ステージ6『深淵』(28話)
「母さん、それ『たこ焼き』だよ。ゼノ兄ちゃんって語尾に“たん”つけないと名前覚えられないんだってさ」
「たこ焼き?」
「そうそう、たこ焼きだからたこたんなんだってさ。ちなみに俺のことはリンたんって呼ぶんだぜ」
妙な癖があるゼノにリンのお母さんはますます笑った。
本当に子供みたいだと。
それで思わず一つ聞きたくなった。
「それじゃぁ、私はどうなるのかしら?」
「リンたんのお母さんだから、ん~~、ん~~、リンかあたん!」
ちょっと悩んだゼノだったが、すぐにその名前を返した。
そしてリンとお母さんは大爆笑となった。
「なんだよそれ。ぜってぇ変だよそれ」
目に涙さえ浮かべてリンが大声で笑う。その隣ではリンのお母さんが必死に笑いを堪えているし。
「むぅぅぅ~~~、せっかく考えたのに」
いい名前だと思ったゼノは、二人に笑われて頬を膨らませる。
「リンかあたんでいいわよ。ありがとうねゼノくん」
膨れてしまったゼノにリンのお母さんは優しく微笑みながら、お礼を言う。
もちろんお礼を言われて悪い気はない。ゼノはすぐににっこりと笑って照れた。
が、次の瞬間
「うぎゃぁ~~~!」
と、耳に飛び込んできた大声に3人はビクリと跳ね上がった。
「あらあら、起こしちゃったみたいね」
焦る様子もなくリンのお母さんはそれだけ言うと、カタンと静かに席を立ち、声のする方へと行ってしまった。
そして泣き声を響かせながらリンのお母さんが戻ってくる。
その腕の中には小さな赤ちゃんを抱きかかえて。
「わぁ~赤ちゃんだ!」
抱きかかえられている赤ちゃんを見つけるなり、ゼノは勢いよく席を立ち上がり、リンのお母さんのところに近づく。
「触ってみる、ゼノくん?」
赤ちゃんを目の前に好奇心全開のゼノに、リンのお母さんは泣いている赤ちゃんを少し高く持ち上げた。
「いいの?」
「ええ、構わないわよ」
そう許可がおりると、ゼノは泣きじゃくる赤ちゃんの柔らかそうな頬を触ってみたいと、そっと手を伸ばした。
けれどその手は頬に触れる前に赤ちゃんに掴み取られた。
小さな、小さな手はゼノの指をしっかりと握り締める。
そして不思議なことに、ゼノの指を掴んだ赤ちゃんはピタリと泣き止む。
「ほら、ゼノお兄ちゃんですよ」
「きゃ……ぁ、ぁ」
リンのお母さんは優しく赤ちゃんにゼノを紹介すれば、赤ちゃんが小さな声を出して笑った。
「あら、ゼノお兄ちゃんのことが気に入ったみたいね、フフ」
すぐに泣き止んでゼノに笑顔をみせたことに、リンのお母さんは赤ちゃんがゼノのことを気に入ったのだと、微笑む。
「ちっちゃいね」
小さな5本の指でしっかりと1本の指を握り締められたゼノが、その手を見て感動の声を出す。
すごく小さい手なのに、その力はすごく強くて、ゼノはギュッと握られた自分の指を何度かひっぱってみるが、全然取れなかった。
赤ちゃんは何が楽しいのかわからないが、ゼノの指を握りしめて笑う。
「ゼノ兄ちゃんのこと好きみたいだな」
全然離さない指をみて、リンが横から口を挟んだ。
「ほんとめずらしいわね。この子がすぐに泣き止むなんて……」
ピタリと泣き止んでしまった赤ちゃんを不思議そうに眺めながら、リンのお母さんは少しほっとしたように肩の力を抜いた。
……で、赤ちゃんはあいているもう片方をゼノの方へと伸ばし、
「ダメだってば。これは僕のなんだから……」
ゼノの持っていた白いモコモコを掴むとすごい力で奪おうとした。
赤ちゃんとゼノの引っ張り合いが始まる。
どうしてもそれが欲しい赤ちゃんと、どうしてもあげないゼノ。
モコモコは両手をひっぱられるような姿となった。
「ダメよ、これはゼノお兄ちゃんのなんだから」
ちょっと怖い顔でリンのお母さんは、なんとか赤ちゃんの手をそれから離そうとするが、引き離そうとすると赤ちゃんの顔が見る見る泣き顔に変わってしまう。
グズグズといい始め、今にも泣きそうな赤ちゃん。
当然、ゼノだって鬼じゃない……泣き出してしまいそうな赤ちゃんのために手を離した。
「きゃは」
お目当てのものをGETした赤ちゃんは、小さくそう笑うとモコモコをカプリと食べた。
「食べちゃダメだってば」
「はむはむ……」
すごく嬉しそうに噛み付くその姿は、なんともいえない可愛らしさではあったが、ゼノはそれどころではなく、必死に食べるのをやめさせようと頑張る。
「だがら、これは食べ物じゃないんだよ……ああっ!!」
「パク……」
なんとかモコモコを口から引き離した瞬間、今度は握られていた自分の指を食べられた。
「僕はご飯じゃないよぉぉ~~」
ぱくぱくと指を食べられるゼノの方が今にも泣きそうな声をあげる。
「アッハハハハハ、もうダメ、俺笑いが止まんない」
赤ちゃんとゼノのやりとりを見ていたリンがついに大笑いをはじめた。
なんだかどっちも赤ちゃんみたいで、本当におかしくなってしまったのだ。
それにつられるようにリンのお母さんもクスクスと笑いだすし、ゼノは一人で必死に赤ちゃんと格闘するはめになった。
「ほんとに僕はおいしくないってばぁぁ~~~~~~!!」
結局ゼノはそのままリンの家に泊まらせてもらうことになり、リンと布団を並べて二人は仲良く眠った。
……そのころ
「まさかあいつは朝帰りするつもりか?」
「門限つくっとけばよかったですかね」
いつまで経っても宿に戻ってこないゼノを心配する保護者が二人、首を長くして待っていた。




