特別編『真実の鏡』(69話)
「はいはい、ゼノは極度の平和主義者ですからね」
半ば諦めの言葉でイズはゼノの一つに結ばれた長い黒髪に手を伸ばす。
「痛っ!」
プチッ、短くなんとも痛いその音がゼノの耳に届き、ゼノはさらに涙を浮かべた。
そう、長い黒髪をイズが一本抜いたのだ。
もちろんなんで髪を抜かれたのかもわからず、ゼノはにこやかに笑うイズをじっと見つめる。
「ボクたちを呼ばなかった罰です」
名前を呼べばすぐに助けにこれる距離だった、それでもゼノは自分たちの名を呼ぶよりも命乞いを選んだ。それに対してのイズのささやかな罰。
平和主義者、それがゼノの二つ名といっても過言ではい。極度に争いを嫌い、戦い避けるためならばどんな情けなく、惨めなことでもやりかねない男、それがゼノという男である。
「チッ……」
ライラたちが姿を見せるより早く姿を消してしまった者に、ライラが舌打ちをした。
逃がした。
「ぶぅ~~、イズたんまでいじめるんだ」
いままでよしよしと慰めてもらっていたイズから離れ、ゼノは両頬を膨らませて拗ねる。
「お前が悪い」
「僕は悪くないもん。ライたんが殴るのが悪いんだもん」
「殴られるようなことするからだろうが」
「してないもん」
頬を真っ赤に染めて怒るゼノは、ムキになってライラに食ってかかる。
「ご丁寧に地まで頭下げて、助けてくれって言ってたのはどこの誰だ」
大きな手でゼノの頭をしっかりと掴んだライラは、嫌味なくらい笑顔をつくり問い詰める。
きっとあのまま放っておけば、間違いなく泣きながらでも助けを求めていただろう。だからこそその情けなさに腹が立つ。
少しは闘志を見せろと言いたくもなる。
「まだごめんなさいしかいってないもん!」
「同じだ」
「違うもん、オヤジのわからずやっ!」
ついにキレたゼノがライラの禁句を口走った。オヤジ。
「ゼぇ~ノぉ~、誰がオヤジだ! オレはまだ24歳だっての!」
ジリジリと手に力が入り、ライラは勢いにまかせてゼノの胸倉を掴むべく手を伸ばしたが、その手は空を掴んだ。いままで頭を掴んでいたはずのゼノの姿が一瞬で消えた。
いや、正確には飛んだといったほうが近い。ゼノの唯一の得意技『逃走』。
さすが争いが嫌いなだけあって、その逃げ足は右にでる者がいないほどに素早い。身軽といえば聞こえがいいが、ゼノの場合「逃げるが1番」が最優先されているところが、どうも引っかかる。
そんな二人のやり取りを見ながら、イズはまたまた深いため息をこぼす。
「……元気ですね、二人とも」
が、それもつかの間、次にものすごい轟音が鳴り響き、あろうことか大木が倒れてきた。
間一髪のところで避けたイズだったが、砂埃の向こうに見た光景に思わず呆れた。
大木をなぎ倒したのは敵でも自然災害でもなくライラ。
愛用の大剣を片手に、怒りを漲らせて木の上を睨みつけている。
「オヤジの短気――っ」
白い歯をみせて木の上から叫ぶゼノは、怒るライラをさらに煽る。
「んだと、この超お子様が!」
「お子様じゃないもん、ライラなんかボスザルだぁぁぁ」
こうなったら、売られた喧嘩は一つ残らず買い取る。
「おこちゃまのガキに言われる筋合いはねえ、いいからとっととそこからおりてきやがれ、今日という今日こそは決着をつけてやる」
ドカッ、ドサドサドサ
またもやすさまじい音と砂埃がたちこめ、大木が一撃で倒される。
喧嘩はいつものことだが、このままでは自然破壊もいいところ。
少々顔を引きつらせながら、イズがここで自分愛用の武器、身長よりも長い槍を手にした。
「いい加減にしてくださいライラ」
砂埃のなかでライラの姿を捉え、イズは槍の先をライラの首筋にあてがう。
冷やりとした刃の感触にライラは動きを止め、そっと背後に立つイズに視線を合わせる。そこにはにっこりと笑ったイズの姿。
もちろん目は完全に笑っていない。
「……イズ」
生唾を飲み込みながらライラは嫌な汗をかく。普段あまり喜怒哀楽を表に出さない奴が怒ると怖い、身をもって思い知らされる。
「ゼノもいいですね」
怖いくらいの笑顔でそういわれたらおりてくるしかない。
渋々戻ってきたゼノと武器をしまったライラに、イズも槍をかたづけ、
「それじゃぁ、二人で薪を集めてきてくださいね」
悪意のない満面な笑顔で仕事をいいつけた。
「今日も森でお泊り……」
「……また野宿かよ」
「何か言いましたか、ゼノにライラ」
冷ややかな笑顔で返されたらゼノもライラも言い返すすべがない。二人は素直にイズの言葉通りに薪集めに向かった。
日が暮れ、あたりは徐々に闇に飲み込まれていく。
野草や山菜を探し、食事の用意をしていたイズは、ふとその手に武器を持った。
「誰です」
振り向きもせずに声のみをかけるイズ。




