ステージ7『真理』(54話)
明らかに不機嫌な表情でローレイはライラを見上げたが、ライラの視線はローレイではなく洗濯されていた布団に釘付けになっていた。真っ赤に染められた赤い血。どう考えても昨日の治療の時についただけの量ではない。
「ばあさんそれ」
「ああ、黒髪の血じゃよ」
バレてしまったらわざわざ隠す必要もない。ごまかすこともせずローレイは素直に告げた。
「治療は終わったんじゃねぇのか」
「おまえさんたちが朝から暴れるから、傷口が開いたんじゃ。とても起き上がれる状態ではないのに無理やり身体を動かしたりするからこうなるんじゃ」
すでに怒る気力もなく、ローレイはライラをそのままに洗濯を開始。ライラは自分の髪をクシャリと潰すように掴み、自分の愚かさに苛立つ。普通に起き上がって、いつものように減らず口を叩き、イズに泣きつく。普段となにも変わらなかったゼノの行動に、不審感も抱かず自分は何をしていたのかと。
冷静に考えれば、あれほどの傷が数時間で完治するわけなどないはずなのに。
「あのバカ……」
「そう思うなら、あやつをおとなしくさせておけ」
「あいつは暴れてるのか?」
「そうではない。お前さんと金髪の前では心配かけまいと無茶しおる」
今はおとなしくしていると言ってから、ローレイは優しいんだか、馬鹿なんだかわからないゼノを刺激するなと忠告する。いっそのこと運び込まれてきた時のように、痛いと泣き叫んでくれたほうがよほど楽だとローレイは思っていた。無駄に隠そうとするから治療が遅れ、的確な判断ができなくなる。
「……ぶなのか」
赤く染まる水を眺めながら、ライラはボソリと何かを口にしたが、ローレイにはそれが聞き取れず、「なんじゃ、言いたいことがあるならはっきり言葉にせんか」再度問い直す。
「ゼノは大丈夫なのか」
「医者のわしからいえるのは一命はとりとめた。これだけじゃ。あとは無責任と言われようが患者しだいじゃ」
医者としてできることはする、だが結局あと頑張るのはゼノ次第なのだ。ここでライラは、ふとゼノがハクコクジュから生まれた者だと思い出した。あまりにも世界というものからかけ離れているゼノの存在をすっかり忘れていたが、ライラはそれを思い出し小さく舌打ちをした。
(ハクコクジュはゼノを救ってくれねぇのか)
出会った頃に考えたことのある仮説は間違っていない。ゼノの代わりはいくらでもいるのかもしれないと、自分の考えに確信を持つ。もしかしたらゼノが消えれば、また新たな誰かをこの世界に生むつもりかもしれない。
青くどこまでも広がる空を見上げ、ライラは見えぬ相手に届かぬ憎しみを抱く。だから声がするまでイズの気配に気づけなかった。
「……血」
思ったよりも早く買出しから帰ってきたイズは、ローレイを探してここへきたのだが、赤い水が流れるのを見てしまった。
「約束がだいなしじゃな」
ライラとイズに見つかってしまっては、ゼノとした約束が無駄になってしまったとローレイは手を動かしながらやれやれと肩をおとす。しかもまだ敷布団しか手をつけておらず、掛け布団についた血は鮮明に残っている。
「ゼノの血……」
「待てイズ!」
血を目の当たりにし、イズが駆け出したがライラがいち早くその腕を掴んだ。
「離してくださいライラ、ゼノが!」
「だから待てっていってんだっ」
「どうしてですかっ!」
強引に掴まれた腕を振り払い、ゼノの元へ向かおうとするイズだったが、ライラは痕が残るほどに強く腕を掴みイズを引きとめた。
「オレたちが行けばゼノは悪ふざけをする。お前はあいつの傷をまた開かせたいのか」
また、そう口にしたライラの台詞から傷が開いたことがわかった。だからこんなにも血がついていた。もしもまた傷口が開くようなことがあれば、確実に命の保障などなくなる。
イズは泣きたいほどに唇を噛み締め、腕の力を抜いた。自分たちに心配をさせないように振舞って、いつも通りだと疑わせなかったゼノ。
普段嘘などほとんどつかないはずなのに、自分の事になると嘘しかつかない。イズはいつもそれを見抜けない自分が悲しくて、悔しくて俯いた。
「……ほんと……呆れるくらいバカですよ……」
風に乗せるようにイズはそう、小声で言葉を漏らす。
そして、ギュッと掴んでいたイズの腕をライラは静かに離し、ローレイが洗濯している布団を自分も洗い始めた。
絶対安静をローレイに言い渡されてから2週間。
「まったく信じられん」
朝一番、ローレイは驚きと不思議と不可解さを同時に味わっていた。それはゼノの異常なまでの回復力。傷口が塞がるのは当然といえば当然なのだが、縫い目まで消えかけていたのだ。普通、縫い目は消えることなどない。年数を重ねれば多少は目立たなくなりはするが、ゼノの場合縫い糸が消えかけていた。
「やっぱり僕、丈夫なんだね」
驚きを隠せないローレイにゼノはにこやかに笑う。




