ステージ6『深淵』(32話)
それは、負傷している二人を盾に取られたら、人質にでもされたら卑怯だと視線で訴えていた。
ロイルもそれをわかり、剣を下ろす。
「場所を変えるか」
「……天界」
「天界だと?」
「そこで勝負しようよ」
想像もできなかった場所を指定され、ロイルは一瞬の焦りをみせた。
天界へ行くなど、敵の本拠地に出向くようなもの。どう転んでもロイルが有利だと分かる。
ゼノの考えていることが理解できず、ロイルは初めて瞳の色を変えた。
「……貴様、何を考えている」
「これ以上、間界の人たちも、この二人も巻き込みたくないだけだよ」
大きな漆黒の瞳を細めてゼノがそう口にすれば、ロイルは納得したように口角をあげる。
天界で自分が勝利する姿を見せつければ、自分が世界の頂点に君臨する実力を持つと、認めさせることができる。そう考えた。
「ならばついてこい」
天界への転送装置へ案内するとロイルがゼノの隣を通過した。
戦闘などしたことのないゼノ、二人係でも傷一つ負わせられなかったロイル。
だから、
「何を言ってるんですかっ、ゼノ!」
今持てるだけの力を振り絞ってイズが叫んだ。
と、同時にライラも地に手を伸ばし、
「正気か、お前……」
勝算などありはしないだろうと、顔を顰めた。
だが、ゼノはロイルから視線を逸らさず、その背に強い念を向けた。初めて感じた強い殺気。
いつも逃げることや命乞いを最優先にしてきたゼノから放たれる殺気は、空気さえも震えるほどの恐怖があり、ライラとイズは生唾を飲み込んだ。
地に倒れる二人から声がかかり、足を止めたゼノを振り返りロイルが不敵に笑う。
「怖気づいたか?」
「そう見える?」
「いや」
鋭い眼光を向けられ、ロイルは否定した。
それを確認したロイルが再び歩き出し、ゼノがその後を追う。そこには普段の無邪気なゼノの姿はなく、決着をつけようと意を決する姿だけがあった。
歩き出したゼノは、不意に片足を何かに掴まれたことに気がつく。
重くなった足元を見れば、地を這ってここまできたイズに足をしっかりと掴まれていた。
「に、逃げてください。……ゼノ、お願いです」
呼吸もままならない状態で、イズは必死に声を出す。
ロイルの強さは半端ではなく、ゼノでは絶対に勝てないと分かっていた、だからイズは得意の逃げ足でどこか遠くへ逃げて欲しいと願う。
「……イズ、たん」
「……っは、ぁ、ゼノの、……は、ぁ、……足なら、逃げきれます……」
なんとしてもゼノを守りたいと願うイズの気持ちは必死だった。
世界が生んだ者とされるが、絶対に死なないという保証などどこにもない。ゼノには人と同じ血が流れていて、心臓も動いている、痛みも感じる、そう人と何も変わらないのだから、死も迎える。少なくともイズはそう考えていた。
今あるだけの力を使い、ゼノを引き留めたイズの傷だらけの手が優しく外される。
「イズたんはいつも優しいね」
「……ゼノ、っう、……お願い、です」
「イズたんのお願いでも、それは聞けないよ」
「なぜです……、どうし、て」
いつもならちゃんと逃げてくれるのに、どうして自ら危険を冒すような真似をして、天界へ行くのか、イズにはどうしても理解できなかった。
それでもゼノの瞳は冗談も茶化しもない、真剣そのものだった。
「僕、すごく怒ってるから」
怒気を纏う言葉。
出来ることならロイルを亡き者に、仇が打ちたい、それはライラもイズも同じ。けれどそれがゼノにできる訳がないと知っているつもりだ。
だとすれば、ゼノは自ら天界へと出向き、ロイルの罠にかかるつもりなのかもしれない。ライラとイズを守るために。
「お子様……、ぐッ、……お前、まさか……」
嫌な予感がして、ライラがゼノを睨む。
「遊びに行くだけだよ」
睨まれたゼノが全く笑わずに、ライラにそう答えた。それは二人を安心させるための言葉だとわかる。やはり、自らを犠牲にするつもりだと感じたライラは奥歯を噛み締めた。
動くことができない身体では、ゼノを引き留めることも守ることもできないと、悔しさを目いっぱい含んで。
どうあっても、ゼノを引き留められないと知ったイズが、涙を滲ませた。
「生まれ変わりを信じますか、ゼノ……」
もしも天界で命を落とすようなことがあっても、ゼノはまた生まれてくるのか、また会えるのか、そう問う。いつものように笑って『当然っ』って答えてくれることを信じていたが、ゼノの答えは裏切りにも似ていた。
「僕は僕しかいないから、それはないよ」
「──ッ……ぅう」
生まれ変わることはないとはっきりと告げられ、イズの胸を熱く焦がす。
「いいんだな……、それで」
本当にそれでいいのか、ライラは強くゼノを見てその決意を確かめる。
「うん。二人ともいままで本当にありがとっ!」
無邪気ないつもの笑顔を見せてくれたゼノは、片手を挙げて二人に手を振る。
それはまるで太陽のように眩しくて、とても温かかった。




