【外伝】(64話)
それを蹴り飛ばした者がいたからだ。
前方に大きな影ができ、男は影の本体に視線をあげる。
「残念だったな」
大剣を肩に担いだライラが、そう言いながら凄みを効かせて立っていた。
「お前は天界人か?」
同じ世界の人間はなんとなくわかる。男は同じ天界人を見つけ少しだけ気分が落ち着いた。
――が、それもほんのわずかな時間のこと。
「悪いが、オレはオレなんでな。貴様の期待には添えないぜ」
担いでいた大剣を男に向け、ライラは冷静に男を捉える。
「なんのつもりだ!」
「誰に言われてここへきたかは知らねえが、オレはオレの判断で動くことに決めた。上の奴らにそう伝えておけ」
ライラはそれだけ言うと大剣を男に向け迷うことなく振り下ろした。
白く眩い光があたりを包み、光が今までここにいたはずの男を連れ去った。
世界の掟。
自分の世界以外で不自然に命を落とした者は、自分の世界に戻される。
これが天界と地界に共通するシステム。
自世界に戻された者は無傷とはいかないが、的確な治療を受けられれば命を落とすことはない。そして一度戻された者は耳に刻印を刻まれ二度と他の世界に行くことができなくなる。
それが2世界に共通する絶対の決まりであり、違えることができない絶対の掟。
ただし、世界を行き来することができるのも、他世界を知っているのも天界人と地界人のみであり、間界の者は誰一人として他に世界があることを知らない。
ひと仕事終えたライラは大剣を地面につきさし、ゼノの元へと向かう。
「やっと捕まえたぞ、この悪がき」
地面に座り込んだゼノの元に、顔がよく見えるようにしゃがみこんだライラは、意地の悪い笑みを見せながらゼノの長髪を掴む。
掴まれたゼノはムスッと頬を膨らませはするが、それを払いのける力も逃げる力も残っていないのか、大人しくしている。
「ライラ、怪我人なんですから、イジメるならあとにしてください」
地界より持参してきた傷薬を探して、ゼノの手当てをしていたイズがしっかりと釘をさす。
ケガ人相手に暴力を振るうようなことは許さないと。
足を掠めた銃弾の痕も大したことなく、イズは菌が入らないようにだけ注意し、水で洗い流して軽く布を巻く。
それを横目に見ながら、ライラは吐き捨てるように返事を返す。
「怪我人には手ださねぇよ」
「そうしてください。ゼノ、ほかにどこか痛むところはありませんか?」
弾丸が掠めた足を手当てしながらイズが優しく尋ねた。
腕と足以外にとくに痛いとところもなく、ゼノは首を振る。しかし疲労が酷く、ゼノは少しだけぼ~としながら、二人から視線を逸らした。
立ち上がることも、悪口を言う元気もない、無口なゼノにライラは軽く髪を引く。
「……ったく、あんな奴に命乞いなんてしてんじゃねぇ~よ」
掴んでいる黒髪をさらにひっぱりながらライラはぼやく。
「ぶぅぅ~~」
「ボクたちが来なかったら、本当に撃たれるつもりだったんですか?」
強大な力を持っているはずなのに、ゼノは本当にあのままなにもしないつもりだったのかと、イズは素直な疑問を聞く。
その力があればどうとでもできたのではないのか、それなのに助けを求めていた。
力を見せない理由があるとするなら、知りたいと思う。
「だってあの人、助けてって言ったのに、全然聞いてくれないんだもん」
つまり、命乞いをしたけどダメだったから、素直に撃たれるしかなかったのだと言った。
むくれたゼノは、怪我してて逃げられなかったのだと拗ねた。
「ちょっといいですか、ゼノ?」
「なに?」
「戦ったり、抵抗はしないんですか?」
始めから見逃してもらうことと逃げることを最優先に選んでいたゼノに、イズが疑問を控えめに問いかけた。
戦うと問われ、ゼノの顔が暗く曇る。
「僕は戦わないよ!」
ものすごい剣幕で、噛み付くように大声をあげたゼノは、真剣な眼差しでイズを睨む。
その瞳は絶対の拒絶を意味する色。
「ゼノ……」
「僕は戦いも血も大っ嫌いだもん」
力強く言い放たれた台詞は、ゼノらしくない怒声だった。
いつもの無邪気な笑顔と危機感のまるでない顔と声とは、明らかに異なる別の一面。
―― 一体世界はなにを生んだ? ――
そして、ライラとイズは同時に同じ疑問を心に抱く。
「お前は強大な力を持っているんじゃないのか?!」
「へっ? なんで?」
ライラの問いかけになんとも腑抜けた返事が返ってきた。
できればその問いかけをそのままお返ししたいくらいに、妙な回答だった。
「世界から生まれたんですよね、ゼノは」
もう一度確かめるようにイズが聞きなおす。
「そうだよ」
ゼノは正直に答える。そこは間違っていない。
なら、天界と地界が感じとったあの力は現在どこにあるのか?
こんなこと言ったら失礼かもしれないが、ゼノから強大な力を感じたことなどただの一度もなかった、それは今更、本当に今更なこと。




