【外伝】(57話)
世界が生んだ者の名前を隠したところで、得などないだろうと、金髪は軽くため息を吐く。本当に知らないみたいだと、苦笑を交えて肩を落とす。
そして、
「ボクはイズ=ファートスといいます」
金髪が唐突に自己紹介し、手を差し出す。
間違いなくその手は握手を求める手。
「何のマネだ」
「自己紹介ですよ。まさかボクのこと『お前』とか『貴様』なんて呼ぶつもりじゃないですよね」
名前があるのだから名前で呼んでほしいと、イズと名乗った男が冷ややかに言う。
しかし大男はここに長居するつもりなどなく、とっとと用を済ませて天界へ戻るつもりであり、名前など聞いたところで無意味だと嫌な顔を見せる。
「勝手にしろ」
結局それだけ言うと大男はその場を後にした。
逃がしたあの男を捜すために。
ところがイズがずっと後ろをついてくる。隠れる様子も警戒する様子もなく、自然に普通に大男の真後ろをついて歩く。
さすがに気にするなというほうが無理であり、大男は不意に足を止めた。
「ライラだ。ライラ=トーズ」
自分の名前が知りたくて、ずっとしつこくついてくるのかと思った大男は、しかたなく名前を名乗った。
「それじゃぁライラさんでいいですか?」
「好きにしろ」
関わるのはごめんだとライラは軽くあしらう。
「イズたんとライたんっていうんだ」
「?!」
「誰です?」
二人の声とは違う声が頭上から響き、ライラとイズは同時に上を見上げた。
逆光が眩しい木の上、長い黒い髪をなびかせてあの男、ゼノが無邪気に笑っていた。
ライラは瞬時に武器を構える。
「僕はゼノだよ。ゼノ=クロノムっていう名前」
高い木の上から元気一杯に黒髪の男は自分の名前を自ら名乗った。
それを聞いたイズはにっこりと笑みを返しながら、
「ではゼノ。ボクと一緒にきませんか?」
片手を差し出しながら丁重にお誘い。
差し出された手は眩しい太陽へと伸ばされるように輝く。
しかし返ってきた言葉はたったの二文字。
「やだ」
「悩む時間もなしですか……」
「だって、ライたんが僕を切ろうとしてるもん」
怒ったような、拗ねたような態度を見せ、ゼノは武器を構えるライラを高い木の上からじっと見つめた。
隙があれば切る。
そんな殺気を放っているライラに、ゼノはいつでも逃げられるように木の上から動かない。
「ライラさん、すみませんが武器しまっていただけませんか?」
それを見かねたイズが申し訳なさそうにライラに横から声をかけた。
「お前の指図は受けない」
「だから、ボクはイズですってさっき言いましたよね」
自分のことを『お前』と呼ばれ、イズは低いトーンで不機嫌に返答した。
なぜイズがこんなにも名前にこだわるのかはわからないが、機嫌がとても悪くなったのは雰囲気でわかる。
だからといってライラはそれを訂正する気などない。
今はゼノを始末することで頭がいっぱいなのだから。
「ゼノといったな、いつまでそこにいるつもりだ」
大剣をしっかりと手に握り、ライラは鋭い眼でゼノを捉える。
「この森を出るまでだよ」
「森を出る?」
「どこにいっても同じ景色で、全然ここから出れないんだもん」
辺りを見回しながらゼノは大きなため息をつく。
まだ人の手が入っていない深い森。動物たちだけが幸せに暮らす奥深い森は確かに抜けるのは容易ではないだろう。
そこでイズはあることを思う。
「もしかして、ゼノの気配がこの森から動かなかったのって、ただ迷子になっていただけですか?!」
イズが問いかけたように、ゼノはこの世界に生まれてからずっとこの森にいる。
間界に来る前からイズが不審に思っていたうちの一つ。
なぜ世界が生んだものはこの森を離れないのか? 気配が森から離れる気配がまったくなかったのだ。
そしてその悩みの種は、呆れる結果をもたらす。
「だって、どこに行っても木ばっかりで、なぁ~んにもないんだもん」
あたりを見回しながら、半ば途方にくれたようにゼノは疲労感を含ませてそれを口にした。
「本当に迷っているだけだったんですか?」
「うん」
明るく元気よく返事を返されて、イズは微妙に頭痛を覚える。
この森になんらかの目的があり、世界はここにこの者を生んだのだと考えていたことが、全て無意味だった。
それは同時にライラにも動揺と驚きを与えていた。
【天界】
突如天界に現れた化け物に人々が襲われ、天界は恐怖という言葉に満ちた。
それからまもなく、預言者または賢者と呼ばれる者たちが強大な力を感じとり、世界の存在を確認した。
世界と同じ流れをもつなにかが生まれたと……
「世界が何かを生み出して、それが突然現れた化け物どもと、関係があるってのはわかるけどよ。なんでお前が行くんだよライ」
納得したようなしないような曖昧な言葉を並べながら、古い付き合いの友人レックはライラに問う。
「正体不明じゃ、手の打ちようがないってことだろう」
大剣を丁寧に手入れしながら、ライラは椅子の背もたれを前にして座っているレックに言葉を返す。




