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ステージ6『深淵』(35話)※

虫唾が走る笑いに、ゼノは氷のように綺麗に笑っていた。その表情、姿はまるで別人。


「動けなくてよかった」

「どういう意味だ」

「二人が動けなくてよかったっていう意味だけど、……ちょっとやりすぎだけどね」


瀕死になるまで追い込まなくてもよかったのに、と、ライラとイズを重症まで傷つけたのはやりすぎだったとロイルを逆に嘲笑う。

明らかに先ほどまでいたゼノとは別人。ロイルは一体何があったのかと、一瞬たじろぐ。

声や姿、話し方は間違いなくゼノのままなのに、決定的に何かが違う。


「……貴様は、誰だ」


ゼノであってゼノではない。


「何言ってるの、僕はゼノ=クロノムだよ」


また笑った。口元を歪めて、ゾクリとする笑みを何度も浮かべる。


「……二人には知られたくないんだ」


今の自分をライラとイズには知られたくないのだと話したゼノは、ロイルの視界から消えた。


「なっ、……ッ」

「僕は怒ってるって言ったよね」


姿を消したかと思った次の瞬間には、ゼノはロイルの真正面まで来ていた。

武器を構える時間さえなく、ロイルは息と声を殺した。


「……」

「争いも戦いも嫌いなの。……本当に嫌い。でも、あなたはもっと嫌い!」

「っぁ……ぁ……」

「僕が怖いでしょう。本気で怒らせたんだから」


心臓まで凍りつきそうな冷酷な笑みが、ロイルを捕らえ、声が凍ってしまったかのように出てこない。流れる冷たい汗が額から頬へと伝い、ロイルは初めて死の恐怖を感じた。

死ぬことなど決して怖くなかった、死の恐怖に囚われたことなど一度もなかったはずなのに、目の前のいる男から恐怖を覚える。


「……」

「どこから消そうか、ねえ」


どこか楽しそうに声をかけるゼノは、右手で銃の形をつくり、ロイルにその指先を向ける。ゴクリと喉は鳴るが、やはり声がでない。


「武器は嫌いなんだ」


静かに言ったゼノは、口角を僅かに上げた。武器を使用せずに、消すとはどういう意味なのか、ロイルはその指先に釘付けとなった。


「僕は血が一番嫌いなんだ。だから……、僕にその汚い血を飛ばさないでよ」


囁くように言われた言葉は、冷たくて残酷な温度を持っていた。そして銃を模した指はゆっくりと下へ向けられ、そのまま銃を撃つように弾かれる。


「……ぁぁッ」


痛みが全身を駆け抜け、ロイルはわずかに出た声を漏らす。

指で銃を撃つ真似をしただけなのに、ロイルの左足の指が全て破裂した。爪も肉も跡形もなく散る。飛び散った肉と血は紛れもなく本物。


「痛い? ……村の人たちも痛かったよね」


瞳が全然笑っていないのに、ゼノは口角を上げて笑みを消さない。そして、次はどこにしようかと狙いを定める。その姿は、先ほどまでのゼノとは明らかに異なる。

指先が肩を指す。その指が弾かれれば肩の一部が撃ち抜かれ、風穴のように穴が開き、肉が焼け焦げ、白い骨が血肉に混じりその姿を見せた。骨が削られたような跡が見えることから、筋肉とともに骨までも抉ったとわかる。

ゼノの攻撃はまるでレーザーのように、撃ち抜いた場所を全て抉り取った。

続いて脇腹に指先を向けるとそのまま撃ち抜く。再び皮膚と肉が削られ焼け焦げ、血飛沫が飛び散る。そして、内臓と骨がわずかに見え隠れした。


「──ぐ、……っぅ」

「叫びたいよね。でも声なんか出させてあげない」


想像を絶する痛みに叫び声をあげて、そのまま意識を失えたらどんなにいいか、ロイルは粉砕機にかけられているかのような痛みを味わいながらも、意識が遠のかないことに顔を顰める。そのうえ、致命傷を受けているのに死ぬことができない。

これほどのダメージを受けたのなら、すでに死んでいるか天界へ転送されるはずだと、ロイルは目の前で笑みを浮かべるゼノが、心の底から怖いと、恐ろしいと感じた。


「楽になんかさせないよ」


それは意識さえコントロールしているとでもいうゼノ台詞。ゼノは撃ち抜いた肩に再度指先を向けた。


「ぅ……ぁ、ぁッ──」


外気に晒されていた骨の一部が砕け散った。僅かな声しか出ないが、本当ならば悲鳴に近い叫び声が出てもおかしくない。

全身が引き裂かれる、砕け散る痛覚は感覚を絶する痛みであるのに、悲鳴をあげて叫び出したいのに、声がまったく出ない。いや、出せない。

肩と脇腹から流れ飛び散る血がロイルの痛覚を支配し、染めていく。

世界が生んだ者、こいつは間違いなく恐ろしい力を秘めている世界の子供だと、ロイルは今この時に理解した。そんな情報などどこにもなかった。ゼノ=クロノムは戦闘をしない、確かにそう聞いた。事実、戦っているところを見たものはおらず、その能力を見たものもいない。いつも逃げ回り、戦闘をするのは先ほど倒した二人のみ。

ロイルは、世界を敵に回した、のか……。と、今更世界が生んだというその意味を知ったような気がしたが、完全に手遅れだった。

身体も金縛りにあったように動かず、視線だけをゼノに向けることしかできない。身体も感覚も全てバラバラになってしまう激痛に顔を歪めるロイルに、ゼノは残酷な内容を楽しそうに話しだす。



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