特別編『真実の鏡』(81話)
琥珀色の綺麗だった瞳が暗くくすんでいた。
「……イズたん」
「イズ」
ゼノとライラが小さく声をかけるが、反応はない。
手を握っても、頬を叩いても、イズは何一つ動かず、ただ浅い呼吸を繰り返すだけ。二人は徐々に暮れる森の夜に、重たい腰をあげた。
「そんなに経ってねえが、なんか懐かしいつーか、落ち着くな」
ライラはほんの数日しか経っていないだろう時の流れを、懐かしいと思いながら、薪を集め始める。
夜の森は冷える。完全に暮れてしまう前に、焚火をしなければとライラは急いで薪集めに出る。ゼノもまた食べ物と水を探しに出た。
いつもと変わらない野宿なのに、イズの声がない。
二人はイズを近くの木にもたれ掛けさせ座らせると、焚火を囲む。ゼノがイズの隣に座りその身体を支える。
「帰ってきたんだよ、イズたん」
軽い食事を済ませたゼノが、イズに問いかける。自分たちはまたここへ戻ってきたのだと。また一緒に旅がしたいと願いを込めて。
ライラも焚火に薪を足しながら、イズをそっと見る。
「オレたちに話すことあんだろ、イズ。ちゃんと説明しろ、聞いてやるから」
「イズたん。ライたんも僕もここにいるよ」
何も失っていないと、ゼノはイズの手を握り締めて、問いかける。
それでもイズからの反応はない。ゼノとライラは自然と無言になる。夜の闇が降り、森は静寂さと不気味さを生み出す。ここにきて、ライラの身体が疲労に侵食し始める。
いつの間にか眠ってしまったライラを見て、ゼノが動く。
「ライたん、お疲れさま」
眠るライラの背中を見ながら、ゼノはイズに一人向き合う。
以前なんの変化もないその姿。ゼノはそれでも微笑んで向かい合った。
大切に隠している首飾りを手にすると、ゼノはその雫をイズの手のひらに乗せた。首飾りは首から外さずに、雫だけをそっと置く。
「イズたんなら、わかるでしょう」
置かれた雫がわずかな光を纏う。そして、ゼノがその雫をゆっくりと上に持ち上げれば、透明な雫から一滴の水滴がイズの手のひらに落ちた。
溶けるように、イズの手のひらに浸透していくとても優しい一滴。それはイズの母が最期にゼノに残した涙。
「……ぁ……」
微かな声とともに、ゼノが掴む手の指が微かに動いた。
そして、琥珀色の瞳が徐々に光を取り戻していく。
「……ゼノ……?」
呼ばれた。イズの口から呼ばれた声に、ゼノが「そうだよ」と優しく答える。すると、ゼノは力いっぱいに抱き締められた。
「もう会えないかと思いました……」
イズは加減などなく、ゼノを力いっぱいその腕に抱き締めた。その存在を確かめるように何度も何度も。
「ぶぅ~~、苦しいってば」
「夢じゃないんですよね」
「夢じゃないってば、ぐ、ぐるしいぃぃ」
静かな森が騒がしくなり、ライラが目を覚ます。
振り返れば、ゼノが真っ赤な顔をしてイズに抱き締められていた。嬉しいとか、感動とか、そんな言葉では言い表せないほど、ライラは胸が熱くなった。
だから、ライラはイズをゼノごと抱きしめた。
「心配かけんじゃねえ」
豪快に抱きしめられたイズは、自然と笑みが零れた。
「無事だったんですね、二人とも」
「当たり前だ」
「そうだよ、僕を誰だと思ってるの」
そう言ったゼノに、ライラとイズは口を揃えて
『逃げ足の速い、お子様』
と、叫んだ。
森は一時の賑やかな音を響かせ、再び静寂を纏う。
話したいことも、聞きたいこともあり過ぎてどこから手をつければいいのかと、悩むイズに、ライラが切り口を開く。
「お前が誰でも、オレたちはお前を受け入れる。そうだろう、お子様」
おおよその検討はついている、だが、本人の口からきちんと聞きたいとライラが言う。
ゼノもまた大きく頷いた。
「……すみません、騙していたわけじゃないんです」
「ああ、わかってる」
「ボクは、……」
「言いたくないなら言わなくても大丈夫だよ、イズたん」
無理に話さなくても、整理がついたら話してくれてもいいと、ゼノがそう言うが、イズは首を左右に振り、今、話さなければいけないと心では決心がついているが、どうしても声が言葉が外にでない。それでも二人は静かに黙ってイズの言葉を待っていた。
グッと手に力を込め、イズは決意の瞳で顔を上げた。
「ボクは、アセトビノスの息子であり、次期地王……」
地界での会話から、どことなくそれを悟っていたせいか、ライラもゼノもそれほど驚きも見せず、やはりそうかとどこか納得にもにた感情を持った。
「お前はそれを望むか」
「ライラ、……嘘だと思われても、ボクは地界を壊したかったんです」
「壊す?」
「すべてを無にしたかった……、ボクはあそこには戻りたくない」
握り締めた拳に血管が浮き出るほどの力が込められていた。
いつか聞いた、望みが叶わなくなってしまったと話したイズの言葉を微かに思い出す。
ハクコクジュの力を手に入れて、地界を消すつもりだったのかと、今更ながらライラはイズの目的を知った。




