ステージ9『闇』(98話)
ゼノにそう説明した子は、ここで何人もの犠牲者を見てきた、これ以上犠牲者を出したくないのだと、悲痛な叫びを瞳に宿していた。
さすがにゼノでも、これだけの子供を連れて無事に脱出することは不可能だと察し、ひとまず大人しくすることを決めた。
誰も犠牲を出したくないと考えてのこと。
「名前聞いてもいい?」
ゼノは優しく笑うと、説明してくれた子供に尋ねる。
「イルアだ」
「これからよろしくね、イルア」
屋敷の過酷さを知らないゼノがそっと手を差し出したが、イルアは表情を曇らせたままゼノの手を掴んだ。
「ドジ踏むなよ」
ママに嫌われれば、すぐにでも消されるとそうイルアはゼノに忠告した。
普段作法とか、礼儀とかまるで無縁のようなゼノだったのだが、順応力は目を見張るものがあった。
本当にゼノ本人であるのか疑うほど、ゼノは大人しくママに言われたことをこなす。
子供たちが自分の指示に忠実に従い、礼儀正しい作法を見せればママは上機嫌になる。それを知ったゼノは、ママを苛立てないように心がけ、他の子供たちに恐怖を極力与えないように努力していたのだ。
一度、苛立てば周りにも少なからず被害が及ぶ、上機嫌ならそれなりに優しさをみせてくれるママ。平穏に過ごすにはそれが一番妥当であった。
部屋は6人一室。屋敷内には一体何人の子供がいるのか、おおよその検討しかついていない。闇オークションが開かれれば、一人、また一人と増えていく。
同室の子供以外の名前など憶えていない、いや、知らないと言った方が正しい。
自分が生き残ることだけが全てだから。それに、ママの怒りに触れればどこかへ消される、ここでは名前など必要なく、情も持たない方が身のためであると皆が感じていた。
現在、ゼノと同室の子供は誰一人として欠けることはなかったが、いつ自分の番がくるのかと常に怯えは付きまとう。
「ゼノ、お前なかなかすごいな」
屋敷に来てから、それほど日数も経っていないが、まだママの仕打ちを受けていないゼノに、イルアが関心の声をあげた。むしろ機嫌をとるのが上手いとさえ褒めた。
多少、むくれてみたりして苛立ちを買う事はあったが、まだ物理的仕打ちは受けていない。
「えへへ……」
「もしかして、お前、どこかのお坊ちゃまだったりするのか?」
「違うよ、僕は……っと、普通の家だよ」
思わず、世界から生まれたと言いそうになり、ゼノは珍しく嘘をついた。余計なことを言って災いが起こっても困ると自重した。
イズに「嘘も方便ですよ」と注意されたこともあり、時には嘘も必要なのだと教えてもらったことをちゃんと覚えていたからだ。
本当ならこんなところ早々に逃げ出して、ライラやイズと合流したいのは山々なのだが、酷い仕打ちを受けて身体に痣や傷を作る子供たちを、このまま放ってはおけなかったのが本音。
何か助ける方法はないかと、ゼノはゼノなりに日々考えていた。
現在、まだ有力な方法は見つかってはいないが。
そんな中、いつものようにテーブルマナー完璧での食事が始まったとき、
── ガシャン ──
一人の子供が緊張のあまり、スプーンを床に落としてしまった。
「誰だい、食事中に音を立てたのは」
持っていた食器を静かにテーブルに置いたママは、冷ややかな声で音を立てた子供を見る。
その表情は凍りつくような怒りの形相。マナー違反は許さない、その場の空気が凍りつく。
誰もがその手を止めて、息を飲んでママと音を立てた子供と視線を合わせないように俯く。
一方、スプーンを落としてしまった子供は、ガタガタと身を震わせて、
「……さい、……ごめんなさい……」
小さな声で、涙を流しながら必死に謝る。
助けてあげることなんかできない、子供たちはみな心を痛めながらも、静かに食事を続けることに専念する、ママの反感を買わないように、ただそれだけを思って。
ゆっくりと席を立つママは、重圧感をもって子供に近づく。
「不愉快な音を出したのはお前かい」
背後に立ったママが、子供を見下ろすように声を降らせる。
「ごめんなさい、ごめんなさい……、もうしないから……」
「食事が不味くなったねぇ」
「……な、さい。……ひぃッ」
スプーンを持っていた手を片手で掴み上げると、ママは子供を力任せに持ち上げて見せる。
鬼よりも怖い形相で睨まれ、子供は声も出ず、涙だけを流した。だが、ママは許さないとばかりに椅子から引きずり下ろすように、力任せに引っ張り
「行儀の悪い手は切り落とそうかね」
なんとも残酷な台詞とともに、子供の顔を覗きこんだ。
ママが言ったことは絶対。子供は自分の手を切り落とされると恐怖し、震えが止まらず、声もでなくなった。
誰もが奥歯を噛み締めて、どうすることもできないと、ただ食事をすることしかできない。
だが、ここでとんでもない音が食堂に響いた。
── ズズズズズッ~~ ──
それはスープを豪快にすする音。




