枯野は恵みの地へ③
新しい炉の改良を始めてから、およそ三か月。
ようやく、その日が来た。
鍛冶ギルドの一角に据えられた新型炉の周囲には、朝から多くの職人が集まっている。以前の炉より一回り大きいが、ただ巨大にしたわけではない。炉を形作る耐火材から見直し、内部構造を変え、空気の流れを調整した。さらにクロエの魔科学を組み込み、送風量や内部の状態を、これまでより細かく制御できるようにしている。
ランカが火を扱い、クロエがその火を維持する仕組みを作る。何度も試し、壊し、そのたびに作り直してきた。
三か月をかけて積み重ねた成果だった。
「ではランカ君。始めようか」
クロエが記録用の紙束を抱えて炉の横へ立つ。
「うむ」
ランカも満足そうに頷いた。
今日は、あくまで新型炉のお披露目である。どこまで温度を上げられるのか。高温をどれほど安定して維持できるのか。そして実際に金属を入れた時、これまでの炉とどれほど違うのか。
その性能を確かめるための試運転だった。
少し離れたところでは、エミリアやオルガも様子を眺めている。
「それで、何を試すの?」
エミリアが尋ねると、ランカは布に包んで持ってきた銀白色の金属塊を持ち上げた。
「せっかくじゃ。少し面倒なもんを使った方が、炉の性能も分かりやすいじゃろ」
「壊さないでよ?」
「炉をか?」
「両方よ」
「やる前から縁起でもないことを言うでない」
横でクロエが楽しそうに笑った。
「壊れたとしても、それはそれで有益なデータになるねぇ」
「お前さんは少し黙っとれ」
ランカは銀白色の金属を炉へ入れた。
◇ ◇ ◇
最初は、予定通りの性能試験だった。
温度を上げ、状態を記録する。クロエが送風量を調整し、ランカが炉の中を確認していく。
「悪くないのう」
以前の炉なら、ここまで温度を上げた時点で安定させることが難しかった。今は熱が逃げにくく、必要な場所へ集めやすい。高温になっても炉そのものが耐え、その状態を長く維持できる。
「クロエ、もう少し上げてみい」
「了解した。二段階上げよう」
炉の音が変わり、内部の炎が白さを増した。
ランカはじっと、熱せられていく銀白色の金属を見つめる。
極彩銀――ミスリル。
人の手で扱える金属の中では、最高峰に位置する素材だった。
希少で高価。そして何より、鍛えるのが難しい。
熱を入れれば素直に柔らかくなる鉄とは違い、高温では脆くなる。状態を見誤ったまま鎚を入れれば、貴重な素材が簡単に割れてしまう。
だが極彩銀は、その名の通り、火と鎚に応じて様々な色を見せる。
赤、青、黄、紫、翠。
その変化は、ただ美しいだけではない。鍛え方によって最終的に定着した色には、それぞれ異なる性質が現れる。
優れた鍛冶師は、その色を読む。
今、金属がどの状態にあるのか。どこまで熱を入れられるのか。どの瞬間に、どこへ鎚を落とすべきなのか。
かつてのバランも、それができた。
だからこそ剣匠と呼ばれ、極彩銀の剣を打つこともできた。
だが。
「……ほう」
ランカの目が変わった。
想像していたより、ずっといい。
炉の中の状態が読みやすい。以前なら一瞬しか作れなかった状態を、今は長く保っていられる。極彩銀の表面を走る色の変化も、これまで以上にはっきりと追える。
「……いけるか?」
「ランカ君?」
クロエが横から覗き込んだ。
返事はない。
本来なら、性能を確認した時点で終わりだった。だが目の前には、三か月かけて作った新しい炉がある。
そして今の自分には、剣匠バランだった頃よりも正確に鎚を操れる身体がある。
さらに頭の中には、以前エミリアから聞いた、蓮の元の世界に存在した刃の形が残っていた。
片刃。
緩やかな反り。
薄く、鋭い刃。
そして、何度も伸ばし、折り返し、重ねて鍛えるという考え方。
ランカの口元が、ゆっくりと上がった。
「……面白いのう」
クロエが記録用紙から顔を上げる。
「ランカ君。念のため確認するが、今日は炉のお披露目だよ?」
「そうじゃな」
「私は性能試験の記録を取りに来たのだが」
「ちゃんと取っとれ」
「君は何をするつもりだい?」
ランカは炉から金属を取り出し、金床へ置いた。
「ちょっと打つだけじゃ」
最初の一打。
甲高い音が鍛冶場へ響いた。
二打、三打と鎚が落ちるにつれ、周囲で見ていた職人たちの雑談が少しずつ消えていった。
ランカは極彩銀を壊さない。それでいて、確実に形を変えている。
熱のあるうちに打ちすぎれば割れる。冷めすぎれば動かない。その境目を見切って炉へ戻し、また取り出す。
打つ。
熱する。
冷ます。
そして、また打つ。
やがてランカは、一度伸ばした極彩銀を折り返した。
周囲にいたドワーフたちが息を呑む。
極彩銀を打つこと自体なら、できる者はいる。バランも、かつて何本もの極彩銀の剣を打ってきた。
だが、何度も熱し、折り返し、異なる状態を経た極彩銀を再び一つに鍛え上げるとなれば話は別だった。
ほんの僅かに温度を外せば脆くなる。鎚を入れる場所を誤れば、その場で割れる。
以前のバランなら、やろうとは思わなかった。
いや。
やったところで、成功しなかっただろう。
けれど今は違う。
火が安定している。
身体が、思った通りに動く。
長い年月をかけて培った技術もある。
「……いける」
ランカは、もう一度極彩銀を折り返した。
昼を過ぎた。
朝から見ていた職人の何人かは食事へ向かい、しばらくして戻ってきた。それでもランカは同じ場所にいる。鎚の音は、一度も途切れていなかった。
「ランカ君。昼をかなり過ぎているのだが?」
「知らん」
「食事は?」
「後じゃ」
「いつの後だい?」
「完成した後じゃ」
クロエは肩をすくめた。
午後になっても、ランカは炉の前から動かない。
何度目かの加熱で、極彩銀の表面に黄色が浮かんだ。
鎚が落ちる。
次は青。
また打つ。
赤。
紫。
折り返すたびに色が変わり、その色が重なっていく。
それまでなら、一つの色へ性質を定着させて仕上げるのが極彩銀の鍛冶だった。
ランカが今やっていることは、その常識から外れている。
違う色を見せた金属を何度も折り返し、壊さず、一つに繋ぎ直していく。
やがて、ランカの眉が僅かに動いた。
「……足りん」
新しい炉は悪くない。むしろ予想以上だった。
だが、もう一段先へ進もうとすれば、ほんの僅かに火が足りない。
ここで止めてもいい。
試運転としては、とっくに十分な成果が出ている。今の状態から普通の剣へ仕上げても、間違いなく名品になるだろう。
それでもランカには分かってしまった。
今なら、もう少し先へ行ける。
方法は知っている。昔から知っている。
ただし。
できることなら、使いたくなかった。
ランカは僅かに頬を染める。
「……見るでないぞ」
エミリアが首を傾げた。
「何を?」
「とにかく見るでない」
「そう言われると見たくなるわね」
「なんでじゃ!」
当然、その場にいた者たちの視線が集まった。
「見るな!!」
ランカは真っ赤になった。それでも炉と金属へ視線を戻す。
職人としての欲求が、羞恥心を上回った。
顔の横へ手を上げる。
横ピース。
「――ビューティフル・ファイアー!!」
瞬間、炉の炎が変わった。
ただ激しく燃え上がるのではない。ランカが欲した場所へ、欲しただけの熱が集まっていく。
クロエの目が輝く。
「ほう……!」
「見るなと言っておるじゃろうが!」
「いや、これは観察すべき現象だよ」
「儂じゃなくて炉を見ておれ!」
「それでは術者の挙動を記録できないのだがねぇ」
「記録するな!!」
再び金属を取り出す。
だが次の工程へ入ろうとして、ランカの動きが止まった。
もう一つ必要になる。
手にした鎚を見る。
【ラクシュ・エレガント・ハンマー】。
その力をより強く引き出すための、正式な手順。
「……何故じゃ」
誰にともなく呟く。
「何故、鍛冶の奥伝がこんなんなんじゃ……」
「ランカ君。温度が下がるよ」
「分かっとるわ!」
時間が惜しい。
ランカは覚悟を決め、鎚の頭を顔へ近づける。
軽く口づけた。
「――ゴージャス・ハンマー!!」
鎚を振り下ろす。
澄んだ音が響いた。
祝福が勝手に武器を作ってくれるわけではない。
正しい場所を教えてくれるわけでもない。
ただ、ランカが長い年月をかけて積み上げてきた技術を、ほんの少し高いところへ押し上げる。
だからこそ、使う者の腕がそのまま結果に現れる。
それから、さらに時間が過ぎた。
陽が傾き始める。
最初こそ、正式な名を口にするたびに顔を赤くし、周囲へ見るなと怒鳴っていたランカだったが、いつしかそれすらなくなっていた。
目の前の金属以外が、意識から消えていく。
欲しい熱。
欲しい硬さ。
欲しいしなやかさ。
次に鎚を落とす場所。
それだけを追い続けるうちに、集中力が羞恥心を完全に上回った。
そして。
「火を入れたら、鉄を打て――」
誰かが顔を上げた。
ランカが歌っている。
かつてバランが、鍛冶場で口ずさんでいた歌。
「鉄を打ったら、水かけろ。水をかけたら――声を聞け。鉄の声が聞こえたら、鎚の音を響かせろ。鎚の音が響いたら、鉄に命が芽吹きだす――」
鎚が落ちる。
澄んだ音が響く。
今度は、誰に見られているかなどまるで気にしていない。
歌いながら顔の横で横ピース。
「――ビューティフル・ファイアー!」
炎が応える。
そのまま鎚へ口づける。
「――ゴージャス・ハンマー!」
そして、すぐに鍛冶歌へ戻る。
「打てよ、打て。火を絶やすな。鉄が笑えば、良いものができる――」
歌。
鎚の音。
炎。
奇妙な決めポーズ。
それらすべてが、一つの鍛冶の流れになっていた。
少し離れた場所で見ていたエミリアが、ぽつりと呟く。
「……ディーヴァみたいね」
クロエが横目を向けた。
「鍛冶師を見て出てくる感想としては、なかなか珍しいねぇ」
「だって見なさいよ。歌って、決めポーズまでしながら鎚を振っているのよ?」
「踊ってはいないと思うが」
「似たようなものよ」
当のランカには、もう聞こえていない。
ただ火を見て、金属の声を聞き、楽しそうに歌いながら鎚を振り続けていた。
夕方を過ぎ、夜になった。
見物人の顔ぶれは何度か入れ替わったが、それでも帰らず残った職人は多い。
もう誰も笑っていなかった。
横ピースも。
鎚への口づけも。
鍛冶歌も。
目の前で行われている仕事そのものが、それ以上に人を惹きつけていた。
赤、青、黄、紫、翠。
折り返すたびに色は変わり、また重なる。
そして。
「……ん?」
ランカの手が止まった。
金床の上にある刀身は、もう銀でも、赤でも、青でもない。
漆黒。
今まで一度も見たことのない色だった。
「……黒く、なりおった」
ランカ自身にも、何が起きたのか分からない。
だが刀身は、まだ応えている。
ならば、止める理由はなかった。
最後の熱を入れ、状態を確かめる。
ランカが冷却槽の前に立ったところで、ぴたりと動きを止めた。
「あら?」
エミリアが楽しそうに首を傾げる。
「まだ何かあるのね?」
「ない」
「ある顔をしているわよ」
「ないと言っとる!」
ランカは水を見る。
周囲を見る。
もう一度、水を見る。
「……今からでも帰らんか?」
「嫌よ」
「エミリア!」
「最後まで見るわ」
ランカは額を押さえ、やがて諦めた。
くるりと、その場で一回転。
そして水へ向かって、投げキッス。
「――クール・ビューティー!!」
水面が淡く輝く。
「もう好きにせい!!」
半ばやけになりながら、ランカは漆黒の刀身を冷却槽へ沈めた。
その夜。
ようやく一本の刀身が打ち上がった。
柄も鞘もなく、本格的な研磨もまだ終わっていない。それでも金床の上に横たわる刀身は、最初からそうであったかのような深い黒を纏っていた。
「……なんなんじゃ、これは」
自分で作った。
だが、自分でも知らないものだった。
人が帰り、夜も更けた頃。
ランカは入口を確認し、窓を見て、物陰まで覗いた。
「……誰もおらんな」
念のため、もう一度確認する。
誰もいない。
ようやく安心したランカは、作業台の上へ漆黒の刀身を置いた。明日の試し斬りまでに、最低限の研ぎと仕上げを済ませておきたい。
もちろん普通に研ぐこともできる。
できるのだが。
ここまで来たのだ。
職人としては、最後まで最良の状態に仕上げたい。
「……誰も見とらんしの」
砥石の前に立ち、両手の指で小さなハートを作る。
「……え、エクセレント・シャープ」
ぼそり。
何も起こらない。
ランカのこめかみに青筋が浮かんだ。
「分かっとるわい……!」
深く息を吸う。
誰もいない。
大丈夫。
誰も見ていない。
もう一度、両手でハートを作り、刀身へ向ける。
「――エクセレント・シャープ!!」
びしっ、と何かを撃ち出すように両手を前へ突き出した。
いわゆる。
萌え萌えビームである。
淡い光が、砥石と刀身を包む。
「……よし」
何事もなかったように研ぎを始め――。
「ランカ君」
ぴたり。
止まった。
ゆっくりと、本当にゆっくりと入口を見る。
扉の陰から、クロエが半分だけ顔を覗かせていた。
「…………いつからおった」
「君が入口を確認していた辺りからだねぇ」
「最初からではないか!!」
ランカの顔が一瞬で真っ赤になった。
「いやぁ、少し忘れ物を取りに来ただけなのだが」
「帰れ!!」
「それよりランカ君。昨日から気になっていたのだが、そのポーズはなんなんだい?」
「聞くな!!」
クロエは指を折りながら数える。
「ビューティフル・ファイアーの時は、顔の横で横ピース。ゴージャス・ハンマーでは鎚へ口づけ。クール・ビューティーでは一回転して投げキッス。そして今の――」
両手で小さなハートを作る。
「これは?」
「やめんかああああ!!」
ランカが飛びかかり、クロエの手を下ろさせた。
「まったく! 全部ラクシュのせいじゃ!」
「ラクシュ?」
「そうじゃ!」
半ばやけになったランカは、ようやく事情を説明した。
ドワーフが使う職人魔法は、元を辿れば豊穣神ラクシュの祝福に由来する。火を扱い、鎚を振るい、水で冷やし、研ぎ、磨き、仕上げる。その全てを職人の技術に寄り添う形で支える力だった。
普段なら【真火】や【真水】といった簡略化した呼び方でも使える。
だが。
「正式な名前をはっきり口にして、あのクソ女神が決めた動作までやると、本来の祝福をより強く引き出せるんじゃ」
「ほう」
クロエの目が輝く。
「つまり昨日の君は、普段より強い祝福を意図的に引き出していたわけだねぇ」
「必要じゃったから仕方なくじゃ!」
「正式名称と一連の動作が、発動条件の一部になっている可能性がある、と」
「難しく考えるでない!」
ランカは顔をしかめた。
『ワタクシの魔法なら、堂々と美しく使いなさい!』
かつて聞いたラクシュの声が、頭の中に蘇る。
「小声で誤魔化そうとすると、祝福まで弱くなりおる。全部あのクソ女神の趣味じゃ!」
クロエは少し考えた。
「しかし実際に効果が上がるのだろう?」
「……上がる」
「なら合理的では?」
「合理的なら何をしても許されると思うな!」
もっともな叫びだった。
クロエは漆黒の刀身へ視線を落とす。
「ふむ。エクセレント・シャープ、か」
「二度と言うな」
「実に興味深いねぇ」
「忘れろ」
「それは無理だねぇ」
「クロエぇぇぇ!!」
夜の鍛冶場に、ランカの悲鳴が響いた。
◇ ◇ ◇
翌日。
最低限の研ぎと仕上げを終えた漆黒の刀身が、再び皆の前へ持ち出された。
正式な武器として完成させるには柄や鞘も必要だが、刃そのものを試すには十分だった。
用意されたのは、分厚い鉄板。
普通なら、剣で斬ろうとは考えない厚さである。
「さすがに無茶ではないかい?」
クロエが尋ねる。
「壊れたら、どこが悪かったか分かるじゃろ」
「なるほど。実に研究者らしい発想だ」
「儂は職人じゃ」
ランカが刀を構えた。
小柄な少女の身体。
だが、その動きには一切の迷いがない。
一閃。
僅かな音。
そして少し遅れて、鉄板の上半分がゆっくりと滑り落ちた。
重い音を立て、床へ落ちる。
誰も声を出さなかった。
オルグレイが切断面を覗き込み、目を丸くする。
「……魔法でも掛かってんのか?」
ランカは鼻を鳴らした。
「ただの刃物じゃ」
「ただの刃物は鉄板を斬らねぇよ」
「斬れたんじゃから仕方ないじゃろ」
ランカは刀身へ目を落とし、表情を変えた。
「……刃毀れしとらん」
鉄板を断ったはずなのに、刃には傷一つない。
欠けてもいない。
それどころか、昨日研ぎ上げた時と変わらない漆黒の光沢を保っている。
「汚れすら残っとらんな……」
「それは……」
後ろから、ルミが刀身を覗き込んだ。
珍しく、ほんの少しだけ驚いた顔をしている。
「私も初めて見ました」
「何をじゃ?」
「黒い極彩銀です」
ランカが目を瞬いた。
「お前さんも知らんのか?」
「はい。極彩銀は本来、鍛え方によって色が定着し、その色ごとの特性を持ちます。ですが、この刀にはそれがありません」
「ない?」
「すべての色を何度も重ねたことで、それぞれが持っていた特性を失っています」
ランカの眉が寄る。
「失敗ということか?」
「いいえ」
ルミは静かに首を横に振った。
「その代わり、一つだけ別の性質が生まれています」
「なんじゃ?」
「――不壊です」
静かな声だった。
「欠けない。摩耗しない。錆びない。汚れによって曇ることもない。完成したこの状態そのものを、失わないのでしょう」
何でも斬れるわけではない。
万能の武器でもない。
ただ、一度完成した刃が決して損なわれない。
ランカはしばらく漆黒の刀身を眺めていた。
「……そんなもんを作った覚えはないんじゃが」
「でしょうね」
ルミが淡々と答える。
「私も、こんな極彩銀は初めて見ました」
エミリアが隣から刀を覗き込んだ。
黒い刃。
黒薔薇の女王が治める国。
そして、その国で初めて生まれた異世界の形をした剣。
「偶然とはいえ、私の国で最初に生まれた刀が漆黒だなんて」
エミリアの口元が上がる。
「悪くないわね」
ランカも刀を見つめた。
剣匠バランだった頃、極彩銀の剣なら何本も作った。
だが、これは違う。
三か月かけて作った新しい炉。
今の身体。
長い年月をかけて積み重ねてきた技術。
ラクシュの祝福。
そして、自分の知らなかった異世界の刃の形。
その全てが重なった結果、今まで一度も作ったことのないものが生まれた。
ランカは、ゆっくり笑った。
「……まだ先があるのう」
「当然でしょう?」
エミリアも笑う。
「私を楽しませてと言ったわよね?」
「言われんでも、勝手にやるわい」
その少し後ろで、オルガが切断された鉄板をじっと見ていた。
それから刀身を見る。
さらに、昨日ランカが持ち込んだ材料の残りへ目を向ける。
「……なあ、ランカ」
「なんじゃ?」
「今更なんだが、それ何で作った?」
ランカは、何を聞いているのか分からないという顔をした。
「極彩銀じゃが?」
オルガの顔が固まる。
「…………極彩銀?」
「ミスリルじゃ」
数秒。
鍛冶場が静まり返った。
「ミスリル!?」
「そうじゃと言っとるじゃろ」
「昨日からずっと打ってた、その銀色のやつ!?」
「そうじゃ」
オルガの顔が引きつった。
「お前、それ……いくらすると思ってんだ!?」
「知らん」
「知らん!?」
「必要じゃったから使っただけじゃ」
オルガが頭を抱える。
「クロエだけでも頭痛ぇのに、お前までそっち側に行くな!」
「儂は最初から職人じゃ」
「それが一番怖ぇんだよ!!」
こうして、新しい炉のお披露目は、予定していた性能試験だけでは終わらなかった。
人の手で扱える最高峰の金属、極彩銀。
その極彩を幾度も折り重ね、誰も見たことのない漆黒へと至った一振りの刀。
何でも斬れる武器ではない。
世界を覆す神器でもない。
ただ、欠けず、摩耗せず、錆びず、その完成した姿を失わない。
偶然にも、この国を象徴する黒を纏ったその一振りは。
剣匠バランではなく――**刀匠ランカ**。
その最初の作品として、失われることのない記録となった。
感想、御意見いただけると嬉しいです




