【外伝】(61話)
それでもあの時なんの迷いもなく薬を与えたのは、それが毒ではないと直感したから。
敵だと認識しながらも心のどこかでそれを認められない何かがある。ライラは自分でも理解できない感情に戸惑いながら、ゼノの考えがまったく分からないまま薬の紙袋を手にとった。
「なんだ?」
さっきまでは気づかなかったが、紙袋にシミのようなものがついている。
紙袋を持ち上げ、ライラは焚き火の近くに寄せ明かりに照らす。
シミは一見ただの黒いシミに見えたが、その匂いが血であることを知らせた。
「血だと……、まさか怪我してんのか」
わずかについた血痕のあとにライラの表情はさらに険しくなった。
人が入れないほどの深い森、整備されているわけでも、道があるわけでもない、ひと月ほど森にいるが、まともに走れる場所なんかありはしない。
折れた木は無残に転がり、茨も蔦も覆い茂る中、全力疾走なんかしたら惨事は目に見えてわかる。
「バカか……」
そこまでして助ける意味がどこにある。
裏がないとはどうしても考えられず、ライラは裏に隠される真実に恐怖を抱かずにはいられなかった。
世界の目的はなんだ――と。
チュン チュン
小さな鳥の声とともに森に朝が訪れる。
「おはようございます」
顔の赤みもひけ、呼吸も正常、イズは目を覚ますとライラに朝の挨拶をした。
「気分はどうだ?」
「なんかすっかりいいみたいなんですけど……」
自分がすっかり治っていることに、疑問を抱きながらイズはそう返す。
昨日まで呼吸をするのも苦しかったはずなのに、今朝になったら熱がひけ、体調もいい。
「どうやら薬が効いたみたいだな」
小さな紙袋を持ち上げてライラがイズにそれを投げた。
「薬? どうしたんですかこれ?」
「ゼノだ」
「えっ?」
意外な人物の名前にイズが声をあげる。
そしてライラが次に口を開こうとしたその時、
ドスン
木の上からまたものが降ってきた。
「逃げるなっ!」
ものが落とされるのと同時にライラは大声でそう叫んだ。
気配が止まる。
姿は確認できないが確かに気配は感じる。
何を言われたのかまったくわからないイズはただ呆然と立つ。
一方ライラは立ち上がり、気配のある木の上に視線を向け、じっと睨んで逃げる隙を与えないよう気を張り巡らせた。
木の上から落とされた荷物は大きな布で包まれていたが、落下の衝撃で中身が広がった。
「食料?」
なにげなく言ったイズの言葉どおり、包みの中身は肉、野菜、果物、お菓子……と様々な食べ物が詰め込まれていた。
しかも、どう考えても森で取れるものじゃない。つまりゼノはまた町まで足を運んだことになる。時間的に考えて、薬を届けたあとすぐに向かっただろうことが予想されるが。
「出て来い」
ライラは短く命令した。
「エヘヘ……、ライたんは怖いなぁ」
正体がバレちゃったらしかたがないとでもいうように、ゼノはいつものように木の上に姿を見せた。
相変わらずの声と顔で。
姿を現したゼノを見つけ、ライラは一瞬怪訝な顔つきに変わる。
右腕に粗雑に巻かれた白い布に赤いにじみが見え、ボロボロになった服を目にしてしまったから。
そのうえまだ傷口が塞がっていないのか、木の上から一滴血が落ちるのが目に留まる。
それに気づいたのか、ゼノは慌てて右腕を木の陰に隠す。
「怪我してるな」
遠まわしないい方はしない。ライラはそのままを口にする。
だが、返ってきたのは
「してないよ」
左腕を高くあげて、ガッツポーズをしながらにっこりと笑った笑顔だった。
ライラにしてみれば、怪我を隠す必要も強がる必要も、ましてオレたちを助ける義理もない。
だがゼノは怪我を必死に隠し、助けたことも隠す。
「目的を言え」
「目的って?」
「なんのつもりでこれをもってきたかってことだ」
足元にある食べ物を含め、ライラはゼノ=世界の目的が知りたかった。
一体なんのためにここまでするのか。
「病気の時はね、栄養つけないとダメなんだよ。そうしないと早く治らないんだって」
悩む様子も裏がある様子もなく、ゼノは普通にいつもと変わらない口調で返事を返した。
「オレたちは敵だ。なぜ助ける」
「病気の人を助けちゃいけないって決まりなんかないよ」
「決まりだと」
「誰だって具合が悪い人には早く元気になってほしいって思うでしょう。それに僕、ライたんもイズたんも嫌いじゃないもん」
太い枝の上でしゃがんだゼノはさらににっこりと微笑んだ。
当然ライラはそれだけでは納得がいかない。
ボランティアにしてはやりすぎなのだ。十数時間もかかりそうな町まで2度も往復するような信じられない奉仕を、ボロボロになってまでする意味があるのか。
「ゼノ、お前は町を知らないといったな、なぜ町に行けた?」




