【外伝】(60話)
「ゼノ、てめぇ」
「それにしても、いいなぁ、二人とも楽しそうで」
のほほ~んとした声とともに、ゼノが木の上でうっとりとため息を吐く。
「いい加減おりてきたらどうだ」
鋭い視線を向け、ライラは静かに毎度同じ事を繰り返す。
幾度となく言っただろう同じ台詞を。
「なんだかライたんとイズたんって、新婚さんみたいだね。ラブラブ~~」
両頬に両手をおいて、ゼノがうらやましそうに見下ろす。
もちろん言われた本人たちは冗談じゃない。
「てめぇ、いい加減なことぬかしてんじゃねぇぞ! いいからおりて来い!」
「ボクは全然怒ってませんから、おりてきませんか」
怒り爆発のライラと目が全然笑っていない笑顔のイズ。
二人はずっとこんな感じでゼノに振り回されっぱなし。
あるときは、ライラの髪をみて「剣山みたいだね、お花挿したら可愛いかも?」とか言いつつピンクの花をちゃっかり活けてみたり、イズにも「リボンとかしたらにあうよぉぉ」とか、「女の子みたい」とか、とにかく一言どころではなく、二言も三言もよけいなことばかり言っては逃げるのだ。
何がしたい、目的はなんだ。はじめはいろいろと検索もしたが、それももうどうでもいい。
いつしか、暗黙の了解で二人は一致団結で『ぶっ飛ばす協定』を結んでいた。
フツフツと湧き上がる怒りのオーラ全開の二人に、ゼノは木の上で立ち上がり、逃げる準備開始。
だがここでイズがすごい音を立てて後ろに倒れた。
「おいイズ!」
もろに頭を打ちつけ、そのまま本当にぶっ倒れてしまったイズに、ライラが大声をあげた。
倒れたイズからの返事はない。
聞こえてくるのは荒い呼吸のみ。
ライラは急いで湧き水でタオルを冷やし、イズを抱き起こして顔にのせる。
少しでも熱を引かせるために。
しばらくしてイズの呼吸が落ち着くと、ライラはその場に静かに寝かせ、地図を引っ張り出した。
正確な位置は正直まったくわからないが、だいたいの場所くらいならおよその見当くらいはつく。
ライラは不慣れな手つきで地図とその位置と距離を測る道具を手を置き、なんとか自分たちの現在の居場所を検索する。
早くイズを医者に診せないと大変なことになる。
日が昇る前から具合が悪かったイズの熱は、朝よりももっと高くなっていた。
素直に具合が悪いと言えばよかったのに、イズは大した事ないと振舞っていたことを、ライラは今更ながら後悔した。
病気の知識なんてまったくないライラだったが、高熱で意識が飛ぶほどに危ない状態だということはだけはわかる。
今、心の内にあるのは『助ける』その思いだけだ。
「おそらくこのあたりか……」
森を流れる小川や滝の位置関係からなんとか居場所を探りあてたライラであったが、森は思った以上に深い。
「1番近い町でもここか。……チッ」
森の外にあるだろう1番近い町を探すが、それでもおそらく約100キロ近くはある。
イズを背負って歩いたとして、どれほどかかるか。しかも移動中のイズの負担は計り知れない。今は湧き水があるおかげで熱を少しでも抑えることができているが、ここを離れれば高熱を下げる手段はない。かとってイズをここに放置して行くわけにもいかない。
ライラは広げた地図に拳を叩きつけて、奥歯を噛み締めた。
いつのまにか姿を消していたゼノの存在など忘れて。
日が暮れ、風が冷たくなってもイズの意識は回復しなかった。
相変わらず荒い呼吸を繰り返し、時折冷たいタオルにほっと顔を和ませるくらいで、意識は戻らない。
ライラはつきっきりで看病していた。
トスン
それはなんの前触れもなく、横たわるイズのすぐ傍に降ってきた。
傍についていたライラが落ちてきたものを手に取れば、それは小さな紙袋であり、袋には薬の文字が印刷されていた。
「?!」
ライラは驚きとともに木の上へと視線を走らせた。
だが、木の上に気配はない。立ち上がって周囲の気配も探ってはみたが、やはりどこにもすでに気配など感じない。
それでも薬を届けただろう犯人は一人しか思いつかない。
だからなのか、ライラは迷うことなくその薬をイズに飲ませた。
「頑張れよイズ」
小さく呟いたライラはなるべくあたたかくしてやり、自分も傍に座った。
完全に日がおち、森は夜の沈黙となり、パチパチという焚き火の音だけがやけに響いて聞こえる。
イズの身体を冷やすわけにはいかないと、ライラは焚き火に薪を焼べ続けた。
宙に舞う赤い火の粉を眺めながら、ライラはどこか遠くに視線を向けていた。
「あの時間で町まで行って帰ってきたってのか」
どう考えても数時間程度では行けない距離だった。それを可能にした。
薬を取りに行ってきただろうあいつに対して、ライラは深く考え込む。
誰もいないこの森の中で、イズが病気であることを知っていたのはただ一人。
『ゼノ=クロノム』
薬は当然ゼノが取りに行ってきたことは間違いない。
だが、あの距離をあの短時間でこなした事実は素直に驚くだけでなく、恐怖さえ覚える。
しかも
「あいつ……森の抜け方知らなかったんじゃなかったのか」
疑問は尽きることがない。
ゼノは森を抜けるために道を探していると言った。そんな奴がどうして町にいける?
やはりこの森になにかある?
ここを離れられない本当の理由。
ライラは険しい表情でただ焚き火をじっと見つめる。
そして1番不可解なことは薬だ。
どう考えてもオレたちは敵だ。敵を助ける必要などどこにある。




