ステージ6『深淵』(37話)
もしも封印ができなくなれば、きっと自分は消えてしまうと、ゼノという人物が消滅すると分かっている。だからこそ力を解放することを恐れ、ずっと秘密にし、力を解放しないようにしている。力に飲み込まれてしまえば、本来の目的が成し遂げられないと、ゼノなりにちゃんと理解しているからだ。
わずかな時間の解放ならばそれほど影響はでないが、白髪化が進めば進むほど戻れなくなると知っている。そのまま消滅へと向かうことも。
「……お母さん、ごめんなさい」
それは何へ対しての謝罪かは分からなかったが、ゼノは母であるハクコクジュに心から謝った。
異なる二人のゼノだが、共通するのは血を嫌うこと。そして、力の解放が長引くにつれ、残忍さと冷酷さを増していき、慈悲の心が消えていく。それを承知の上で、ゼノは封印を解いた。ロイルがしたことが何に代えても許せなかったからだ。
誰にも見せたことのない、残忍な姿を曝したのは、それほどまでにゼノの怒りに触れたから。許すことなど到底できず、ゼノは永久に終わらない苦痛をロイルに与えた。
亡くなった人たちが蘇ることなどなくとも、ゼノなりの弔いであり、抑えられなかった怒りの結末となった。
「許すことなんて、絶対にできないよ」
自らの手を汚してまで下した制裁に、ゼノは自分の手を眺めながら、唇を噛む。誰かを手にかけるなんて、僕らしくないと、ギュッと拳を作る。
奪うことを、傷つけることを拒否して否定する自分なのに、らしくなかったと思う反面、力を解放させるほど許せることじゃなかったとも思った。
「僕だって、怒るときは怒るんだから」
ムスッと頬を膨らませたゼノは、「世界の檻で、永久の罰を受ければいいんだ」と、もうここにはいないロイルに向かい、そう小さく声を出した。
無邪気なゼノも残忍なゼノも、どちらも同じゼノであり、例え力を解放せずともその姿は存在していると分かっている。けれど、力を解放した方が冷酷な人格に変わりやすいかもと、ゼノは乾いた笑いを浮かべた。
解放される力が溢れ、満ちていくと、感情が冷めて、なぜか冷静になれると、ゼノは自分のことなのに、全然わからないと苦笑してみせた。
わがままで好奇心旺盛なのが自分らしいと、それもちゃんとわかっているからこそ、ゼノは暗く苦しい気持ちを胸にしまい、ゆっくりと立ち上がった。
「ああ──っ! こんなことしてる場合じゃなかったぁ~」
軽く土を払って立ち上がると、ゼノは何かを思い出したように、感傷に浸っている場合ではなかったと、急いで森へ駆け出す。
瀕死状態のライラとイズを放っておいたら、本当に死んでしまうと思い出した。
ここから一番近い人の住む村か町を探さないといけないと、ゼノは苔や草や蔦が茂る森を駆けるが、どうも思うように進めず、ゼノはむくれる。
「ああ~、もうっ! 全然進めないよぉぉ~。てかどこに行けばいいのぉぉ」
事は一刻を争うと言うのに、森は深く、おまけに人の住む村か町の場所もわからない。
いくら足が速くても、この状況では迷子であり、二人を助けられないとゼノはさらにむくれる。
そして、ゼノは深呼吸するように両手を左右に広げて、静かに瞳を閉じた。
「世界よ、教えて。僕を大切な二人を守る場所へ導いてっ」
声は地に響き、空に届き、風に乗った。
ゼノが目を開いた時、森の木々が揺れた。それは不自然に吹く風なのか、森が導いているのか、とある場所が枝を揺らし、葉音をさせ、草が道を開く。
「案内よろしくね」
誰に言ったのか、ゼノは嬉しそうにそう声を出すと、導かれるように木々が騒めく方へと全力で駆け、ゼノは風になった。
◆◆◆
「おぉ~い! 誰かいるかぁ~~~!」
「どこだぁぁ~~~」
人の気配などしない森で聞こえてきた声。
思わずライラとイズは顔を見合わせた。
あきらかに誰かを探している声。二人は誰か迷子にでもなったのかと目で会話した。
だが、運がいい。二人はありったけの声でその人たちを自分たちのもとへと呼び寄せた。
「おい、あんたたち大丈夫か?!」
「こりゃぁひでぇな」
「今医者につれっててやるから、少し我慢しろよ」
人数にして6人の大人の男がやってきていた。
地面に倒れる瀕死の二人を見つけ、男たちはとりあえず応急処置を施していく。
「あんたたちは……」
傷薬や包帯など、初めからケガ人を手当てにきたと思わせる準備のよさに、ライラが眉を上げた。
「こんな森の奥で、ほんとにケガ人がいるなんて驚いたよ」
「俺たちも半信半疑だったんだがな」
「でも、間に合ってよかったよ」
男たちの内容は、明らかにライラとイズを探しにきたと話していた。
「ボクたちを探しに来たのですか?」
「ああ、旅の人に森で瀕死の二人が倒れてるから助けに行って欲しいって、頼まれたんだ」
手当てをする男がそう話、他の男たちも「驚いたよ」と口にした。




