特別編『真実の鏡』(70話)
気配は人であるがゼノでもライラでもない、だとすれば敵である可能性が高い。
いつでも動けるようにイズは静かに周りの気配を探る。
「久しぶりね、まさかこんなところにいたなんて」
聞こえてきたのは女性の声。そしてその声を聞いた瞬間イズは金縛りにあったかのように動けなくなった。
「地界の裏切り者ってあなただったのね、王子様」
女性はどこか楽しげにイズに声をかけ、クスクスと笑い出す。
「……その名前でボクを呼ぶな!」
叫び声にもにた声をあげ、イズが勢いよく振り返り武器を構えた。
月明かりになびく、長い赤い髪をキラキラと輝かせ、細身のピッタリとした赤みのある紫の服を纏った女性は、真っ赤な紅をひいた唇をかすかに歪ませる。
その表情は明らかに不適な笑み。
「世界が生んだ者ってのを、一目見物にきたんだけど、どうやら来て正解だったみたいね」
「……っ」
「クスクス……さあ、どうしましょうか王子様」
余裕の笑みを浮かべ、女性はイズに問いかけ、一方イズはいままでに見せたことのないほどの怯えを纏っていた。
普段の笑顔も消え、怒りと怯えを混じらせイズは静かに女性を視界に捉える。
「目的はなんです」
「そうねぇ、お土産が欲しいわ」
「まさかゼノを」
「それもいいんだけど、どうやら今はいないみたいだし、王子様ってのはどう?」
不適な笑みを浮かべたまま女性は、イズにそっと手を差し伸べる仕草をした。
ゼノがいないのならば、このさいイズでもかまわないと。
白く長い指が地獄へ引き戻すように動き、イズは槍を持つ手に力をこめ、戦闘体勢に入る。
「私と戦うというの?」
「……」
「あなたに勝ち目はないわよ」
薄笑いを浮かべた女性は、平然とイズと向き合ったまま、優雅に立つ。
女性の強さは知っている、自分ではおそらく勝ち目はないということもわかっている、それでもイズは引き下がるわけには行かなかった。
武器を構え対峙する。
「聞き分けがない子は嫌いよ」
少しの不機嫌さを含ませて、女性は地に左手をかざした。
イズが女性と間合いを取る。
「我が僕たちよ、ここにその姿を見せなさい」
ドド──、ズズズ──ッ
大地に青紫の魔法陣が描かれ、大地が揺れ、そして魔法陣から人ならざる者たちが蘇る。それは10体ほどのガイコツの兵士たち。
空洞の目や身体からは青紫の炎をわずかに纏っており、夜の闇にそれは不気味に浮かび上がっていく。
「この子たちは不死身よ、さて王子様はどうするのかしら?」
ガイコツの兵士たちの後ろで、優雅に頬に手を添えた女性が、楽し気にイズを見る。
倒しても倒しても蘇ると初めからわかっているガイコツ兵士たち、イズはゴクリと唾を飲み込み、今できる最善の行動を探す。
「ボクは、……帰らないっ」
地を蹴り、イズがガイコツたちに向かっていく。ガシャリと鈍い音がし、ガイコツが一体、また一体と崩れる。が、崩れたガイコツはすぐに再生を繰り返す。キリがない。
それでもイズはガイコツたちの攻撃をかわしながら、何度でも倒す。
ゼノとライラを巻き込みたくない、自分の正体を知られたくない、イズは攻撃をかわしながら森の奥へと進む。とにかくここから離れるためにイズは必死に女性を誘導しながら移動した。
現在の目的がイズの帰還だと言うのなら、注意を自分に向けて二人から遠ざかれば二人に危害が及ぶことがないと考えた行動。
「私から逃げられるとでも思っているの」
「やってみなければわからないでしょう」
「大した自信ね、なんとしても捉えなさい」
女性はガイコツたちにイズ捕獲の命を出す。
そのころ、森の異変に気がついたライラとゼノが慌ててイズの元へと戻る。
わずかだが大地の揺れと、相応しくない力の気配が森を駆け抜けたことに、二人は集めていた薪を捨て全力で戻ってきた。
だが、戻ってきた場所にイズの姿はなく、地には無数の足跡や争った跡までもが残っていた。
「チッ、敵か」
ライラは奇襲があったのか、と辺りを見回しながらイズの行方を探る。同時にゼノが木の上に飛び乗る。
「ライたん! あっちで木が揺れてる」
「あっちだな、行くぞ」
木の上からゼノが指さす方向へライラは駆ける。ゼノもまた器用に木々を使ってライラに道案内をしながら進む。
「どんどん遠くなっていくよ」
「いいから、案内しろ!」
道なき森の中を駆けるライラは何度も草木に足を取られながらも、ゼノが指示する方角へとただひたすらに走った。
「鬼ごっこはもうお終いかしら」
疲れた様子など微塵もなく、女性はイズを見る。一方戦闘をしながら、険しい森の中を駆け抜けてきたイズは体力も疲労も限りなく限界に近く、ついにその足を止めてしまう。
さすがに無傷とはいかず、体中に無数の切り傷が見えた。
「はぁ、は……ぁ、ボクは、」
やっと立っているような状態のイズに女性がゆっくりと近づく。その足取りは地を滑るように軽い。
「傷だらけになってしまったわね、でもまあ、あなたが抵抗するから悪いのよ」
「触るなっ!」
「あら怖い」




