ステージ6『深淵』(31話)
ゼノは自分が汚れるのも気にせず、泥と血にまみれた倒れるリンを抱き起こす。……だが、リンの身体はぐったりとし、半分しか開いていない瞳が光を失って動かなくなっていた。
切られた跡はなかったが、強打されただろう打撲の痕が残っている。
おそらくなにかの凶器で殴られ、その衝撃を受けた痕跡。
「ねぇ、リンたん……リンたんってば、何があったの?!」
強く揺さぶりながらゼノが必死に声をかけるが、リンが答えることはない。
その近くにはリンのお母さんが赤ちゃんを腕に抱いたまま、何かから守るように倒れていた。
ゼノはリンをそっと地に寝かせ、赤ちゃんの元へと震える足でゆっくり近づく。
「薬……ちゃんと買ってきたよ」
手にしていた薬を倒れる赤ちゃんに渡すように、ゼノはそっと傍に薬を置き、赤ちゃんの手を握る。
ひんやりとした感触と固い感触がゼノに死を伝える。
「冷たいよ」
柔らかくてあたたかかった小さな手は、もう二度とゼノの手を握り返してはくれない。
自分のぬくもりが届くかもしれないと、ゼノは両手でその小さな手を包む。
どんなに握っても全然あたたまらないその小さな手を。
「――っ、なんで、なんでみんな動かないの! どうして冷たいの! どうして……、こんなにも赤いの!」
昨日まで村中みんなでワイワイ騒いでいたはずなのに、今は話し声も歩く音も、活気もなにもかもがない。
あるのは動かない温度のない死体のみ。
ポタリ
小さな手を包むゼノの手に熱い雫が流れた。
それは止めることなどできない涙。
苦しくて、痛くて、胸が押しつぶされてしまうと、ゼノは冷たい手を力いっぱい握り締めて声を殺して泣いた。
そして「ごめんなさい。守ってあげられなくて」と、ただ謝罪の言葉を吐いた。
── ドーンッ ──
身を丸めて泣いていたゼノの耳に、突然飛び込んできた衝撃音。
大木が倒れるような音が届く。
場所はここから数キロ離れていることを知る。
そして、ゼノはライラとイズがここにいないことに気がついた。
二人がいたのに村が全滅した。その嫌な胸騒ぎに、ゼノは音がした方へ全力で向かった。
「これが最後だ。ゼノ=クロノムはどこにいる」
赤黒いマントを身に着けたロイルが、剣を構えてライラとイズに問いかけた。
二人は全身傷だらけで地に転がり、かろうじて呼吸ができているような状態だったが、その瞳だけは輝きと熱を失っていなかった。
「……、知らねぇな」
吐き捨てるように答え、ライラが血の混じる唾を吐く。
「ならば望どおりにしてやる」
マントを翻し、剣をライラに向け、ロイルはこれで最後だといわんばかりに突き進んだ。
「僕はここだよ」
間一髪の距離まで迫ったとき、唐突にゼノがその剣先に姿を見せた。
黒い髪をひらりと宙に舞わせ、ゼノはロイルの剣先に器用に立つ。そして、その瞳は何かを決意した強い眼差しだった。
人の重みよりもずっと軽かったゼノの重さに、一瞬の驚きはあったが、わずかに剣先に乗っただけと、そのまま剣を引いたロイル。ゼノも舞うように剣を離れ地に足をつく。
両者は向かい合う。
「……チッ」
「ゼノ!」
姿を見せたゼノにライラが小さく舌打ちをし、イズは声をあげる。
できることなら来てほしくなった、見つからずにいて欲しかったと、ライラは苦い願いを舌打ちに含ませた。
だがロイルは探していた人物が自らやってきたことに、口元を歪めた。探す手間が省けたと。
「村の人たちは関係ないよ!」
真っすぐにロイルを捉えて、ゼノが声を荒げた。
村を襲ったのは間違いなくこの男だと確信したから。
「それがどうかしたか、貴様を庇い立てするからだ」
「僕のせい……?」
「貴様を捕らえることが俺の目的だ。そのためならば手段は選ばない」
片手で剣を軽々と持ち、その剣先をゼノに向けたロイルは目的のためならば手段を選ぶ必要はない、村が滅んだのはゼノのせいだと言い切る。
自分のせいで罪のない人々を手に掛けられ、ゼノの表情が曇る。だが、ライラとイズでさえ歯が立たなかったロイル、その腕は確かであり、残忍さも伺えた。
その証拠にゼノが姿を見せても、臆することなく不敵な笑みを浮かべ刃を真っすぐに向け、いつでも相手になると挑発していた。
眼鏡の男との約束は、世界が生み出した者を連れ帰ること、無傷で差し出せとは言われていない。ロイルはライラとイズのように、身動きがとれなくなるまで傷を負わせてからでも問題ないと、剣先をまっすぐにゼノに向けて構える。
身動き一つできなくなっているライラとイズを一瞬だけみたゼノは、この二人を相手にして傷一つ負っていない男の強さを知る。
「その代償は高いよ」
ロイルが犯した罪の代償は、その身をもって払ってもらうと、ゼノが強い口調で言う。
「面白い」
「僕と勝負しようよ」
「いいだろう、貴様に勝てば俺は最強か、……フフ、愉快だ」
世界が生んだ者に勝てば、世界よりも強いことが証明される、ロイルは楽しそうに笑って見せる。腕には絶対の覚えがある、それにゼノからは恐怖するような力も感じられない。
むしろ先ほど手合わせしたライラとイズに比べたら、まるで子供だと感じた。
「でもここじゃ、僕が不利だよ」
ゼノは冷静に言葉を吐き出し、ライラとイズを視線で追う。




