ステージ2『毒』(9話)
【絶対に離さないからね】
【はっ? なにいってんだお前】
【その手】
【手?】
【ぜぇ~たいに離してあげないんだから】
【離さないって、別にお前と手繋いでねぇぞ】
【いいの。僕が離さないんだから】
【なんだそれ?】
【…………のは………】
遠くて近い過去の会話がライラの頭をよぎった。
(そういや、あの時あいつ、ゼノはなんていったんだっけか)
何気ないたわいもない会話だった。
気に留めておくような会話じゃなかった、だからゼノが口にした最後の言葉が思い出せない。
たぶんゼノでさえ覚えてはいないかもしれない、故に今更聞いたところでなんにもならない。
ただ今ならわかるような気がしただけだ……あの時言ったゼノの言葉が。
ただ、それだけ。
白い光がライラの視界を奪う。
「還ったか」
今まで自分の足元に倒れていたはずのリーダー男の姿が消えた。
この世界で不自然に命を落とし、あるべき世界へと転送された。
「フッ……考え事なんて、ガラじゃねぇな」
誰にいうわけでもなく、ライラは思い出せない記憶を探るのをやめた。
クシャリと自分の短い髪の毛を軽く掴んで立ち上がる。
「おい無事か?」
前方にいる傷だらけの二人に声をかけた。
「ははは……なんとかね」
「おっそ~い! ライたん来るの遅いよぉ」
ライラの問いかけに、優しげな声と文句百倍の声が返ってきた。
二人とも無事であることが確認できた。
「にしてもイズ。お前無茶しすぎだっての」
「まさか足、折れてるとは思わなかったんで……」
「足折れてたら、普通気づくだろう、普通」
立ち上がれないほどに怪我を負っているイズに、肩をかしながらライラが言う。
崖から落ちて、そのうえさっきの戦闘。意識を保っているだけでも十分すぎる。
「イズたん、大丈夫?」
心配な困った顔をしながらゼノもイズに肩を貸す。服は所々裂け、全身に切り傷を負ってはいたが、軽傷だと見て取れたので、ライラも黙ってゼノの力を借りる。
ゼノの身長に合わせて身体を屈めてイズを支えると、歩けるかと視線を送り、大丈夫だと返るとライラとゼノはゆっくりと歩き出す。
そして、イズはゼノに視線を送るとため息のような、息を吐いた。
「やっぱりゼノには武器は似合いませんよ」
先ほどの光景が怖いくらいに脳裏に焼きついていた。ゼノが武器で誰かを傷つけたわけではないのに、武器を手にした……なぜかそれがイズにとって怖いほどの不自然さを感じさせていた。
なにがどう怖いのかはわからない。言葉でも理屈でも説明できないなにか。
怖い……それだけがイズにとっての真実。
「逃げ専門だもんね」
「そうですよ」
互いはそう言って微笑んだ。
足を引きずり、支えられながら歩くイズの隣で、ゼノがわずかに険しい表情を浮かべていた。イズを挟んだ向こう側にいるライラからは見えない表情だったが、イズはそれに気がつき、ここでゼノの全身をまじまじと見る。
全身擦り傷だらけ、おまけにあれだけ長い時間、囮として逃げ回っていたのだ、痛みや疲れがないわけではない。
「ゼノ……」
イズは思わず名前を呼んだ。
こちらを向くゼノの表情は、いつものように明るい、いや、呼ばれたからそう振舞ったのだろう。きっと心配をかけないようにしていると、イズはすぐにわかった。
名前を呼ばれたが、続きの言葉がなく、ゼノが不思議そうにイズを見ながら首を傾げる。
「どうしたの? イズたん」
「無理、しないでください」
「へ?」
「ゼノだって怪我してるじゃないですか、ボクは大丈夫ですから」
そう言いながらいつものように微笑んだイズは、肩を借りていたゼノからその腕を避けようとしたが、ゼノの表情が怒りへと変わる。
「全然大丈夫じゃない! イズたんがそういう顔で大丈夫って言う時はいつも大丈夫じゃないんだから」
怒られた。お子様だと……いつも上手く騙せていると思っていたのに。
ゼノにだけは苦しい自分を隠せていると思っていた。だけどそれは間違っていた。
ゼノはいつも気づいていて、それでも見て見ぬふりをしていたのだろう。
「イズ、お前の負けだ」
「ゼノには隠しごと、できませんね」
「バカだからな」
つい、いつもの癖でライラの口から悪態がでる。
でもって、
「むぅぅ! 僕はバカじゃないもん。ライたんの方がずぅ~とバカだもん」
の返事が返る。
こうして火事は起こる。
「この知的なオレに向かってバカとはなんだ」
「じゃぁ、アホ? マヌケ? ボケ? オタク? オヤジ?」
「てめぇ~、言ぃわぁせぇてぇおぉけぇばぁ」
ガタガタと全身と声を震わせてライラの動きが危なくなる。
「あっ、ボスザル!」
―― ブチッ ――
「ちょっと待てろよイズ。ちょぉ~と片付けなきゃならねぇことができたからよ」
「ラ、ライラ……」
小刻みに身体を震わせながら、肩を貸していたイズを木の根元に座らせると、おどろおどろしい空気が生まれる。
「今日という今日こそはぶっ飛ばしてやる!」
「わぁ~~~!! ボスザルが怒ったぁぁ~~」
「誰がボスザルだぁぁ――っ! 待ちあがれこのお子様のチビがぁぁ」
大剣を手に、血管が切れそうなほどに叫びつつライラはゼノを追いかけていく。
もちろん素直につかまるようなゼノではなく、全力逃走。
静かなはずの林は静けさを取り戻す前に、二人の声で満たされた。
「ええっと、ボクって結構重症なんだけどなぁ……あ、あれ~? なんだか視界が暗く……」
キュウゥゥゥ――――――、バタン
ステージ2 クリア
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【ステージ3『霧』】
「さっきよりも濃くなってきましたね」
「ますます動けねぇな」
森に立ち込める濃い霧のなか、イズとライラは無闇に歩き回るのをやめ、大木の下で大人しく静かに霧がはれるのを待っていた。
そう大人しく、静かに……
つまり、現在はしゃいで大騒ぎする奴が一人欠けている。
「静か……ですね」
「そうだな」




