枯野に笑顔は咲かない④
祝☆100話!
お読みいただき感謝です!
王城の自室へ戻ったエミリアは、ひとまずバランにミンメイをベッドへ寝かせるよう指示すると、卓上の呼び鈴を鳴らした。
ほどなくして、廊下の向こうから慌ただしい足音が近づいてくる。扉が開くなり飛び込んできたハルトは、エミリアの姿を認めると、安堵するより先に声を張り上げた。
「どこに行ってたんですか!? 丸一日も!」
「書き置きしてたでしょう?」
「書き置き一枚でいなくなる女王がどこにいるんですか!」
「……女王?」
ベッドの傍らにいたバランが、ぴたりと固まった。
「お前さん……女王なのか?」
「そうよ」
「聞いとらんぞ!」
「聞かれなかったもの」
「何を話してるんですか!」
ハルトは二人のやり取りに割って入り、そのままエミリアへ詰め寄る。
「国を放り出して、他国で一日遊び歩く女王がどこにいるんですか!?」
「ここにいるわね」
「あーっ! 貴方はそういう人だよ!」
頭を抱えるハルトを前にしても、エミリアは悪びれる様子すらない。
「それに、私一人が一日いなくなっただけで、どうにかなる国では、もうないでしょう?」
「…………」
ハルトの口が止まった。
それが王国を支える者達への信頼から出た言葉だと、分かってしまったからだ。
「……そういう問題ではありません」
僅かに頬を赤くしながら、それでも食い下がろうとする。
「そんな事とはっ――!」
そこでハルトの視線が、エミリアの向こう側へ移った。
青白い顔でベッドに横たわる少女と、その傍らに立つ老ドワーフ。
先ほどまでの勢いが、すっと消える。
「……その子は?」
「ミンメイよ。魔鉱病を患っているわ」
「魔鉱病……」
「リンを呼びなさい。今すぐよ」
「分かりました」
返事は早かった。ハルトはそれ以上何も聞かず、すぐに部屋を出ていく。
扉が閉じると、バランは改めてエミリアを見た。
「本当に……女王だったんじゃな」
「あら、まだ疑ってるの?」
「いや……まさか他国まで自分で来る女王がおるとは思わんじゃろう」
「失礼ね。ルミもいたわ」
「そこではないわい」
エミリアは小さく肩をすくめると、今度はわざとらしいほど優雅に姿勢を正した。
「なら、改めて自己紹介しておきましょうか。私はエミリア・ローゼンバーグ。この国の女王よ。高名な剣匠バランを迎えるために、鍛冶都市アイゼルまで会いに行ったの」
「……儂はもう剣匠じゃないわい」
「そうかしら?」
エミリアは微笑む。
「最初から私が女王だと知っていたら、貴方は同じ対応をした?」
「当たり前じゃ。女王だろうが皇帝だろうが、気に入らん仕事を押しつけるなら断る」
「素晴らしいわ」
「何がじゃ?」
「私の悪には、そういう貴方が必要なのよ」
「…………何を言っとるんじゃ、この嬢ちゃんは」
「お気になさらず」
ルミが静かに答えた。
「気になるじゃろう!」
「そのうち慣れます」
「慣れる前提なのか!?」
「時間の問題でしょう?」
「儂はまだ何も承諾しとらんぞ!」
バランの声が部屋に響く。
エミリアはそれ以上相手にせず、ベッドへ視線を戻した。今はバランを口説き落とすことより、ミンメイの方が先だ。
少女は変わらず浅い呼吸を繰り返している。
「……本当に、治せるんじゃろうな」
先ほどまでの勢いを失った声で、バランが問う。
「治せるわ」
「随分と言い切るんじゃな」
「当然でしょう? だから連れてきたのよ」
その答えに迷いはない。
バランは何も言わず、孫娘の小さな手を握った。
束の間、部屋に静寂が戻る。
その時だった。
廊下の向こうから、何やら騒がしい声が近づいてきた。
「ボクが呼ばれたんだよ! セリアは呼ばれてないんだから、どっか行ってよ!」
「いいえ、ハルト様が間違えたのです。看病が必要なら私を呼ばれたはずです」
「なんでそうなるのさ!」
「当然です。私は治癒を担当していますから」
「ボクだって医者だよ!」
言い争う声が、どんどん近づいてくる。
バランが怪訝そうに扉を見る。
「……何じゃ、あれは」
「いつものことよ」
エミリアは気にも留めない。
やがて声が扉のすぐ前まで来た。
そして、ぴたりと止まる。
コンコンッ。
先ほどまでの騒がしさが嘘のような、整ったノックが響いた。
「入りなさい」
「失礼いたします」
扉が開き、リンとセリアが入室する。二人は揃ってエミリアの前まで進むと、臣下として礼を取った。
「エミリア様がお呼びということで参りました」
「お呼びと伺い、参上いたしました」
「……今、廊下で喧嘩しとらんかったか?」
「してません」
「しておりません」
二人の返事が綺麗に重なった。
「そういうことにしておきなさい」
エミリアは面倒そうに手を振り、ベッドを示す。
「リン。患者よ」
その一言で、リンの表情が変わった。
すぐにベッドへ近づき、横たわるミンメイを確認する。
「この子?」
「ええ。名前はミンメイ。魔鉱病よ」
「魔鉱病……」
リンが小さく呟く。
その横からセリアもミンメイを覗き込み、状態を見た瞬間、迷うことなく一歩前へ出た。
「でしたら、私がルミナ様の奇跡で治しましょう」
「セリア、それは駄目だよ」
リンの声が低くなった。
セリアが目を瞬く。
「これは医学の領分だ」
「ですが、このままでは――」
「原因を取り除かないと、本当の意味では癒せない」
リンは真っ直ぐセリアを見る。
「また、あの子供と同じことをするつもり?」
「……!」
セリアの表情が強張った。
先ほどまでの勢いが消え、僅かに俯く。その顔に、はっきりと影が差した。
「……申し訳ありません。自分を失っていました。下がります」
一歩後ろへ下がり、そのまま部屋を出ようとする。
リンはそんなセリアの背中を黙って見つめた。
そして、小さく息を吐く。
前世まで含めれば、自分の方がずっと年上だ。失敗を指摘されただけであそこまでしょげる姿は、どこか出来の悪い後輩を見ているようでもある。
(……仕方ないなぁ)
「セリア」
呼び止められ、セリアが振り返った。
「手伝ってくれる?」
「……私が?」
「うん。ボクの能力だけじゃ、治した後の体力まで全部戻せない。そっちはセリアの方が得意でしょ?」
セリアは一瞬だけ言葉を失った。
けれど、すぐにリンが何をしてくれたのか理解したらしい。僅かに表情を和らげ、しっかりと頷く。
「分かりました。介助します」
「うん。貸しイチだからね」
「……そこは貸し借りなのですか?」
「そういうことにしておいてよ」
リンは少しだけ笑うと、それ以上何も言わずミンメイへ向き直った。その横で、セリアの表情からも先ほどの影が薄れている。
「バランさん。少し聞かせて」
「何でも聞いてくれ」
「この子の症状が出たのは、いつ頃?」
リンはミンメイの脈を取りながら、一つずつ確認していった。
最初に身体の異変が現れた時期。咳や発熱、倦怠感がどの順番で現れたのか。日常的に鉱石や金属を扱う場所へどれほど出入りしていたのか。魔力を使った時に症状がどう変わるのか。そして、これまで受けた治療と、その後の経過。
バランは覚えている限りを答えていく。
「高位の治療師にも診せた。神聖魔法を受ければ、一時は良くなる。じゃが、しばらくするとまた弱り始めるんじゃ」
「その時、どのくらいまで回復した?」
「調子の良い時なら、自分で歩けるくらいにはなった。それでも長くは続かん」
「奥さんも同じ病気だったんだよね?」
「……ああ」
バランの声が沈む。
「同じじゃった。何度治してもらっても、その時だけじゃ。少し経てば、また悪くなった」
「…………」
リンはミンメイの手首へ指を添えたまま、目を閉じる。
魔力の流れを確かめる。
単純に魔力が弱っているわけではない。身体のいくつもの場所で、何かに引っかかるように流れが滞っている。
「魔鉱病って、鉱山や鍛冶場の多い場所で出やすいんだよね」
「そう言われておる」
「そこで働いてる人が全員なるわけじゃない?」
「もちろんじゃ。何十年も鉱山で働いて平気な奴もおる」
「魔力が強い人ほど重くなりやすいっていうのは?」
「それも昔から言われておるな。じゃが、魔力の強い者が必ず患うわけでもない」
「……やっぱり」
リンの眉が僅かに寄る。
鉱山や鍛冶場に多い。
同じ場所にいても発症する者としない者がいる。
魔力が強いほど重症化しやすい傾向はあるが、魔力量だけでは発症の有無を説明できない。
そして、治療によって一時的には回復するのに、何度でも同じ症状を繰り返す。
「治ってないんじゃない」
「何?」
「治した後に、また同じ原因に壊されてるんだ」
リンは小さく呟き、ミンメイの胸元へそっと手を置いた。
【医神の叡智】。
今まで集めた症状と、この世界に存在する病、薬、毒、鉱物、金属、そして魔力に関する知識が、一つずつ結びついていく。
身体の中にある、通常なら存在しない微細な異物。
それに引き寄せられる魔力。
だが、すべての魔力に同じ反応を示しているわけではない。
「……そういうことか」
リンの目が開いた。
「分かった」
「何がじゃ!?」
バランが身を乗り出す。
「魔鉱病の原因」
「原因……?」
「この子の身体の中に、すごく細かい鉱石や金属の粉が溜まってる」
「粉?」
「うん。目じゃほとんど見えないくらい細かいもの。鉱石を砕いたり、金属を加工したりする時に空気へ舞って、それを息と一緒に少しずつ身体へ取り込んだんだと思う」
リンはミンメイの身体へ意識を集中しながら説明を続ける。
「その全部が悪いわけじゃない。でも、中に魔力へ反応する性質を持った鉱物が混ざってる」
「魔力に……?」
「うん。でも、誰の魔力にでも同じように反応するわけじゃない」
リンは自分の指先に僅かな魔力を集める。
「魔力って、同じように見えても人によって少しずつ性質が違うんだ。強さだけじゃなくて、波の形みたいなものも違う。その鉱物には、特に反応しやすい魔力の波長がある」
「波長……?」
「相性みたいなものだと思って」
バランにも分かるよう、言葉を選ぶ。
「身体に同じだけ鉱石の粉が溜まっていても、その人の魔力と相性が悪ければ大きな反応は起きない。だから、同じ鉱山や鍛冶場で働いていても病気になる人とならない人がいる」
「では、魔力が強い者ほど酷くなるというのは?」
「波長が合った場合の話だよ」
リンは頷く。
「相性のいい魔力を持ってる人だと、身体に溜まった鉱物が魔力を引き寄せる。魔力が強い人ほど、その反応も大きくなるんだ」
「……それで」
「うん。魔力が鉱物の周りに集まりすぎて、正常に流れなくなる」
身体を巡るはずの魔力が淀み、一箇所へ溜まり続ける。
「その状態が長く続くことで、周りの身体まで少しずつ傷ついていく。それが魔鉱病の正体だよ」
「…………」
バランは暫く何も言わなかった。
やがて、掠れた声で問う。
「待て。なら……治療師達が治しても戻ったのは」
「傷んだ身体は治してたんだよ」
リンは頷く。
「神聖魔法が効いてなかったわけじゃない。壊れたところはちゃんと癒えてる。でも、原因になってる鉱物は身体の中に残ったままだった」
「…………」
「だから、また魔力と反応する。魔力が滞って、また身体を傷つける。何度治しても、同じことを繰り返すんだ」
「……あいつも」
バランの拳が震えた。
「儂の妻も……それで……」
リンは何も言わなかった。
今分かった病の仕組みで、過去まで変えることはできない。
だから、目の前の患者を見る。
「でも、ミンメイちゃんはまだ間に合うよ」
「……本当か?」
「うん」
返事に迷いはなかった。
「原因が分かったから、治せる」
リンはミンメイへ両手を添える。
「まず身体の中に溜まっている鉱物を取り除く。そのあと、滞っている魔力を正常に戻して、傷ついた身体を治す」
「そんなことが……できるのか?」
「できるよ」
淡い光が、リンの両手から広がった。
【神癒】。
ただ傷を塞ぐための力ではない。
病を知り、その原因と仕組みを理解したからこそ、届く癒し。
「まず、原因から」
リンは意識を研ぎ澄ませる。
ミンメイの体内に散らばる微細な異物。その中から、魔力へ強く反応しているものだけを捉えていく。
一つずつ。
身体に沈み込み、魔力を吸い寄せていた鉱石や金属の粒子を切り離し、取り除いていく。
額に薄く汗が滲む。
バランもエミリアも、何も言わずその様子を見守っていた。
「……次」
リンが小さく息を吐く。
「溜まってる魔力を戻す。一気に流すと身体に負担がかかるから、少しずつ」
原因を失ったことで、各所に滞留していた魔力がゆっくりと動き始めた。
本来あるべき流れへ戻していく。
ミンメイの浅かった呼吸が、僅かに深くなる。
「最後に、傷ついたところを治す」
光が少し強くなった。
長い間、魔力の滞留に晒されていた身体を一つずつ癒していく。呼吸器、内臓、傷んだ組織を確かめながら、必要な場所だけを慎重に修復する。
やがて青白かったミンメイの頬に、僅かな赤みが戻った。
リンは状態を確認してから、ゆっくりと手を離す。
「……病気そのものは、これで大丈夫」
「終わった……のか?」
「まだ」
リンが横を見る。
「セリア、お願い」
「はい」
待っていたセリアが、すぐにリンと場所を替わる。
「今度は私の番ですね」
「うん。この子、ずっと病気だったから身体そのものがかなり弱ってる。原因はもうないから、体力の回復を優先してあげて」
「分かりました」
セリアがミンメイへ両手を添えると、今度は柔らかな神聖魔法の光が身体を包み込んだ。
病そのものを治すためではない。
長い闘病によって消耗した身体を支え、残った疲労や衰弱を癒すための光。
リンは隣から状態を見守り、時折セリアへ指示を出す。
「そこはもう大丈夫。もう少し全身に広げて」
「はい」
「うん。そのくらいでいいよ」
セリアの癒しに合わせて、ミンメイの呼吸がさらに穏やかになっていく。
やがて神聖魔法の光が収まった。
リンはもう一度ミンメイの脈を取り、魔力の流れを確かめる。
「…………」
しばらくして、その表情が緩んだ。
「終わったよ」
「……終わった?」
「うん」
リンはバランを見た。
「もう、この子の身体に病の原因は残ってない。魔力の流れも正常だよ。あとはゆっくり休んで、落ちた体力が戻るのを待てばいい」
「…………」
バランは動かなかった。
ただ、眠るミンメイを見つめている。
苦しげだった呼吸はない。
青白かった頬にも、確かに血の色が戻り始めていた。
「……治った」
掠れた声が漏れる。
「本当に……治ったのか……」
「だから言ったでしょう?」
エミリアの声が響いた。
バランが振り返る。
エミリアは、当然のような顔でそこに立っていた。
「私の国なら治せるって」
感想、御意見いただけると嬉しいです




