ステージ6『深淵』(27話)
当然周りにいた者は皆、目が点に、男の子は噴出していた。
「ぷっあははは……兄ちゃんそれ本気かよ」
「本当だってば」
「いまどき金魚すくい知らない奴なんていないぜ」
男の子に笑われ、ゼノは赤い魚が所狭しと泳ぎまわる姿を横目に見ながら、頬を膨らませてむっと拗ねる。
「よし、俺が教えてやるよ」
頬を膨らませて拗ねてしまったゼノに、男の子が力こぶをみせるように腕をみせ、ゼノを誘った。気合十分で白い紙と器を持って構える男の子が、金魚の泳ぐ箱を覗きこむとゼノも隣から一緒に覗き込んだ。
「いいか兄ちゃん。金魚すくいはこの網ですくうのが決まりなんだぜ」
「網って、これすっごく薄い紙だよ」
「だから腕がなきゃ、すくえないんだ」
じーと金魚の動きを見つめて男の子はじっとその時をまつ。
隣ではゼノが絶対に無理だという顔で金魚と紙を見つめた。
パシャ
小さな水の音をたてて、男の子が一瞬のうちに金魚をすくいあげた。
紙は破れず、器のなかには一匹の金魚。
「うわぁ~~すご~い! ほんとにとれた」
見事な技にゼノは歓声をあげて男の子を見る。
男の子もえっへんといわんばかりに胸を張った。
「どうだすげぇ~だろう」
「すげぇ~~!!」
軽く鼻をこすって自慢する男の子の言葉につられるように、ゼノも言葉を返す。
「兄ちゃんもやってみ」
「よ~し」
「いいか、金魚の動きをよくみろよ。なるべく上を泳いでいる奴を探して……」
二人は覗き込むように顔を並べ、ゼノは男の子のアドバイスを聞きながらじっと金魚を見る。
パシャ
勢いよくゼノが紙を水に入れた。
そして金魚をすくったとたんに紙に大きな穴があく。
「あっ!」
破れた紙から金魚が逃げる。当然ゼノはぶぅ~とむくれた。
でもってこの台詞がでる。
「おじさん、もう一回」
0勝13敗
「そんなに落ち込むなよ兄ちゃん」
ガックリと肩を落とし、金魚すくいテントから離れたゼノに男の子が慰めの言葉をかける。
結局一匹も取れなかったゼノは、めずらしく落ち込むという姿をみせていた。
「ほら俺の金魚やるから、そんなに落ち込むなって」
1回で6匹もの金魚を取った男の子が、金魚のはいった袋をゼノに差し出す。
『いいの?』と、尋ねるようにゼノが視線を向けると、男の子はにっこりと笑った。
「金魚なら家にたくさんいるからいらねぇんだ。だからやるよ」
「ほんと?」
「また金魚持って帰ったら、母ちゃんに叱られちゃうからな」
「わぁ~い、ありがとう」
差し出された金魚をありがたく受け取ったゼノは、満面の笑顔でお礼を言う。
それから金魚を楽しそうに眺めていたゼノだったのだが、ふととんでもないことを口走った。
「ねぇ、これってどう食べるの?」
それはもう自然に、なんの疑いもなく、ごくあたりまえに……。
「だぁ―――っ! 金魚は食べもんじゃねぇって」
ゼノのとんでもない発言に、男の子は少し真っ青になりながら、ものすごい声をあげると、急いで金魚を奪い返す。
「食べられないの?」
「ったりめぇだ。金魚は観賞用、観賞用だ。……ほんと兄ちゃんおもしれぇな」
金魚すくいを知らず、そのうえ金魚まで知らなかったゼノに男の子はクスクスと笑い出した。しかも大人なのに拗ねたり、落ち込んだり……どっちがお兄さんなのかわからなくなってしまう。
「そういや、兄ちゃんは一人なのか?」
金魚すくいのテントに入ってきたときから、連れがいるようには見えなかったが、確認のために男の子はゼノに質問した。
「一人じゃないけど、お祭りに遊びに来たのは一人だよ」
「だったら俺と遊ぼうぜ兄ちゃん」
にっこり笑って、ゼノの手をとった男の子が元気一杯にその手をひっぱった。
「君も一人なの?」
「妹がまだ赤ちゃんだから、母さんが一人でいってこいって。だから今日は俺一人なんだ」
「それじゃぁ、一緒に遊ぼっ!」
男の子に負けないくらい元気一杯に答えたゼノは、掴まれた手を強く握りかえす。
二人は同時に笑った。
「俺はリン、兄ちゃんは?」
「僕はゼノ。よろしくリンたん」
「リンたん???」
妙な名前で呼ばれ、リンは顔をしかめる。
「可愛いでしょう。僕“たん”ってつけないと名前覚えられないから、だからリンたん」
「やっぱおもしろいなゼノ兄ちゃんて……あははは」
全然大人だと見えないゼノに、リンは思いっきり笑う。見た目はどこからみても大きい大人なのに、言葉、行動は自分よりも幼いし、とにかく面白い。
リンはゼノの手を引いて祭りへと戻っていった。
「ゼノ兄ちゃん、これやろうぜ」
手を引かれてやってきたのは、射的場。
細い板が縦に4段並び、板の上に大小さまざまな景品が乗っていて、手前の台にはその景品を落とすための銃がいくつか置いてあった。
もちろんゼノはこれも初めて見るもの。
「だっ、ダメだよ、こんな危ないの! なんでこんなところにあんなに銃があるの!」
台の上に置かれた銃を見つけ、ゼノは大慌てでリンを止めた。
「くっ、ははは……ほんと何にも知らないんだなゼノ兄ちゃん。あれはおもちゃの銃で、弾もおもちゃなの」
「おもちゃ?」
「あの銃で欲しい景品を狙って、あの台から落としたら、それがもらえるってシステムなんだぜ」
なんにも知らないゼノに、リンは軽く説明をすると『やった方がわかるって』といい、手をひっぱって射的場のテントに入った。
生まれて初めて手にする銃は、すごく丁寧に作られていて、まるで本物のようだったが、確かにパシパシと飛んでいくのはおもちゃだった。
戸惑いながらもゼノもリンと一緒に並んで銃を構える。
「ゼノ兄ちゃん狙うもの決まった?」
銃を構えながらリンは横目にゼノを見ながら声をかけた。
「僕、あの白くて丸っこいふわふわしたのがいい」
「まさかゼノ兄ちゃん、彼女とかいるのか」
ゼノが指差した景品は、真っ白な犬のモコモコとしたぬいぐるみで、首にはピンクのリボンがしてあり、とても男が欲しがるようなものではなく、ついリンはヒューヒューと言わんばかりにゼノを見た。
きっと彼女にでもあげるんだろうと茶化す。
しかし返ってきた返事は、
「いないよ」
と、隠す様子も、照れる様子もなく真面目にそれだった。
「わかった! 好きな子にあげるんだ」
彼女がいないならきっと好きな子にあげる。そう思ったリンはにこ~と笑った。
けどゼノはそんなリンを見ながら不思議そうな顔をする。
「誰にもあげないよ。僕が欲しいの」
「へ……?」
一瞬言われた意味を考えたリンだったが、確かにゼノは自分が欲しいと口にした。
驚くというよりも“マジ?”と聞き返す視線を返したリン。
だが、ゼノの瞳がキラキラと輝いていることに気づき、『マジかよ……』のため息へと変わった。
「ゼノ兄ちゃんって、俺よりガキだな……」
「??? ……リンたんなんか言った?」
白いモコモコに釘付けのゼノは、全然聞こえなったリンの台詞を聞き返す。
しかし、リンはそれをもう一度口にすることはなかった。
金魚すくいから始まったお祭りめぐりは深夜まで続き、ゼノとリンはおおはしゃぎで終点へと辿り着いていた。
「ほんとごめんなさいね。この子がお世話になったみたいで……」
リンの家に案内されたゼノは、家の中へ招待されリンのお母さんにそう謝られた。
「何言ってんだよ、母さん。お世話したのは俺なんだぜ」
ゼノにお茶を出しながら、軽く頭を下げたリンのお母さんの服をひっぱってリンが反論する。
「うん、僕お祭りってはじめてだったから、リンたんに案内してもらったの」
「ほら、ゼノ兄ちゃんだって……」
「まあそうなの。でもこの子元気だから疲れたでしょう?」
リンのお母さんはクスクスと笑いながら、ゼノに申し訳なさそうにそう言う。
もちろんリンは「そんなことない」と視線でゼノに同意を求める。
「すっごく楽しかったよ。それでね金魚すくいも教えてもらったし……」
「そうそうゼノ兄ちゃんてば、金魚すくい知らなかったんだぜ。でも射撃の腕はすげぇの」
「これもらったよ」
大事に抱える白いモコモコの犬のぬいぐるみを、リンのお母さんに見せながらゼノはにっこりと笑う。その無邪気な表情にリンのお母さんも優しい笑顔を返す。
「よかったわね」
まるで小さい子どもがもう一人増えたみたいな感じがして、ついリンのお母さんは子供に話しかけるみたいに声をかけていた。
「ほんとすげぇんだぜゼノ兄ちゃんの腕。百発百中で当てるんだから」
「それからね、たこたんも食べたの。まあるくてとっても美味しかったのぉ」
聞きなれない食べ物の名前が出され、一瞬リンのお母さんは首をかしげた。
丸くて、おいしい……たこたん?
世の中にそんな食べ物あったかしら? と、つい考え込んでしまった。




