ステージ4『涙雨』(18話)
昨日のレックとは明らかに雰囲気が違うことに、戸惑いながらゼノは通り過ぎたレックを振り返る。
「邪魔って?」
「どこかに非難してればいい。巻き込んじまったら嫌だからな」
立ち止まることも、振り返ることもなくゼノに忠告し、レックはまっすぐにライラに向かって歩いていった。
「どうしたレック?」
異様な空気をまとってまっすぐに向かってくるレックに、ライラが不安に声をかける。
そしてレックが目の前までやってきたその瞬間に、全ては始まった。
「ライラ危ない!」
とっさに危険を感知したイズがライラを突き飛ばす。
「――ッ」
「イズ? ……おい、これはなんの悪ふざけだレック」
攻撃を避け切れなかったイズは腕に傷を負っていた。
なにが起こったのか、起きているのかわからない。レックがいきなり二本のナイフを出しライラに切りかかった。今わかるのはその事実だけ。
わずかにイズの血のついた武器を手に、レックは顔を地に向けている。
「なんとか言えよレック!」
「……おしいな。絶対に外さない自信あったのにな」
不適な笑いまで浮かべてレックは残念そうに顔をあげると、ライラを見る。
「外さないってお前……」
「今度は外さない」
二度目の攻撃がくる。繰り出される二刀流のナイフにライラは地を転がり、間一髪でそれを避ける。
地面に深く突き刺さったレックのナイフは、脅しでも冗談でもなく本気でライラの命を奪おうとしていた。
「どういうことだレック。説明しろ!」
怒鳴り声をあげてライラが叫ぶ。
「簡単だよ。俺はお前を助けにきた……こうまでして」
言いながらレックが長め髪をかきあげて、自分の耳を露にする。
どこかで見覚えのある模様。
それは間違いなく刻印であった。
世界の掟、刻印を刻まれし者は二度と他の世界にいくことが叶わない。
掟は絶対。ライラはレックの刻印に秘められた悪しきものの存在を知った。
その絶対の掟を違える方法がただ一つだけあることを知っている。
だからこそ、どうすることもできない苦く苦しい気持ちがライラを埋め尽くす。
「……んで、お前がここにいんだよっ」
刻印を刻まれた者が他の世界にいるなど、あってはならないのだと、ライラはレックを睨んで重く叫んだ。
晒された耳が髪に隠れ、レックは泣きそうなほど切なくて苦しい表情を浮かべる。
「ライを見世物なんかにできねえよ」
公開処刑だろうが、一生牢獄だろうが、ライラを騎士団の天界の見世物になんかしたくないのだと、レックは話す。
それがレックの本音であり、こうまでして間界にきた理由はそれだと告げた。
掟を破る禁忌の契約『魔の契約』
自身の身を魔に捧げることで、願いを叶えられる唯一の掟破りの方法。
人の魂を好む魔にその魂を食われることを承知の上で、その契約は成立する。
他世界へ再び赴くことが叶えられるが、同時に自身の魂を捧げるのが契約であり絶対。ゆえに人々は禁忌の契約と呼び、自身の魂を捧げてまで契約するものなど今ではほとんどおらず、忘却の古代の禁術となっていた。
だからこそ、ライラは言葉を失った。レックはもう死人も同然であり、助かる道も助けることもできないと。
「…………」
「ライも知ってるだろう。契約したものに手をかけられれば、一緒にその魂を食われるって話」
契約者に身を滅ぼされたものは、契約者と同じく魂を食われる。天界にも地界にも戻ることはできない、つまり『一緒に死のう』レックにそう告白された。
死のプロポーズ。
「わっかんねえよ、レック」
「お前を……、ライを天界に連れていかせるわけには行かねえんだよ」
「……レック」
「裏切り者だなんて、お前を罪人にしたくねえんだよッ」
大切な、大切な友を罪人に、公衆の見世物になんかしたくないのだと、レックは悲痛に叫ぶ。自分の想いをわかってほしいと。
遅かれ早かれ、ライラは天界に捕らえられると分かる。天界の勢力を甘く考えてはいけないと、たった3人で相手にできるレベルではなのだとレックは奥歯を噛み締める。
ライラの未来が苦痛しかないのなら、いっそ自分の手で一緒に、そして一緒に地獄に行こうとレックはその決断を下した。
「全然わかんねえよ……、なあレック」
震える声でライラは再度同じセリフを繰り返す。レックの言っている意味も、レックがここにいる意味もわからないと、知りたくないのだと、否定して。
「俺は……お前を助けたいんだ」
「オレを……?」
「だから俺はここにきた」
再びナイフを構えたレックは、ライラを罪人にはしないと強く願う。
その想いは何よりも鋭くライラに刺さり、動くことを忘れてライラはその場に立ち尽くした。
魔の契約を交わしたレックを救うことはできない、だがその契約はライラを守るために行ったもの、そこまでしてライラを救いたいと願ったレック。その想いに自分はどうすればいいのかと、真っ白になった頭でライラは逃げることも戦うこともできず、なにも考えられずに呆然と佇んだ。
「レックさん、……ボクが相手になります」
全ての気力を失って佇むライラの前に立ちはだかり、イズが槍を構えて戦闘態勢へ入る。このままではライラを死なせてしまうと判断したから。
「邪魔するなら仕方がない」
「ライラの友達でも、手加減はできませんよ」
「俺も本気だ」
イズとレックは互いに武器を手に態勢を整えると、間合いをとる。
互いの刃が双方に向けられる、いつ動いてもおかしくない、だがどちらかが動いた時が勝負の時。
緊迫する現状で、イズの槍が誰かに掴まれ、その動きを封じられた。




