特別編『真実の鏡』(71話)
イズに手を差し出そうとした女性にイズが大声をあげて、それを拒む。一ミリだって触れてほしくないとの意思を隠すことなく曝け出すイズは、普段とはまるで別人の顔色を見せる。
それは恐怖の色でもあり、憎しみの色でもあった。
「ふふふ、遊びはもう終わりよ王子様。私と一緒に帰っていただくわよ」
「くっ……」
不敵な笑みを浮かべ、女性がイズに術を施そうとしたその瞬間だった。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!」
頭上から変な台詞とともにゼノが姿を現した。
「ゼノッ!」
「イズたんおまたせっ」
ウインク付きでにっこりと笑うゼノに、イズは唇を血が滲むほど噛み締めて、槍を力強く握りしめた。どうして来てしまったのかと、イズは笑顔を見せるゼノに険しく怖い表情を返した。
「なぜ来たんですッ」
助けにきたはずなのに、ゼノはイズに怒鳴られ、表情を曇らせた。ボロボロの身体で立っているのもきっとつらいはずなのに、イズはゼノに鋭く刺さる視線を送る。
ゼノが来たという事は、おそらくライラももうすぐここへ来る。イズは益々表情を強張らせて、怖い顔になった。
そして前方に立つ女性が、高らかに笑う。
「あなたがハクコクジュの子供ね」
「違う!」
ゼノを見つけられてしまい、イズが否定する。
「隠したって無駄よ。ねえ、ハクコクジュの子供さん、私と一緒にこない?」
左手を差し出して、私の手を取って欲しいと言葉を繋ぐ。
「誰?」
「私と一緒に来てくれたら、なんでも好きなものをあげるわ」
「いらない」
即答だった。イズからは見えなかったが、ゼノは普段の表情とは変わり、真面目に女性と向き合いじっと視線を絡ませた。
「では私と一緒に来たくなるようにしてあげるわ」
「……うっ」
口角を少しだけ緩めた女性の言葉の後、背後からうめき声のような声がし、ゼノが慌てて振り返る。
「イズたん!」
振り返れば、イズがガイコツたちに武器を向けられていた、一体は首に剣を、一体は背後から槍を、両側からも剣を向けられ、イズは完全に包囲され、いつでもその命を奪えると告げられていた。
「セラム……」
イズは女性をそう呼んだ。
「さて、あなたに選択肢はないわ」
一緒に来なさいとセラムは勝ち誇ったように笑う。ゼノはこの時点でセラムが地界の者だということだけは理解できた。しかもとてつもなく強い。イズが太刀打ちできなかったのもわかるだけに、ライラが来ることを恐れた。
だから、
「いいよ」
ゼノはあっさりとセラムについていくことを承諾する。ライラがたどり着く前にここを離れようとして。
「素直な子は嫌いじゃないわ」
「ダメですゼノ、ついて行ってはダメです!」
「早く行こうよ」
背後から叫ぶイズの言葉を無視して、ゼノはセラムについて行く。イズを拘束しているガイコツたちはセラムが地界に戻れば消える、そうなればゼノも地界へ連れていかれてしまう。イズは身動きの取れない状態で、ただゼノの背中を見送ることしかできない自分が悔しくてどうしようもなかった。いつもはあんなにわがままで、子供で、すぐに逃げるのに、どうして、あんなにあっさりと。
理由なんてわかっている、イズとライラを守るため、そのためにゼノは自分を犠牲にする。
以前にも同じようなことがあった、その時だってただその後姿を見送ることしかできなかった。自分はなんて無力なのかと、ゼノを守ると誓ったのに、実際は守られてばかりだと奥歯を噛み締め、涙が滲んでしまいそうだった。
自分が地界に戻っていればこんなことにはならなかったのではないかと、後悔を抱きながらイズはどうすることもできない自分を悔やんで責めた。
だが、ここで森に轟音が響き渡った。
大木がゼノとセラム目掛けて倒れてくる。
「何?」
セラムは倒れてくる大木を軽々しく避けた。もちろんゼノもそれを簡単に避けると同時に、隙のできたセラムの目を盗み、イズの周りにいたガイコツたちの足を薙ぎ払い、ガイコツたちを地に崩すとイズを救出した。
「ゼノ」
「猛獣だよねアレ」
にっこりと笑うゼノは、大木を倒しただろう人物を視線で探す。
「ええ、デリカシーの欠片もありませんね」
土埃や木々の葉が舞い上がり、視界が悪い中、二人は茶髪の男の姿を探す。大剣を肩に担いで佇む姿が徐々に明らかになり、同時に不機嫌な表情も読み取れる。
おそらく怒っている、または不機嫌な顔。
「メンドクセエ~」
ゼノとイズの姿を確認できたライラが発した一言。
「早かったね、ライたん……」
「ああッ、てめえの道案内が適当すぎて、迷子だ!」
肩に担いでいた大剣を地面に突き刺し、ライラはゼノを睨みつけた。つまり、ゼノを途中で見失い、物音と気配を探しながらやっとここまでたどり着いたのだと、ライラは不機嫌な理由を述べた。道なき道を進むライラに対して、木々を動物みたいな動きで飛び移りながら移動しているゼノでは、明らかに遅れが出る、それなのに、ゼノはどんどん森の奥へ行ってしまい、ライラのことなど気にする様子もなく、そのまま闇に消えたという。




