枯野に恵みの歌を①
後日。
ルミの立ち会いのもと、四人のブラックドールズによる正式な顔合わせが行われた。
「ランカ様、どうぞ」
ルミに促され、ランカは一歩前へ出る。
「黒薔薇人形――ブラックドールズのランカじゃ。よろしく頼む」
そう名乗ると、ランカは黒いゴスロリ調のスカートを摘まみ、この数日で教え込まれた通りに綺麗なカーテシーを披露した。
数日前まで、そんな振る舞いとは無縁だったとは思えないほど自然な所作だった。
続いて、白衣姿のクロエが軽く片手を上げる。
「この国で魔科学を研究しているクロエだ。よろしく頼むよ、ランカ君」
「セリアです。ルミナ教の巫女を務めていますわ。よろしくお願いします」
「リンだよ、医学担当!」
三者三様。
誰一人として、ランカのような挨拶をしなかった。
しかもリンは、ランカを上から下まで眺めると楽しそうに笑う。
「それにしても……可愛くなったねぇ」
「…………」
ランカの眉がぴくりと動いた。
三人を見回し、それからゆっくりとルミへ振り返る。
「おい」
「はい」
「正式な場では、正式な挨拶をすると教えておったよな?」
「ええ」
「こやつら、教えられたこと一つもやっておらんのじゃ! おかしいじゃろ!」
この数日、自分はいったい何のためにあれほど練習させられたのか。
納得がいかない。
リンが「あー」と声を漏らした。
「基本、エミリア様のイメージにそぐわない行動さえしなければ、城内ではそこまで何も言われないよ」
「そうですわね」
セリアも穏やかに頷く。
「衣類が汚れても、身体が汚れても気にせず、数日間籠もって怪しい研究などしていなければ、特に何も言われませんね」
「ふむ。大変な人もいるものだねぇ」
クロエが腕を組み、もっともらしく頷いた。
ランカは半眼でクロエを見る。
「……絶対お前じゃろ」
「何のことだい?」
何食わぬ顔で首を傾げるクロエに、ランカは早くも頭が痛くなった。
するとリンが、何かを思い出したように手を叩く。
「あ、そうだ。ランカ、ボクからも相談があるんだけど」
「なんじゃ?」
「医療用の道具を作ってほしいんだ。メスとか、注射器の針とかね。今の加工技術だと、どうしても難しいものがあってさ」
「ほう」
ランカの目に、僅かに興味の色が浮かんだ。
メスならば薄く、鋭く。注射器の針ならば細く、それでいて簡単には折れないものが求められる。
剣や鎧とはまるで違うが、要求される技術は低くない。
「面白そうじゃの」
「でしょ? あとで詳しく見てもらいたいんだ」
「でしたら、私からもお願いしてよろしいでしょうか?」
今度はセリアだった。
「なんじゃ?」
「エミリア様から、異世界の子供たちが遊ぶ遊具について教えていただいたことがあるのです。滑り台や、ぶらんこ。それから、しーそー……というものなのですが」
「なんじゃそれは?」
「私も詳しい構造までは分かりません。ただ、孤児院の子供たちが喜ぶのではないかと思いまして。ランカさんなら、作れないでしょうか?」
「ふむ。どんなものか詳しく聞いてみんことには――」
「おっと。そこまでだ」
横からクロエが割って入った。
「なんじゃ?」
「先約は私なんだよ」
そう言うなり、クロエは当然のようにランカを捕まえる。
「というわけで、ランカ君は借りていくよぉ!」
「は?」
「では諸君、また後で」
「お、おい! 待て! どこへ連れていく気じゃ!」
「私のラボに決まっているだろう?」
「儂は鍛冶場へ行きたいんじゃ!」
「安心したまえ。ちゃんと鎚は振ってもらうとも」
「本当じゃろうな!?」
そのままランカはクロエに連れ去られていく。
「いったいなんなんじゃぁぁぁぁぁ――……!」
ランカの叫び声だけが、廊下の向こうへ徐々に遠ざかっていった。
クロエラボ。
最初に通された研究室で、ランカは作業台の上に置かれた鉄鍋を見つめていた。
普通の鍋よりも分厚い。
蓋は金具で固定できるようになっており、その一部には小さな穴と、簡素な金属部品が取り付けられている。
「……鍋じゃな」
「その通り」
「まさか、これが儂に作らせたいものか?」
「説明するより、まずは実物を見てもらった方が早いだろう。実験室へ行こうじゃないか」
クロエは鍋を持ち上げる。
「実験?」
「そうとも」
嫌な予感を覚えながら、ランカはその後を追った。
実験室へ移動すると、クロエは鍋へ水を入れ、所定の場所へ置いた。
そして近くにいたオルグレイへ視線を向ける。
「オルグレイ君。鍋を持っていたまえ」
「またかよ……」
即座に返ってきた言葉に、ランカが眉をひそめた。
「なんじゃ、その反応は」
「前にもやらされてんだよ」
「少々予想外の結果にはなったがね」
「爆発したんだよ!」
クロエは悪びれる様子もなく、実験の準備を続ける。
「今回は加熱、沸騰でいいかな。では、行くよ」
「おい、本当に大丈夫なんじゃろうな?」
「それを確かめるための実験だよ」
「答えになっとらんぞ」
加熱が始まった。
やがて鍋の中から、水が沸騰する音が聞こえてくる。
蓋に開けられた小さな穴からは、白い蒸気が勢いよく噴き出していた。
ランカは黙って、その様子を見つめる。
何のための鍋なのか。
どういう仕組みなのか。
まだ説明は受けていない。
だが、加熱が続くにつれて。
「……ん?」
僅かに、蓋が歪み始めた。
固定している金具にも負荷が掛かり、先ほどまではなかった軋みが聞こえる。
ランカの表情が変わった。
「おい、クロエ」
「なんだい?」
「これ、本当にこうやって使うために作った鍋なのか?」
「もちろんだとも」
「なら、設計した奴は何を考えとるんじゃ」
「ほう?」
クロエの目に興味の色が浮かぶ。
ランカは鍋から視線を外さない。
内部から何かが強く押し広げようとしている。
それを蓋と金具で無理やり押さえつけているが、今の造りでは、その力をまともに受け止められていない。
「中から相当な力が掛かっとる。この蓋も留め具も、それを受ける造りになっとらんぞ」
ランカに圧力鍋の知識はない。
どれほどの力が掛かっているのかも分からない。
それでも、鉄がどう歪み、どこへ力が集中し、どこから壊れようとしているのか。
それを見誤るようでは、剣匠など務まらない。
「単純にもっと硬い鉄を使えば済む、という話でもなさそうじゃ。最初からこの使い方を考えて作ったのなら、欠陥品じゃぞ」
「なかなか手厳しいねぇ」
「爆発する鍋に、他の評価があるか」
ランカは、蓋の穴から噴き出している蒸気へ目を向けた。
「それに、あの穴はなんじゃ?」
「蒸気を逃がすためのものだよ」
「ふむ……」
密閉しようとしている鍋に、わざわざ穴が開けられている。
それならば。
「中から掛かる力を、何かの仕組みで外へ逃がすための穴ではないのか?」
クロエが僅かに目を細めた。
「なるほど。そう考えるか」
「違うのか?」
「いや。そういえばエミリア様は、内部の圧力を一定まで上げたら、余分な圧力は逃がすと言っていたねぇ」
ランカがクロエを見る。
「……それ、今の鍋でやっとるのか?」
「いや?」
「…………」
「どの程度まで上げればいいのか、エミリア様もご存じなかったからね。取り敢えず圧力を上げられるだけ上げればいいと思って、特に調整はしていなかった」
「それじゃろうが!!」
ランカの怒声が実験室に響いた。
「ふむ。やはりそこか」
「やはりじゃないわ!」
「限界を確認することも研究には必要だよ」
「俺を使って確認するな!」
オルグレイが怒鳴った、その直後だった。
鍋が大きく軋む。
「おい!」
次の瞬間。
爆音が実験室を揺らした。
蓋が吹き飛び、金属片が四方へ飛び散る。
「ぐおっ!?」
真正面にいたオルグレイへ、いくつもの破片が直撃した。
同時に、別の破片がランカとクロエへ向かって飛んでくる。
だが。
ランカの黒い制服へ届くより先に、飛来した金属片は弾かれ、甲高い音を立てて床へ転がった。
「……なんじゃ?」
ランカが自分の服を見る。
クロエは平然としていた。
「安心したまえ。私たちはその服のおかげで、この程度では傷つかないよ」
煙の向こうから、恨めしそうな声がする。
「俺にも気を遣えよ……」
「君も無事じゃないか」
「鎧着てなかったら無事じゃねぇよ!」
煤にまみれたオルグレイが立ち上がる。
破片をまともに受けたにもかかわらず、身につけている鎧には多少の傷がついた程度だった。
「……えらい頑丈じゃのう」
何気なく眺めていたランカの目が、ふと止まった。
鎧の形。
金属板の合わせ方。
残された鎚の跡。
「……ん?」
ランカはオルグレイへ近づくと、鎧をまじまじと見つめた。
「お前さん、それ……儂が作った鎧じゃないか?」
「は?」
オルグレイが怪訝そうな顔をする。
「何言ってんだ。これはドワーフの名工、バラン作だぞ」
「じゃから、それは儂が――」
「あんたみたいな小娘じゃねぇよ。もっとこう……睨んだだけで人を殺せそうな爺だったぞ」
「…………」
ランカのこめかみに青筋が浮かぶ。
「誰が睨んだだけで人を殺せそうな爺じゃ!」
「なんであんたが怒るんだよ!」
「ああ、そういえばオルグレイ君には説明していなかったねぇ」
クロエがさらりと口を挟む。
「彼女が、そのバラン本人だよ」
「…………は?」
オルグレイがランカを見る。
金色のツインテール。
黒いゴスロリ姿。
記憶にある老ドワーフとは、どこをどう見ても結びつかない。
もう一度見る。
「…………」
「何度見るんじゃ!」
「いやいやいや、無理があるだろ!?」
「儂に言うな!」
ランカは吐き捨てるように言うと、改めてオルグレイの鎧へ視線を落とした。
そして今度は、別の意味で眉を寄せる。
「……お前さん」
「なんだよ」
「あとで、その鎧を儂のところへ持ってこい」
「なんで?」
「手入れをしとらんじゃろ」
オルグレイの視線が、僅かに逸れた。
それだけで十分だった。
「やっぱりか! せっかく儂が作った鎧を何だと思っとる! バカモンが!」
「いや、普通に使えてるし……」
「使えておればよいというものではないわ!」
ランカは鎧を睨みつけながら、そこで初めて、自分が作った時にはなかった細い溝にも気づいた。
「……それに、なんじゃこれは」
「魔導回路だよ」
クロエが答える。
「私が少々手を加えた。魔法を使えない者でも、装備側から補助を受けられないか試しているところでね」
「俺、それも聞いてねぇぞ!」
「今言っただろう?」
「そういう問題じゃねぇ!」
ランカは深くため息を吐いた。
この女を相手に、一つ一つ驚いていては身が持たないらしい。
「……まあよい。鎧は後じゃ」
ランカは床へ転がった鍋の残骸へ向かう。
曲がった蓋を拾い上げ、破断した箇所を確かめた。
「やはりのう」
「どうだい?」
「さっき言った通りじゃ。鉄そのものより、造りに問題がある。中からこれだけ押される使い方をするなら、蓋も留め方も最初からそれを考えて作り直さんと駄目じゃ」
鍋と蓋を合わせてみる。
そこで、もう一つ気づいた。
「それと、ここじゃな」
「蓋かい?」
「鉄と鉄をそのまま合わせて密閉しようとしとるじゃろ」
「そうだが?」
「これでは完全には塞がらん。どれだけ綺麗に作っても、僅かな隙間は残るぞ」
「実際、そこも問題でね。縁から蒸気が漏れることがある」
「ふむ……」
ランカは少し考えた。
そして、シルヴァニアで目にした素材を思い出す。
「そういや、公国に固めても弾力の残る樹脂があったのう」
「樹脂?」
「あれを輪にして、鍋と蓋の間へ挟んでみたらどうじゃ?」
クロエの目が細くなる。
「ほう」
「締め付ければ形が変わって、金属同士の細かい隙間を埋めるじゃろ。熱に耐えられるかまでは知らん。そこはお前さんが調べろ」
「なるほど。金属を完全に噛み合わせるのではなく、変形する素材で隙間を塞ぐわけだ」
クロエの口元が楽しそうに持ち上がった。
「面白いじゃないか」
「それと、さっきの穴じゃ。圧力とやらが上がりすぎる前に、上手く逃がせるようにする必要があるんじゃろ」
「おそらくはね。エミリア様が言っていた『一定まで上がったら逃がす』というのも、そのためだろう」
「儂には、どこまで上げればよいのかまでは分からんぞ」
「そこはこちらの仕事さ。圧力と温度を測りながら、適切なところを探ればいい」
「今度は爆発させる前に止めろよ」
「善処しよう」
「善処では困るんじゃ!」
クロエは楽しそうに笑った。
ランカには、まったく信用できなかった。
もう一度、壊れた蓋へ目を落とす。
内側から掛かる力に耐えられる形。
しっかりと固定できる構造。
弾力のある樹脂を利用した密閉。
そして、必要以上に高まった圧力を逃がす仕組み。
ただの鍋の蓋だと思っていた。
だが、考えてみれば。
「……まあ、面白くないこともないのう」
「そうだろう?」
「勘違いするでない。お前さんの欠陥品を見ておれんだけじゃ」
「結果が出れば、理由など何でも構わないさ」
「可愛げのない奴じゃな」
「君に言われたくはないねぇ」
ランカは鼻を鳴らし、壊れた蓋を持ち上げた。
「ともかく、まずはこいつから作り直すぞ。鍋の方も見直しじゃ」
「任せたよ、ランカ君」
「……やっと鍛冶場に立てると思ったら」
名剣でもない。
鎧でもない。
伝説に残るような武具でもない。
剣匠バランから、第四のブラックドールズとなったランカが。
ローゼンバーグで最初に手掛けることになったもの。
それは――。
爆発しない鍋の蓋だった。
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