【外伝】(62話)
そもそも森から出られないといったところに嘘があった。それを踏まえると全てが罠だという可能性がないわけではない。
世界が生んだ者であるゼノの本当の存在、そして目的、何一つとして解明されていない。
しかも本当にこいつは世界が生んだ者なのか? それですら偽りにさえ思えてきていた。
ライラは表情を崩さずに質問を続け、鋭利に細めた眼からじっとゼノだけを見ていた。
「地図だよ。ライたんが見てた地図をこっそり覗いちゃったの」
黙って地図を見てしまったことに罪悪感があるのか、ゼノはごめんなさいともいうように声を小さくしてライラに軽く頭を下げてみせた。
「地図?」
「ほんとごめんなさい。本当は貸してっていうつもりだったんだけど、ライたん怖いし、僕には絶対に貸してくれないと思ったから、黙って借りちゃったの」
泣きそうな声でゼノはごめんなさいと謝りながら、ポケットからボロボロになってしまった地図を、ヒラヒラと木の上からライラに返した。
地図には昨日ライラが書き記した跡がいくつもあり、それは確かにライラの持ち物である。
ゼノの言葉に嘘はない。いや、正直に言えば今までゼノが口にした全ての言葉から嘘、偽りを感じたことなど一度もなかった。
美味しそうな果物がなっていると指し示した場所には、果実があった。湧き水が出ていると言った場所にも、ちゃんと湧き水がでていた。足場が崩れているから気を付けて、と忠告した場所もまた危険な場所であった。
だからこそ今、この場で怪我を必死に隠そうとする嘘には違和感を感じる。
嘘をついているとわかる。
はっきり言って、ゼノはまっすぐで怖いくらい素直なのだ。例えるならそれは子供、思ったことを口にし、妙なところで意地をはり、悪いことをしたら謝る。まさにお子様そのもの。
昨夜から騙されている、何かに仕組まれていると思い込んでいたライラは、ここにきて言葉を失う。
本当にイズを助けるためだけにあの距離を移動したと考えられる行動に、ライラの胸に自然と自分でも気がつかない熱が宿る。
正義も悪もない、自分が思ったままに行動するゼノ。
証拠も手がかりもないまま、ただ天界の敵だと認識し、ライラはゼノを始末することだけを考えていたが、それ事態に悪意などなかった。
都合よく言葉にするとすればそれは『任務』とでもいうのだろうか? 仕事としてしかゼノを見ていなかった。
だったら、個人としてはどうなのか? ライラはふとそんなことを考え始めた。
「イズたん、もう大丈夫?」
木の上にしゃがんだまま、ゼノは心配そうにイズに声をかける。
「……えっ、あ、はい。もう大丈夫みたいですよ」
突然話を振られてイズがしどろもどろになりながらも答えた。
よく事情はわかっていなかったのだが。
「よかった。んとね、嫌いなものは食べなくてもいいけど、ちゃんと食べないとダメだよ」
「これ全部ですか?」
「うん。ちゃんと食べないと元気になれないからね」
イズが元気になったことが嬉しいのか、ゼノはピョンと跳ねるように立ち上がった。
「っと、……危ないなぁ」
立ち上がったあと、めずらしくゼノがバランスを崩す。
いつもならそんなこと絶対になかったのに、片足を踏み外したのだ。
なんとかバランスをとり、落下はしなかったがフラフラとしているのが見て取れる。
「おい!」
たぶん怪我と疲労が原因だと知り、ライラが声をかけたのだが、
「無理しちゃダメだよ。おだいじにね」
明るい声で手を振ると、ゼノは森の中へとあっというまに姿を消してしまった。
気配は一瞬で消え去る。
あとを追いたくても追えなくなった。
逃げ足が速すぎる。
「ライラ、血が……」
ほんの数秒前までゼノがいた木の下に移動したイズが、地面に残された血痕を見つけ手にした。
必死に隠していたようだが、滴り落ちる血はしっかりと地面に残されていた。
「……のバカ」
「あの布の巻き方からして、ちゃんと止血の方法もわかっていないみたいでしたし、たぶんただ巻いただけですね」
応急処置にもならない布の使い方に、ライラとイズは静かに唇をきつく噛み締めた。
傷薬なんかも使っていないだろうことがわかるからこそ、二人は言葉にはできない不安が募る。
「あいつには血も流れている。世界が生んだのは人そのものってことなのか」
化け物でも未知の生物でもない、ゼノはどっからどうみても人間と変わりがなかった。
自分たちとなにも変わらない――人間。
手足があって、言葉を話し、ものを食べ、喜怒哀楽の感情もある。
人間と違うところなどない。だた違うとすればもっている力のみ。
「だとすれば、死もありえるってことなんでしょうか?」
イズも同じことを考え、ふと浮かんだことを口にした。
もし出血のせいでフラフラとしていたとすれば、それはありえないことではない。
つまり、怪我や病気で死なないという保障はないのかもしれないと。
「人間と同じだというなら、それもあり得るってことか」
「だとしたら、早く手当てしないと手遅れになりますよ!」
突然イズが叫びにもにた声をあげた。
命の恩人だとか、助けてもらったお礼とか、自分の目的のためとかじゃなく、純粋に助けたいと願った言葉。
「簡単に見つかるようなら苦労はない」
「……」
ライラに言われ、イズはゼノの行方に言葉が詰まった。
どれほど探し回っても見つけることができなかったゼノを、今すぐに見つけることなど不可能。
イズは次に続く言葉が見つからず、じっと地面に残された血痕を睨んだ。




