特別編『真実の鏡』(77話)
アセトビノスは予期せぬ出来事に、眉間に皺を寄せ、後ろへ後退していく。塊の全貌が見えない。裂け目から見えてくるそれは、まだ体の一部であるが、その大きさは異常なまでに大きいと分かるほど、それは異様な光景。
空間に入った亀裂がまだ小さいため、塊は徐々にその亀裂を広げようと無理やり出てこようとしていた。
「……なんです、アレは」
「王子様は何も知らないのね」
部屋の上部からその光景を見ていたイズが声を出すと、背後にいたセラムが冷や汗をかきつつ、クスリと笑う。
王子であり、ずっとこの城に住んでいたがこんなものは見たことも感じたこともないとイズは、驚愕し目を開く。あんな化け物がこの城にいたなんて知らないと。
「何を知っているんです」
「そうね、この際だからいいことを教えてあげるわ」
「……」
「あれはあなたのお母様よ」
「──なッ」
嬉しそうに話すセラムの言葉に、イズは衝撃のあまり声が詰まった。母はあの時、確かに自害したはずだった、それも自分の目の前で。今でも忘れることのできず、鮮明に覚えている。
イズが生まれた時に施した魔法陣の存在を知られてしまったあの時、それを解除するように迫られた母は、自らにナイフを突き立てその胸を刺し、城の上層部からその身を投げてしまった。優しくて綺麗だった母の亡骸も見た、それなのに、あの黒い塊が母だとは一体どういう意味なのかと、イズはセラムを睨むように射る。
「あなたのお母様の魔力は地界でも右に出るものがいないくらい優秀だったわ。だからあの化け物に取り込ませたのよ」
「取り込んだ……」
「ええ、あれは兵器よ」
天界、間界の2世界を手中に収めるための兵器なのだと、セラムは言った。アセトビノスは3世界の王となるのだと、高らかに笑いながら。
「馬鹿な」
「事実よ」
『見つけたっ』
イズがセラムと対話していると、唐突にゼノの声が響き、イズは慌てて下を見る。
裂け目から出てこようとする化け物に向かって、正面に立つゼノの姿が見えた。
「何をしているんです、ゼノ! 逃げてください」
身を乗り出してイズが叫ぶ。
だがそんなイズの声が聞こえていないのか、ゼノは塊に向かって正面に立ち、距離を保ちながら、静かに声を出す。
「僕を呼んだ?」
『グォォ、ォォ……、グワァ──っ』
「あなたは誰?」
会話などできる物体ではないのに、ゼノはそっと問いかける。その声はライラにもイズにも聞こえていなかった。周りから見ればゼノはただ立ち尽くしているようにしか見えない。
「飲み込め、そいつを飲み込めばおまえは完全となる」
背後にいたアセトビノスが声をあげる。命令なのか、黒い塊はその姿からは想像もできないスピードでゼノを捉えた。
「……くっ、う」
塊がゼノを捉え、ゆっくりと飲み込んでいく。
「お子様っ!」
「ゼノッ!」
ライラとイズが叫んだ。
「待ちなさいっ」
同時にイズがセラムの隙をつき上部から部屋の床へと飛び降りる。ゼノを助けるために。
だが、イズはゼノに近づく前にアセトビノスにより、大きな手で捉えられた。
「──、離せッ」
「お前を失う訳にはいかない。大人しくしていろ」
「離せ、離せ、離せ──ッ」
どんなに暴れても身体を大きな手で握り締められ、イズはゼノの元へ行くことを許されない。イズは武器を具現化し、アセトビノスの手に突き刺したが、そんな攻撃など効かないとアセトビノスは一瞬の隙も作らず、痛みさえ訴えてはこない。
「そんなもので、ワシに傷をつけられるとでも思うたか」
愚かだと嘲笑われ、イズは握り締めた槍を深く突き刺しながら、悔しさに奥歯を鳴らした。
どうあがいても勝てない、絶対の力の差。
「ゼノっ、ゼノ……!」
届かないと分かっていても、イズはゼノに手を伸ばす。
「気持ち悪い……」
まとわりつく不気味なものに、ゼノは身じろぎをするが、その身体は徐々に取り込まれていく。完全に動きを封じられ、ゼノは苦痛の表情を浮かべていた。
その様子を見ていたライラもようやく事態が視界に入り、声が出た。
「逃げろ、お子様ッ」
あんなものに取り込まれたら助からないと、ライラは取り押さえていた兵士たちが恐怖し震えているのを知り、力任せに振り払い拘束を逃れると、愛用の大剣を具現化し化け物に切りかかった。
「化け物がッ、ゼノを放しやがれ」
大きく振り上げた大剣が化け物に振り落とされる。が、ライラの攻撃は金属のような音とともに弾き飛ばされた。ドクンドクンと脈打つその柔らかそうな物体は、まるで金属のように固く、ライラの攻撃を受けつけない。
だが、ライラは攻撃の手を止めない。
「出てこいお子様! お前の逃げ足は世界一だろうがァァァっ!」
何度もはじき返される攻撃、大剣を持つライラの手がその反動で擦れ、皮が剥ける。擦れて血が滲む手を気にもせず、ライラは攻撃を繰り返す、傷一つつけることができないまま。
「んで、んでだよッ。なんで切れねえ──」
一切の攻撃を受け付けない化け物にライラは、奥歯と唇を噛み締め最後とばかりに大剣を大きく振り上げる。
だが、その攻撃は化け物にあたることはなかった。
『ドォォ、ォグアァァ──、アアッ』
どこから出ているのかわからない雄たけびが化け物の塊から響き、ゼノが完全にそれに取り込まれてしまい、ライラは大剣を床に落とした。
「く、ハハハハハ……、世界の力を取り込んだか」




