【外伝】(56話)
この世界は、
天界、間界、地界の3世界から成り、ハクコクジュという核が世界を創った。
そして今、
世界を創造したハクコクジュが、間界に一人の男を生んだ。
その名は『ゼノ=クロノム』
「お母さんが見つかるまで一緒にいてあげるね」
大木の根元に座る、長い髪を一つに束ねた黒髪の男は、隣で丸まっている子狐にそう声をかけた。
森で迷子になっていた子狐を拾い、男は子狐のお母さんが探しに来てくれるのを一緒に待っていた。
新緑の綺麗な森は、鳥の鳴き声が響き、清々しい風がとおり、小さな小川が流れ、人がはいってくるには深すぎる自然豊かな場所。
ザック、ザック……
動物たち以外誰もいないはずの森で不自然な足音が聞こえた。
「人?」
黒髪の男は身を潜めながら足音に耳を澄ます。
足音は確かに確実にこっちに向かってきている。
「キュー」
「あっ、子狐たん」
足音が近づき、隣で寝ていた子狐が突然起き上がったかと思うとどこかへ走り出した。
急いで後を追いかけようとしたが、その先に狐の親子の姿が見え、男はそこで足を止めた。
「お母さん迎えに来てくれたんだ」
こっちを向いて、まるでお辞儀をしているかのように頭を下げた狐の親子に、男はにっこりと笑って、森の奥へ姿を消す親子を静かに見送る。
無事にお母さんに会えた子狐に安心し、男はほっと肩の力を抜いたが、次の瞬間その笑顔が消えた。
「貴様だな」
誰もいないはずの背後から声をかけられた。
その声に男はゆっくりと振り向くと、茶髪の30歳前後にみえる大男が無表情で立っていた。
手には大剣を持ち、軽々とそれを肩に乗せている。
「……誰?」
「お前が世界が生んだものか?」
無表情のまま大男がそう問いかける。問われた黒髪の男は一瞬だけ困った顔をしたがすぐに返事を返す。
「そうだよ。僕はハクコクジュから生まれた」
隠すことも、偽ることもなく男は真実を述べた。
そう、この男こそが世界が生んだもの『ゼノ=クロノム』。
「そうか……なら」
シュン
大男はゼノの返答にいきなり大剣を振り下ろした。
なにが起こったのかわからないまま、ゼノは間一髪でその攻撃をかわす。
「いきなりなにすんの! 危ないなぁ~、あたったらどうするの」
攻撃をギリギリでかわしたゼノは緊張感のない台詞を口にしながら、危なかったと息を吐く。
だが大剣を振り下ろした大男は再び大剣を構えなおす。
「個人的に怨みはないが、お前にはここで死んでもらう」
そう口にした大男がゼノに向かって今度は外さないと、大剣をゼノに向けて再度振り下ろした。
一発で仕留める、そう力を入れて一片の迷いもなく大剣は振り下ろされる。
ガッシャン
だが、振り下ろした大剣は耳に付く金属音で遮られた。
遮ったのは長く細い槍。しかもそれはゼノが手にしたわけではなく、明らかに誰かに邪魔をされたことを意味していた。
「誰だ……」
まさか世界が生んだ者は一人ではなかったのかと、大男は訝しげに邪魔をした者を視界に捉える。
鬱蒼とした森の、しかもかなり奥深くまで入り込んでくる者などそうそういるはずがないと、大男は大剣をしっかりと構えなおした。いつ攻撃されてもいいように。
相手も槍を構えたまま、大男と対峙する。
華奢な体格で、見た目は優男の金髪美人。自分の身長よりも長い槍を使いこなす青年は、琥珀色の瞳で大男に牙をむく。
「そちらの事情は知りませんが、この方を殺されると困るんです、ボクが」
綺麗に笑った金髪の青年は、槍を再度持ち直して世界が生んだ者を守ると口にした。
話の内容からして、仲間ではないと判断した大男はその正体を掴む。
「地界人か」
「そういうあなたは天界の方ですよね」
互いは別の世界から来た者だと知った。
「オレの目的は抹殺だ。邪魔をするならお前も切る」
射貫くような視線とともに、大男は大剣を金髪の青年に向けて、妨害するつもりなら一緒に始末するまでだと言い放った。
「それなら仕方ありませんね」
「相手になってやる」
両者はそれぞれの目的のために武器を構え、互いの出方を見極めていたのだが、ここで大男が突然武器を下げた。
降参した訳でも、諦めた訳でもなく、大男は小さく舌打ちをする。
「おい、武器を引け」
金髪の青年から視線を逸らして、大男は唐突に森を見回す。
「諦めた、……という訳ではないようですね」
「あいつがいない」
「……逃げられましたね」
ついさっきまで、金髪の背後にいたはずのゼノの姿が消えていた。目的の者を失い、大男は苦虫をかみ砕いたような表情を浮かべると、戦闘態勢を崩した。
あいつがここにいないなら、ここで金髪とやり合っても無意味なことだと考えての事。
無駄な体力も意味の成さない殺生もするつもりなどないと、大男はゼノを探すべく武器をしまい森へと足を向ける。
「ひとつお聞きしてもいいですか?」
「オレに答える義務はない」
「冷たいですね。ボクが聞きたいのは、あの男の名前なんですが……」
「名前だと」
「ええ、名前がわからないと呼べませんから」
ニコリと微笑んだ金髪は、世界が生んだ者の名前を呼んで呼び出してみるのだと言った。
どこの世界に狙われている奴が、名前を呼ばれて出てくるというのか、大男は冷たく見る。
しかし、金髪は至って真剣にそれを実行しようとしている。
「知らねえな」
そんなもの聞いたところで、始末することは変わらない。だったら名前などどうでもいいと大男は冷たく返した。




