新芽は梟雄に導かれる①
本日は定時更新です
生ビール時速十杯ペースの片手間で行う作業じゃなかったです…
王城の訓練場。
シオンは鞘から刀を抜くと、しばらく刀身を眺めていた。昨日ようやく自由に振ることを許されたばかりで、こうして実際に扱うのは初めてになる。
銀白色の髪を風に揺らしながら柄を握り、重さと重心を確かめるように何度か小さく刀を動かした。
「まずは、好きなように振ってみなさい」
「ああ」
シオンが一歩踏み込む。
次の瞬間には鋭い風切り音が訓練場へ響き、刀が袈裟に振り下ろされた。そのまま切り返し、横薙ぎへ繋げ、足を運んで再び構える。
一つ一つの動きに迷いはない。
初めて持った武器とは思えないほど滑らかだった。
『すごいですね……昨日初めて持ったんですよね?』
頭の内側で、本来のエミリアが感嘆の声を漏らした。
(剣聖だもの。この程度で驚いていたら、この先もたないわよ)
そう返しながらも、蓮自身も内心では感心していた。
武器が変わったところで、長い年月をかけて磨いた身体操作まで失われるわけではない。数度振っただけで、すでに刀の長さや重心を自分の動きへ取り込み始めている。
ただ――。
「……やっぱり違うわね」
シオンの刀が止まった。
「何がだ?」
「上手いわよ。剣そのものについてなら、私が貴方に教えられることなんてほとんどないでしょうね」
「なら、何が違う?」
シオンが刀身へ目を落とす。
エミリアも少し考えてから答えた。
「貴方は、その刀を今まで使っていた剣と同じように振っているでしょう?」
「剣ではないのか?」
「剣の一種ではあるわ。でも見てみなさい。片刃で、刀身には反りがある。貴方が今まで扱ってきた剣とは、形からして違うでしょう?」
シオンは刀を僅かに傾け、その形を改めて確認した。
『蓮は、刀の使い方を知っているんですか?』
(基本くらいならね)
『剣術も習っていたんです?』
一瞬、蓮は返答に詰まった。
(……その辺は今はどうでもいいでしょう)
『誤魔化しましたね?』
(細かいことを気にしないの)
エミリアの追及を流し、蓮はシオンへ向き直った。
「私は剣術に関しては、貴方に教えられることはないわ。でも――刀を扱う剣術を元に生まれた『剣道』なら、基本を教えることはできる」
「けんどう?」
聞き慣れない言葉に、シオンの白い耳が動いた。
「それは剣術とは違うのか?」
「私がいた世界では、実戦で人を斬るためというより、競技や精神を鍛えるための武道として広まっていたものよ。普段使うのも本物の刀ではなく、竹を組んで作った竹刀という模擬剣だったわ」
「人を斬らないのか?」
「そういう言い方をすると、ずいぶん弱そうに聞こえるわね……。勿論、その道を極めた達人と呼ばれるような人達もいたわよ」
『人を斬らないのに、剣を学ぶんですね』
(勝つためだけじゃなく、自分自身を鍛える意味もあるのよ)
『なるほど……』
シオンも似たような疑問を抱いたらしい。
「では、それを学べば刀を使えるようになるのか?」
「そこまでは保証しないわ」
エミリアはきっぱりと言った。
「私は刀で殺し合いをしてきたわけではないもの。教えられるのは構えや足運び、基本となる型くらい。それを実戦で使える技へ昇華するのは――」
シオンを指差す。
「貴方の仕事よ」
白い耳がぴくりと動いた。
「……それで十分だ」
声はいつも通り淡々としている。
だが、目が違った。
未知の技術を前にした剣聖の目だった。
「そう言うと思ったわ」
エミリアは小さく笑った。
◇
最初に教えたのは、基本となる五つの構えだった。
「まず中段。そこから上段、下段。それから八相、脇構え。基本はこの五つよ」
エミリアが一つずつ形を見せ、シオンがそれを真似る。
中段。
上段。
下段。
八相。
脇構え。
一度見ただけで、シオンはほとんど修正の必要もなく同じ形を再現してみせた。
「……本当に覚えるのが早いわね」
「形を真似るだけなら難しくない」
「でしょうね」
刀の位置だけではない。足の置き方や腰の向き、重心の移動まで見せていくと、シオンは一つ一つ確かめながら自分の身体へ落とし込んでいった。
『私の身体、こんな風に動けたんですね……』
内側から感心したような声が聞こえる。
『なんだか、物語に出てくる英雄みたいです!』
(英雄はやめなさい)
『駄目なんですか?』
(どうせなら梟雄とか、怪傑とか……もっと悪っぽいものになさい)
『そこなんですね……』
(当然でしょう)
少し間があってから、エミリアが楽しそうに続けた。
『でも、格好いいですよ?』
不意に言われ、蓮は僅かに気分を良くする。
「次は足運びよ。構えを崩さず、そのまま前へ」
シオンが動いた。
「速すぎ。これは稽古なんだから、まず形を確認なさい」
「遅く動く方が難しいな」
「貴方の場合はそうでしょうね」
一通りの構えと足運びを確認した後は、訓練用の木剣を使って基本的な動きを合わせていった。
エミリアが踏み込み、シオンが受ける。
打ち込んだ後も構えを崩さずに間合いを切り、向き直って再び構える。
何度か繰り返せば、シオンもすぐに流れを掴み始めた。
そして一通り終えたところで、シオンが木剣を下ろそうとする。
「待ちなさい」
その声で動きが止まった。
エミリアは人差し指を立てる。
「まだ、一番大切なことを教えていないわ」
シオンの表情が僅かに引き締まる。
「……奥義か?」
思った以上に真剣だった。
エミリアは大きく頷いた。
「残心よ」
「ざんしん?」
「そう」
「どのような技だ?」
エミリアは胸を張った。
「相手を斬った後の見栄よ!」
「……は?」
シオンの表情が止まった。
『見栄なんですか?』
内側からも疑問が飛んでくる。
(見栄よ)
『即答しましたね』
「いい? 相手を斬ったからって、そこで喜んで気を抜いたら駄目なの。姿勢も構えも崩さない。相手から意識を逸らさず、次の攻撃にも備える」
「……」
「そして最後まで格好良く決めるのよ!」
シオンはしばらく黙った後、静かに問い返した。
「つまり、斬った後も油断せず、構えと意識を維持しろということか?」
「そうよ。それで美しく決めるの」
「最後の部分は必要なのか?」
「一番大切でしょう?」
「……そうか?」
納得していない。
だが、エミリアとしては何一つ間違ったことを言ったつもりはなかった。
斬ったからと気を抜かず、姿勢も構えも崩さない。勝ったと思って浮かれず、最後まで相手への意識を残す。
そして美しく決める。
完璧である。
「まったく……貴方は美学というものが分かってないわね」
「剣に美しさは必要なのか?」
「必要よ」
即答だった。
「強いだけでは駄目。どうせ斬るなら美しく斬りなさい」
シオンは手にした木剣を見ると、もう一度構え直した。
一歩踏み込み、振り下ろす。
斬撃の後も姿勢を崩さず、視線を前へ残したまま静かに間合いを取った。
『……これが、残心』
内側から感嘆の声が漏れる。
『斬った後も流れを乱さず、型を残す……美しいです!』
(でしょう?)
『はい。これは必要ですね』
(分かってきたじゃない)
『悪の女王たるもの、斬った後まで美しくないといけませんものね』
蓮は一瞬黙った。
(……貴女、だいぶ私に感化されてない?)
『蓮が言うんですか?』
返す言葉がなかった。
◇
それからしばらく、シオンを相手に型を繰り返した。
一方的に教えるというより、途中からはシオンが疑問を投げ、それに答えながら動きを確かめていく形になっていた。
そんな中、シオンがふと木剣を下ろす。
「一つ聞きたい」
「何?」
「エミリア様は、何故この世界にない武術を知っている?」
来ると思っていた質問だった。
『話すんですね』
(ええ。もうドールズなんだもの。隠しておく理由もないでしょう)
エミリアは木剣を置き、シオンへ向き直った。
「そういえば、貴方にはまだ話していなかったわね」
「何をだ?」
「私自身のことよ」
自分の胸元へ手を添える。
「私は元々、この世界の人間ではないの」
シオンの耳が僅かに動いた。
「日本という別の世界で生きていた、橘蓮という男だったわ」
シオンは何も言わず、続きを待っている。
エミリアは、自分がこの世界へ来た時には魂だけの存在だったこと。そして今のエミリアの身体へ【憑依】し、その身体を使って生きていることを簡潔に説明した。
肉体の本来の持ち主であるエミリアも消えたわけではなく、今も内側にいる。
そこまで話し終えても、シオンの表情はほとんど変わらなかった。
「……」
「……何か言いなさいよ」
「ああ」
「ああ、じゃないわ」
「話は分かった」
「それだけ?」
「それだけだ」
本当に気にしていないらしい。
エミリアは思わず苦笑した。
「この話、基本的にドールズ達にしかしていないのだけれど……皆、本当に気にしないわね」
「何故、気にする必要がある?」
「だって私は、本来この身体の持ち主だったエミリアとは別人なのよ? 見た目も身体も、元々は私自身のものではなかったのよ?」
シオンはしばらくエミリアを見つめていた。
そして、まるで当然のことを告げるように口を開く。
「私は、エミリア様の身体や見た目に惚れているわけではない」
「……え?」
不意を突かれた。
「私が主と認めたのは、その意思だ」
シオンは真っ直ぐにこちらを見る。
「その魂に、忠誠を誓った」
エミリアの動きが止まった。
「他のドールズ達が何を考えているかまでは知らない。だが、その者達も同じではないのか?」
あまりにも淡々としていた。
照れもなければ、特別なことを言ったという自覚すらない。
だからこそ、蓮には防ぎようがなかった。
『……蓮』
(何よ)
『照れてます?』
(照れてないわ)
『頬、赤いですよ』
(気のせいよ)
「エミリア様のその反応は……新しいですね」
今度は、少し離れたところで見ていたルミまで口を挟んできた。
「何よ」
「いえ。普段でしたら『当然でしょう?』と仰るところですので」
『ですよね』
(……ちょっと待ちなさい)
蓮の眉がぴくりと動いた。
(なんで貴女達、そこで普通に会話してるのよ)
『今さらですか?』
「今さらですね」
(なんでそこで息が合うのよ!)
ルミは小さく笑い、内側のエミリアも楽しそうだった。
一方、シオンだけが三人のやり取りを眺め、僅かに首を傾げる。
「……何の話をしている?」
「貴方は気にしなくていいわ!」
「そうか」
本当に気にしなかった。
『それより蓮』
(何よ)
『やっぱり照れてますよね?』
(うるさい)
蓮は僅かに熱を持った頬を誤魔化すように顔を逸らした。
容姿を褒められることには慣れている。女王として慕われることにも、それがエミリアという存在へ向けられたものなら、いつものように胸を張って「当然でしょう」と返せただろう。
けれど、今の言葉は違った。
身体でもない。
見た目でもない。
女王という立場でもない。
その中にいる、橘蓮という魂そのものへ向けられた忠誠だった。
「……そ、魂に忠誠」
どうにかいつもの調子を取り戻そうと、エミリアは胸を張る。
「それは……悪っぽくて良いわね」
「そうなのか?」
「そうなのよ!」
シオンは納得したような、していないような顔で頷いた。
その隣ではルミが小さく笑い、内側では本来のエミリアまで楽しそうにしている。
(……まったく)
一人だけ何も考えていない顔をしているシオンを見て、蓮は小さく息を吐いた。
どうやら第五のドールズは、剣のこと以外でも思っていた以上に厄介な忠臣になりそうだった。
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