特別編『真実の鏡』(75話)
突然のことに背後に倒れたラビンは、尻もちをつく体制で床に座ってしまう。
顔を上げればいつのまにここまで来たのか、ゼノが入り口に立っていた。瞬時にラビンに足技をかけたのはゼノだ。
「お邪魔しました」
ゼノはそう言って、にっこりと笑うとラビンによって開かれたドアから研究室を逃走。
一瞬何が起こったのか脳が理解できず、言葉を失ったラビンだったが、すぐに状況を把握し、「何をしている、早くあいつを捕まえろ!」と叫んだ。
研究室から警報が鳴り響き、城は瞬く間に物々しい雰囲気に包まれた。
城の警備員などが動き始め、ゼノは「めんどくさいなぁ」と文句を言いつつ軽い身のこなしで見つからないように珍しく慎重に行動した。
「ん~、どうしたら上に行けるのかな?」
ゼノは外へ逃げるのではなく、城の上層部を目指す。
城に連れてこられたときに、微かに聞こえた声をゼノは必死に探していた。
『……ダレ…カ……』
確かにそう聞こえた、それはとてつもなく小さく、か細い女性の声。
そして同時に感じた、強大な力。
ゼノは呼ばれている気がして、どうしてもそこへ行かなければいけないと感じたが、複雑な構造の城は、ゼノの行く手を完全に阻む。そのうえ、警報が鳴り響き、今は城全体がゼノ包囲網状態。いくら身軽なゼノであっても目的の場所にたどり着けるかさえ不安になった。
かといって、ここで力を開放するわけにはいかない。地界に力の存在を完全に知られてしまえば、さらに狙われ、イズやライラの命や一般人の命だって盾にされるかもしれないし、ハクコクジュを見つけることもきっと難しくなる。
だから、ゼノはどうしても力を開放することができないのだと理解し、息をひそめて、らしくない隠密行動を心掛けた。
通路は入れ代わり立ち代わり警護の者が行き交い、ゼノは音を立てずに天井や部屋を渡り歩き、時には窓の外に出て、壁に必死に張り付くことさえあった。
それでも少しずつ、少しずつ声のした場所に近づいていると感じていた。だが、城の上層部へ行けば行くほど、警備が薄くなっていった、さすがにゼノも不安を感じられずにはいられない。と同時に、何か強大な力に近づいている気配さえ感じた。
「なんだろう……、なんかすごい気配がするんだけど」
それはどす黒い塊のような、邪悪な力であるのだとは分かる。けれど、その正体はまるで分らない。ブラックホールのような得体のしれないものだけど、確かにわずかに温かな声がする。
ゼノは手薄になっている上層部を歩きながら、その声に引き寄せられる。
「扉?」
行き止まりにも見える通路の先に、黒い靄のようなものがかかっていた。奥に何かの気配がある。ゼノは足を止めることなくその靄の中へと足を進めた。
まるで異空間とでもいうような靄の中を進めば、ホールのような部屋が広がっていた。天井はどこまでも高く、明かりなどほぼなく、月明かりのような淡い光だけが照らしだす部屋。
「よくきたな」
部屋の最深部から唸るような低い声がゼノを迎えた。半分化け物で半分人間の姿をしたそれは、ゼノよりも数十倍も巨大な人型をし、煌びやかな杖を手に明かりの下へと姿を見せる。
「誰?」
「地界の王、アセトビノスだ」
「王様?」
「貴様が来るのを待っていたぞ。ハクコクジュの子供よ」
含み笑いでアセトビノスはゼノへ言葉を吐く。誘導された? ゼノは苦い顔を浮かべ、まさか自分はアセトビノスに呼ばれてここへきたのかもしれないと、疑心を持つ。
『……ダレカ……ダレ、……カ』
しかし、再びあの声がした。ゼノにだけ聞こえる細く消えてしまいそうな切ない声。
「誰かいるの?」
対峙するアセトビノスを無視して、ゼノは辺りを見回す。何もないガランとした部屋。アセトビノスとゼノ以外の気配など何も感じられない、それでも声はした。どこから? ゼノはその声を必死に探す。
「何を言っている。ここには二人しかおらぬぞ」
「いるよ、もう一人誰かいる」
「ふ、ふっははははは……。さすがはハクコクジュの子供といったところか」
豪快に笑うアセトビノスは、不敵な笑みを浮かべたままゼノを見下ろす。ゼノもまた睨むようにアセトビノスを直視した。
「どこ」
「ここであって、ここではない場所だ。まさか滅しにきたか」
アセトビノスは歪んだ口元を正し、ゼノに差すような眼差しを向け、姿の見えない何かを倒しに来たのかと問う。一体何を言われているのかわからないゼノは、真意が見えずただ困惑した表情だけを浮かべた。
セラムなんて子供騙しくらいにしかならないほど、アセトビノスの強さは尋常ではなかった。対峙しているだけでも、その力は計り知れないほど伝わってくる。
もし、ゼノが力を開放したとしても勝てるのだろうか? そんなことさえ考えてしまうほどに溢れ出るオーラには恐怖があった。
「どうした、まさかそのままワシと対峙するつもりか」
煌びやかな杖を利き手に持ち直したアセトビノスは、ゼノの力を見破りそう声をかけた。力を開放せずに自分と戦うつもりなのかと、口角を歪めてわずかな戦闘態勢に入る。
「おじさん、間違ってるよ。僕にそんな力なんてないよ」
ゼノは体制を整え、アセトビノスを迎え撃つべく笑って見せた。
「白を切るか、ならば、解放させるまでよ」
「──っと」
手にした杖を振り下ろせば、空気が刃物のようにゼノに襲い掛かる。軽く振っただけで、空気さえも凶器に変わり、ゼノは間一髪でそれを避けた。
だが、攻撃はそんなものでは止まない。アセトビノスは何度も杖を振りかざし、空気の刃をゼノに向けて何度も放つ。
その攻撃を何とか避けるゼノは、逃げ回るだけで精いっぱいだった。
「どうした、逃げてばかりではいずれ力尽きるぞ」
「それはどうかな」




