ステージ6『深淵』(26話)
※注意:ステージ6には残酷描写が含まれます。(前半はほのぼの、後半から残酷描写を一部含みます)
夕日がオレンジに染まり、地平線へと姿を隠そうとするころ、相変わらずの3人は地図とあるものを見比べていた。
前方に見えるのは小さな村。
だが、その村は地図に記載されていない。
「どう思いますか?」
まだかなりの距離がある村を眺めながら、イズがゼノとライラに問う。
「小さい村っていうより集落みたいだね」
「荒野のど真ん中だな」
「不自然に目立ってますね」
不信感を募らせて3人は罠である可能性が高いとみた。
広く開けた大地にあり、かなり目立つ村であるにもかかわらず、地図に載っていない。
なにかの罠だと考えるのが妥当。
よって今夜は暗黙の了解で野宿決定となるはずだったのだが、ここで思わぬ人物が登場した。
「あんたら旅の人かい?」
不意に背後から声をかけられ、3人は同時に振り向く。
そこに立っていたのは大きな袋を山ほど抱えた体格のいい男。
「あなたは?」
そう言葉を返したのはイズだった。
「俺はあそこに見える村で宿をやってる者だ」
「宿屋のおじさん?」
すかさずゼノが口を挟む。
「今日は村で祭りやってるからにぎやかだぞ。なんなら俺の宿に泊まってけよ。安くしとくって……ははは」
体格のいい宿屋の主人はそういうと豪快に笑った。
どこからどうみても間界人であることは間違いなさそうである。
そして宿屋の主人は大きな手でゼノの背中を押し、村へと誘うように歩き出す。
「お祭りって楽しいの?」
「ん? 坊主、お前祭り知らねぇのか?」
見上げるように視線を宿屋の主人に向けたゼノがコクンと頷く。
なんともめずらしいが、ゼノは祭りを知らない。いままで旅をしてきたが、タイミングが悪かったのか、祭りに出くわしたことがなかった。
だから豪快に笑う姿をみて楽しいものなのかと考えた。
「人がいっぱいでよ、屋台なんかがでて、村中にぎやかだぞ」
「お酒もいっぱいあるの?」
「酒? 坊主酒飲めんのか?」
「うん、お酒だぁ~すき」
満面の笑顔でゼノが答える。
で、宿屋の主人はいつもライラがするみたいに、ゼノの頭を豪快にくしゃくしゃと掴んだ。
「そんじゃぁ、俺と飲み比べでもすっか坊主」
「おじさん、お酒強いの?」
「あの村じゃ1番つえ~ぞ」
大きな口をあけて大声で笑う宿屋の主人に、ゼノもニシシと笑いながら二人は楽しそうに村に向かって歩いていく。
当然不信感を拭えないライラとイズはその場から動かない。
ついてくる気配がないことに気づいた宿屋の主人はふと不思議そうに振り返る。
「どうした、二人はこないのか?」
「一つお聞きしてもいいですか?」
表情を変えずにイズが尋ねる。
「なんだ?」
「あの村って地図に載ってないんですね」
「ああそれか。まだできて半年も経ってないからな」
宿屋の主人はなんの疑問も不信も抱かずに淡々と答えた。その口調からして、同じ質問をよくされているようでもあった。
「半年?」
「あの村はあちこちから移り住んできた者たちでできた村でよ、村として登録されたのは三か月前だ。だから最新の地図じゃねぇと載ってねぇんだ」
村や町として登録されるにはそれなりの設備があって、人数がいて、生活するのに差し支えないことが条件である。つまりあの村は集落みたいなものからようやく村として成り立ったというわけだ。
「取越し苦労だったみたいだな」
怖い顔をして立っていたライラが表情を緩めて、イズにそっと言葉をかけた。
同時にイズの表情も柔らかく変化する。
「……みたいですね。では遠慮なくあの方の宿にお世話になりましょうかライラ」
「賛成だ」
お祭り。
村は楽しげな音楽が流れ、出店もたくさん並び、ものすごい人でごった返していた。
各地を回っている屋台を呼んだり、大道芸を見せる人たちを呼んだりと大勢の人が集まってきていて、新しい村の誕生を祝っているかのようでもあった。
ひとまず3人は宿屋の主人と一緒に宿に向かい、手続きだけ済ませた。
今夜は特別に一晩中あけておくから、いつでも帰ってきていいと言われ、3人は祭りへと出向いた。
肩がぶつかるほどに込んでいる村で、
「ゼノ、宿屋の場所はわかりますよね?」
優しくイズがゼノに声をかけた。
これだけの人がいる中で、ゼノが迷子にならないという保障ははっきりいってできない。
かといって、ゼノの姿を見失わないようにするのも無理に等しい。
よってイズのその言葉は先手を打つ行為にあたる。
迷子になっても集合場所さえわかっていれば問題はないのだ。
「あの酒場のとなりだよね」
「はい、よくできました」
本当に小さな子どもを相手にするようにイズがにっこりと褒める。
「酒場のとなりならこいつも忘れねぇな」
頭をくしゃくしゃと掴みながらライラが笑う。
大好きなお酒のある場所は覚えがいい。それをわかっているからこそイズも安心する。
「むぅぅ~~。酒場のとなりじゃなくてもわかるもん」
「わぁった、わぁった。そう拗ねるな。祭りに行くんだろうゼノ?」
お祭り初体験のゼノに祭りの楽しさを味わってほしくて、ライラはくしゃくしゃと掴んでいた頭を離す。
「全部見てきてもいいの?」
「どうぞ。ボクとライラは軽くご飯でも食べてますから……」
瞳をキラキラと輝かせて、今にも飛び出していきそうなゼノに、イズはいってらっしゃいと返事を返す。
全部見てくるというゼノの好奇心と体力についていけそうもないので、イズははじめから丁重にお断りをする。
もちろん同じく、ゼノに付き合うつもりのないライラのこともしっかりと考えての返答だ。
「いいかゼノ、宿に戻ってくる時は静かに帰ってこい」
祭りで興奮したまま宿に戻ってくるゼノの行動を先読みし、ライラが強く言い聞かす。
間違いなく大騒ぎで戻ってきて、寝ている二人をたたき起こす。
この行動が手に取るようにわかるため、ライラはもう一度念をおす。
「宿はゆっくりと休むところだ。静かに帰ってきたら大人しく寝る。いいなゼノ」
「はぁ~い、了解しましたぁ~~」
片手をあげてわかったのか、わからないのか曖昧な返事を返す。
そして、予想道理ゼノはお祭りの人ごみの中へと消えていった。
「今夜は静かな食事ができそうですね」
元気一杯で飛び出していったゼノの後姿を見送りながら、イズがため息交じりの声でライラに言う。
「酒もゆっくり飲めそうだな」
「飲まれないように気をつけてくださいね」
「大丈夫だ」
短い会話を交わし、ライラとイズは近場の食堂へと入っていった。
電飾、甘い香り、楽しげな声、村はにぎやかで華やかな祭りの雰囲気に包まれていた。
行き交う人が流れをつくり、ゼノはその人ごみに流されるように青いテントの下に押し出された。
「赤いちっちゃいお魚がいっぱいだ」
小さな箱状の中で泳ぐ金魚が目に入り、ゼノは思わず声をあげる。
よくみれば子どもが小さな器と白い何かを手にして必死に覗いていた。
「お前も一回やるか?」
「一回?」
子どもたちと同じく金魚を覗き込んでいたゼノに、屋台のおじさんが明るく声をかけ、白くて丸くて平らなものを手渡す。
向こう側が透けて見える、紙のようなものが貼ってあるものを右手。片手に収まるほどの器を左手に持たされたゼノは、頭上にクエスチョンマークを浮かべて首をかしげる。
そもそも祭り自体を知らないゼノにとって、金魚すくいはまさに未知の世界。
「ほら」
ぼぅ~と突っ立ていたゼノは、しゃがみ込んでいた小さな男の子にズボンを引っ張られ、思わずしゃがみ込んだ。
ズボンを引っ張った男の子は、ゼノと同じものを両手に持ち、気合を入れながら腕まくりをする。
「兄ちゃんも袖、まくらないと濡れるよ」
「あっ、うん」
男の子に言われるままとりあえず腕をまくる。
で、ゼノは次はどうするのかと聞きたそうにじっと男の子を見つめた。
「あのさぁ、もしかして兄ちゃん金魚すくい知らないの?」
さっきから両手に道具をもったまま、なんにもせずただじっとしているだけの不審人物に、男の子はまさかとは思いつつそう尋ねた。
「うん!」
そして返ってきた返事はきわめて信じられなく、短いものであった。




