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ステージ4『涙雨』(19話)

掴まれた手の先を見れば、ライラが力強くイズの槍を制していた。


「イズ、わりぃな。……これはオレの仕事だ、譲れ」

「……ライラ」


槍を下げろと圧をかけたライラは、代わりに大剣を具現化させた。

泣いているのではないかと思うほどの弱い声。

イズは黙って槍を霧のごとく消し去ると、後ろへ身を引く。


「サンキューな」


黙って譲ってくれたことにライラが感謝を述べる。それに先ほどからずっと大人しくしているゼノにも。

契約者を救う手段はどこにもない。時が経てば、願いが叶えられればその魂は食われる。禁断の契約を交わしたレックを救う道は何一つ残されていない。

ならばライラの選択肢は二つしかない。一緒に死ぬか、それともレックを葬るか、どちらかしか選ぶ道は残されていなかった。

大剣を構えてレックを見るライラの瞳に迷いはなく、ライラはどちらにするのかすでに決めていた。

武器を構える二人の瞳に映しだされる互いの姿。


「お前、オレを助けるって言ったな」

「そうだ」

「……間違ってんぞ、それ」


苦笑を交えながら、ライラはその考えは間違っていると指摘した。


「俺が間違っている?」

「ああ、お前はオレじゃなくて自分を救うためにここにきたんだろう」


一体ライラは何を言っているのかと、レックは目を細める。

ライラではなく自身を救いきたとはどういう意味なのかと。


「……違うか」


説明などいらないだろうと、ライラはそれだけを口にする。

昔から口数は少ない方だった。短い言葉でもレックはライラの言いたいことが分かるようになっていたが、今の言葉の真意が掴めない。

だからレックは困惑した表情を浮かべて、ライラに言われた意味を思い起こす。


(自分を救うために、俺はここへ来た……。ライラに会いに……)


ふと、ライラの言葉が心に引っ掛かりレックはその瞳を見開く。


「……自分を」


そんな風に考えたことなどなかった。ただライラを救いたいと勝手に思い込んだ。

公開処刑されるかもしれないライラの姿も、一生牢獄で監禁されるライラの姿も、天界中に裏切り者として名が残るのも、全て自分が見たくなかったものだ。

見世物にされて、苦痛を味わうかもしれないライラを、俺は見たくなかった。


(そうか、……全部俺の望み、だったんだな)


レックははっきりと理解した。

全ては自分の為、自分が傷つくことを恐れ、一生それで苦しまないように、そう、自分が後悔しないようにした、だから、大好きだったライラと一緒に死のうなんて考えた。

大切な友を救うというのは自分の勝手な言い訳で、本当は見世物にされるライラを見たくなかった、本当に救いたかったのは自分自身だったのだと気づく。


「ハハハ……、確かにそうだ」


ライラは間違っていないとレックは泣きながら笑う。


「レック……」

「俺は、ライの苦しむ顔を、姿を見たくなかった」


きっと天界にライラが捕まれば、ずっとライラのことで苦しむ自分がいた。だからライラを救うんだと勘違いして一緒に死のうとした。

片手で顔を覆って、レックはその真実に気づき、なんて愚かなことを、と泣く。


「昔から変わってねえな、お前は優しすぎんだ」


ライラのために時に怒って、泣いて、笑って、いろんな感情見せてくれたレック。

誰も、自分自身でさえ何も気に掛けることなどなかったライラを、一番気にかけてくれて、心配してくれて、いつも一緒に居てくれた。一緒にいてもたいして面白くもないはずなのに、レックは友になってくれた。

いつしか、レックの温かさに包まれていた。

それはレックも同じであり、ライラの隣にいることが心地よいと感じていた。

互いは友という絆を生んだ。


「やっぱり、俺はお前が好きだ」


目には見えなかったけど、ライラの優しさで気づかされたたくさんのことがあるのだと、レックは涙で濡れた顔で笑顔を見せた。

一緒にいたいと願ったのは、きっと安心するから。ライラならわかってくれる、大切な何かを教えてくれる、たとえそうじゃなくても、レックはそう思っていた。

本当に裏切り者になっても、天界から追われる身になっても、ライラはたった一人の友だということに変わりはなかったのに、己に負けたのは自分の弱さ。


「ぐっ、はぁ……そろそろ限界か」


心臓が鷲掴みにされ握りつぶされそうな痛みに、喰われる苦痛にレックが必死に胸元を掴む。

魔に魂を喰われた者の末路は誰も知らない。

消えてなくなるのか、それとも己も魔となり闇を彷徨うのか、あるいはもっと別の何かがあるのか、結末のわからないレックはただ苦し気に息を吐く。


「いてやるよ」


胸倉を自らの手で掴むレックは、途切れ途切れになる呼吸の中でライラの声を聞いた。

何を言われたのか、何を言葉にしたのか意味が理解できず、レックは痛みに耐えながら顔をあげて視線だけでもう一度言って欲しいと問い返す。

その意図を汲んで、ライラは再度声を出す。


「お前と、一緒にいてやる」

「……ぁは、ぁ……おま……え、何言って……」


立っていることさえ困難となったレックが見たものは、優しい表情を浮かべたライラの顔。

あの頃と変わらない、自分にだけ見せてくれた柔らかくて優しい表情。



【一緒にいてやる】



それが意味するものは『死』

魔に喰われる自分と、ライラは一緒に心中してくれると口にしていた。

ライラの言葉には一筋の迷いもなく、ナイフを一本寄越せと手を伸ばされた。だから、レックはナイフをライラに投げ渡す。片方のナイフを受け取ったライラは大剣を捨て、鋭利に尖る剣先をレックに向ける。


「こいよ、レック」


手招きするようにライラはレックを誘う。

心臓ごと潰されてしまいような痛みの中、レックはナイフをしっかりとその手に握り、


「だからお前が好きなんだ、ライッ!」

「オレもだ」


苦痛を無理やり抑え込んで、ライラに向かってまっすぐに走る。


「まさか、相打ちをっ……」


ことの成り行きを見守っていたイズが、ここまできてライラのしようとしていることに気がついた。

助けることのできない契約者と同じ末路を望むのだと。



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