特別編『真実の鏡』(78話)
化け物に完全に取り込まれたゼノを見届け、アセトビノスが高らかに声を上げて笑った。掴まれていたイズは、琥珀色の瞳を見開いたままただただ呆然とその光景を見入る。全ての現実が受け入れられない。
あの化け物が母だと言われたこと、ゼノが取り込まれてしまったこと、自分がアセトビノスの子供であり、王子であること、何もかもが夢なのではないのかと、イズの瞳はそのまま光を失った。
ドクンッ ドクンッ ドドドドッ
ゼノを取り込んでしばらくの後、一際大きな鼓動音と動きを見せた黒い化け物がその動きを止めた。空間の歪からこちらに出てこようとしていた動きも止まり、静かに脈打つだけとなる。
完全に静止状態となったそれは、ただならぬ空気と気配を放ち、誰もが不気味な静けさに飲まれた。
それでもアセトビノスは、口角を歪めてさらに笑った。
「感じるぞ、感じるぞ、力が溢れていく」
黒い化け物の力がどんどん加速していくのが手に取るように感じられる。それはゼノを取り込んだからなのか、化け物は急速に力をつけていく。
「素晴らしいわ」
「さすがはハクコクジュの子供よ、ハハハ……」
「力が漲っていくわ」
アセトビノスとセラムは化け物がどんどん力を増していくことに、興奮を抑えきれず、高揚する。
同時にライラは力なく、その場で項垂れていた。
「真っ暗だね」
取り込まれた瞬間に力を開放したゼノは、化け物の体内から塊の動きを制止させていた。
吸収されたと思わせれば、この力は化け物の力だと勘違いしてくれるはずだと考えての解放。力を力で隠すことにしたのだ。
体内にいるというのに、そこはまるで異空間。黒い闇がどこまでも続く、何もない無音の世界。ゼノはあの『声』を探し彷徨う。
「早くしないと」
自分の黒髪が毛先からゆっくりと白く変化していく様子を怪訝に見つめ、ゼノは完全な白髪になってしまう前に力を封印しないと戻れなくなると自覚していた。
闇に飲まれるように沈んでいくゼノは、淡いとても小さな明かりがあるのに気がついた。
それは、今にも消えてしまいそうなほど小さな光。
ゼノは急いでそこへ向かう。声が、闇に溶ける声がしたからだ。
『……ダレ……ダレカ……』
とても細いクリスタルのような光が温かな光を生む。
ゼノはそこへたどり着くと、ゆっくりと手をかざし声をかけた。
「……来たよ」
その声はとても優しかった。
光が一瞬輝きを増す。すごく温かな光。
『……』
「僕を呼んだでしょう」
『来てくれたのね』
光から声が返る。柔らかな女性の声に、ゼノが微笑んだ。あの人と同じ香りと温もり、優しい心が感じられ、声の主の正体が誰であるのか分かったからだ。
「ずっと頑張ってたんだね」
どこまでも続くこの闇に取り込まれないように、化け物に吸収されないように、たった一人でずっと耐えてきた光にゼノが言う。
『……もう限界みたい』
「だから僕を呼んだ」
『そうよ、ハクコクジュさん』
「違うよ。僕はその子供」
ゼノは静かに訂正した。ハクコクジュではないと。それでも彼女の願いは叶えられる、そう、そのためにゼノは自ら化け物に取り込まれてここへ来た。
けれどゼノはここで寂しい表情を浮かべる。彼女の願いを叶えてしまえば代わりに悲しむ者がいると知ってしまったから。
「僕は願いを叶えられる。……でも、本当にいいの」
どうあがいても、彼女の助かる道などないけれど、それでもゼノは問わずにはいられなかった。その人の悲しむ姿を見たくなくて。
でも、彼女に迷いはなかった。
『はい』
ゼノは悲しむだろう人物を思い浮かべ、彼女にその名前を思わず出した。
「イズたんのお母さん……」
『あの子を知っているの?』
「うん、イズたんは僕の親友だよ」
とっても大切な仲間だとゼノは笑う。
『お友達ができたのね』
地界で母以外には決して心を開かず、いつも心を閉ざしていたイズ。そのイズに友達ができたのだと知り、彼女の光はとても温かく輝いた。
『あの子は笑っていますか』
作り物の笑顔しかできず、感情を見せなかったイズ。彼女は何もできないと知りつつもここでイズを想っていた。どうか普通に生きて欲しいと、ずっと。
彼女の質問にゼノが頬を膨らませる。
「僕のこと叱るんだよ。もう、僕悪いことなんてしてないのにぃ」
いつもニコニコしてるのに、叱ったり、怒ったりするんだとゼノがむくれる。自分は悪いことしてないのに、心外だと言わんばかりの態度。
『それは見てみたいわね』
「それにね、イズたん料理が美味しいの」
ゼノは一緒に旅をしていて、イズは笑ったり、怒ったり、泣いたりもするのだと手短ではあったが、彼女に話した。
『あの子は、人として生きているのね』
とても柔らかな声が響く。
「そうだよ。イズたんはイズたんとして生きてるよ」
『私はイズを守って……』
「いるよ」
彼女の言葉を遮り、ゼノは優しく微笑んだ。ずっとずっとイズを守っていることを知っていると、ゼノは全て分かっていると話す。




