた。


 蓮の魂が不在の間、エミリアの身体を動かしていたのは『エミリア』本人だ。傍から見ただけでは、誰もその違いには気付かないだろう。


『上流の準備はどう?』


『順調だよ。貯水池も水門も、とっくに使える状態になってるねぇ』


 クロエから、すぐに返答が返ってくる。


『それならいいわ』


 鉱山都市アイゼルを訪れた時、エミリアはあの地を流れる川を見て、一つの絵を描いた。


 その後、クロエへ命じて進めさせたのが、川の流れを制御するためのダムと貯水池、水門の整備だった。今日昨日に始めたものではない。


 そしてシルヴァニアから使者が訪れ、交渉の行き先が見え始めた頃には、すでに今回に向けた仕上げの準備も始めている。


『向こうへ回した兵達には、貴女から指示して』


『無線でいいんだねぇ?』


『ええ。必要な作業だけ、順番に伝えなさい』


『全部は教えない』


『知る必要がないもの』


 クロエ自身が上流へ向かう必要はない。無線を使えば、ここにいながら離れた場所にいる魔導兵達へ指示を出せる。


『ただ、一つだけ気になることがあるねぇ』


『神兵でしょう?』


『そう。あれが普通のゴーレムなら問題ないんだけど、何しろ神様が造ったものだからねぇ』


 ラクシュ自身が造った神兵。外部から掛けた魔法そのものを弾くのか。それとも通常の物体や生物と同じように、術式を受け付けるのか。


 そこだけは、実物を相手にしてみなければ分からない。


『外から魔法を付与できるかどうか。試す機会があれば十全なんだけどねぇ』


『そうね。それまでに試せるなら、一番いいわ』


『上流の方は任せておくれ。指示はこちらから出すよ』


『お願い』


 打ち合わせは、それで終わった。


 必要な準備はすでに進んでいる。残っていたのは、神兵そのものを相手にしなければ確かめられない、最後の一つだけだった。


 そして今。


 ラクシュ自ら、一日の猶予を与えてくれた。


 準備を仕上げる時間だけではない。神兵を実際に相手にして、最後の確認まで済ませる時間ができた。


 だからこそ。


「あら。一日の猶予がもらえるのね。好都合だわ」


 あの言葉に、嘘は一つもなかった。


     ◇


 日が落ちる。


 川向こうのシルヴァニア軍の野営地には、無数の篝火が灯っていた。


「では、行ってくる」


 シオンが数名の魔導兵と共に、砦の門前に立つ。


「ええ。忘れないで。貴女の仕事はこの子達を守ることよ」


「分かった」


「神兵は壊さない。峰打ち」


「覚えている」


「ならいいわ」


 エミリアは魔導兵達を見る。


「貴方達も、無理に長居する必要はないわ。使えるものを一通り試して、結果を持ち帰りなさい。攻撃以外も忘れないでね」


「承知しました」


 それ以上は言わない。


 シオン達は、そのまま夜の闇へ消えていった。


 しばらくすると、遠くで爆発音が響いた。赤い光が夜空を照らし、続いて風、雷、氷――幾つもの魔法がシルヴァニア軍の陣地付近で瞬く。


 砦の城壁からそれを眺めていたランカが腕を組んだ。


「随分と派手にやっとるのぉ」


「その方がいいのよ。どうせなら、攻撃しに来たと思ってもらった方が都合がいいでしょう?」


「実際、攻撃もしとるんじゃろ?」


「してるわよ。峰打ちだけど」


「ゴーレム相手に峰打ちとはのぉ……」


 クロエがくすりと笑う。


「シオンなら真面目にやってるだろうねぇ」


 やがて魔法の光が途切れ、しばらくして砦の門が開いた。戻ってきたシオン達に、負傷者はいない。


「戻った」


「お帰りなさい」


「何体か退けた」


「壊してないでしょうね?」


「みねうちだ。ちゃんと言った」


 シオンは真顔だった。


「……本当に言ったのね」


「教わったからな」


「そう……」


 妙なところで律儀だった。


 エミリアは気を取り直し、魔導兵達へ視線を移す。


「報告して」


「はっ。攻撃魔法については、ほとんど有効な損傷を与えられませんでした。火炎、風刃、雷撃、氷結――いずれも表面への軽微な損傷のみです」


「予想通りね。他は?」


「補助系、妨害系の魔法についても試しました。――神兵へ定着する術式がありました」


 エミリアの紫の瞳が細くなる。


「本当に?」


「はい。短時間ではありますが、外部から掛けた魔法の効果が神兵そのものへ残ることを確認しています」


「十分よ」


 口元に、ゆっくりと笑みが浮かんだ。傍らでクロエも頷く。


「これで最後の穴も埋まったねぇ」


「ええ」


 リンは何も言わず、二人を見ている。他の者達には、その意味がまだ分からない。それでいい。


「シオン。小箱は?」


「渡した」


「誰に?」


「集まってきた中で、一番強い男」


「なら大丈夫そうね」


 シオンが強いと判断した相手なら、少なくとも名もない兵ではないだろう。あとは勝手に上へ持っていってくれる。


 小箱の中に収められているのは、エミリアからラクシュへ向けた返答だった。


 頭の悪そうな駄女神。


 田舎の森。


 来るなら全員でかかってこい。


 相手の性格を考えれば、十分すぎるほどの挑発だ。


「エミリア様」


 セリアが少しだけ困ったような顔をする。


「あの映像も、本当に必要だったのでしょうか?」


「もちろんよ」


「作戦上、ですか?」


「ええ」


 エミリアは即答し、川向こうへ目を向けた。


 肉眼では、ラクシュの姿など見えない。けれど、今頃どんな顔をしているのかくらい簡単に想像できた。


「明日も――あの子には、私だけを見ていてもらわないと困るもの」


 その遥か上流では今も、クロエから無線で送られる指示に従い、魔導兵達が準備を進めている。


 誰にも、全てを教える必要はない。


 そして。


 見てほしくない場所があるのなら――。


 もっと見たくなるものを、目の前に置けばいい。


感想、御意見いただけると嬉しいです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。