ステージ4『涙雨』(16話)
もし叶うのなら、戻れるのなら、もう一度だけあの頃に戻ってみたかった。そしたら、自分はもっと別の道を選べていたのかもしれないと。
「なに1人でニヤついてんだ。気持ち悪りぃーぞお前」
「へへへ、オヤジには秘密」
口元に人差し指を立てて秘密と、ポーズをとったレックは、ついゼノが口にしたライラにとっての禁句を言う。
あの頃のライラなら決して食ってかかってくることはなかったが、今のライラは過激に熱しやすい。
当然、
「誰がオヤジだ! お兄さんだっての」
「たたた……」
怒りを露にして、レックの頭を思いっきり押さえ込むライラ。
それから首に腕を回してぎゅ~~と締め上げて訂正しろと告げる。
「こんなカッコイイオレに向かって、どいつもこいつもオヤジ呼ばわりしやがって」
「カッコイイはないだろうライ。渋いジジイってのはどう?」
「んだとレック! だったら同い年なんだからお前も同類だ」
締め上げた腕の力をさらに強め、そのうえライラはレックの髪の毛をぐしゃぐしゃにしていた。
その間に垣間見えた耳が、酔いの回っていたライラに映ることはなく、二人は無邪気にじゃれ合う。
苦しくて、痛いはずなのにレックはどうしても笑いが止まらなかった。
ライラが怒っているのがどうしようもなく嬉しかったから。
「それパス。だって俺可愛いもん」
負けずとそう言い返したレックに、ライラはふと誰かさんとかぶった。
当然のように、あたりまえのように美形と称する男がいたと。
「ここにもいたか。……たまにいるな、こうゆう自分がわかってない奴」
一気に脱力感に襲われたライラは、ようやくレックから手を離した。
この手の奴の扱いには慣れてるはず。
攻略はいたって簡単、深入りしないこと。
「よし、ここは可愛い~俺のおごりだ。とことん飲むぞ」
酔いが醒めたのか、レックはいきなり元気になり、カウンターに向かってお酒を注文する。
「おいレック」
「こんなにうまい酒、久しぶりなんだ。いいだろ一晩くらいとことん飲んだって」
「……そうだな」
フッと軽く笑ったライラは椅子の背もたれに体重をかけた。
朝まで付き合うと決めて。
二人は昔話に花が咲き、本当に時の経つのも忘れて飲んだ。
一体どのくらい乾杯をしたのかもわからないほどに。
そしてもうすぐ夜明けになるころには、二人とも静かにお茶を飲んでいた。酒は飲み過ぎたと若干の反省を込めて。
沈黙が流れ、ライラは朝の冷たい空気にわずかに酔いを醒まし静かに口を開いた。
「レック、お前ゼノに用があったりしねぇか?」
街で出会ったときから怖くてずっと聞けなかった質問。
天界から自分たちを探して来るとすれば目的は一つ。たとえそれが友だとしても例外はないだろう。
刺客……ライラの頭の片隅に浮かぶ言葉。
「俺は騎士団じゃねぇ~よ。本業は食材屋。悪いんだけど、本当にライに会いに来ただけなんだわ」
グラスを傾けながらレックは、グラスの中の氷が音を立てるのを見つめた。
嘘じゃない。
ライラに嘘をつけるレックじゃない。それにレックが刺客なら、この質問にきっと「そうだよ」と隠さずに答えていると確信をもっていた。
「悪いなレック」
自分が疑っていたことを素直にライラは謝った。
「なぁライ、俺と……」
「わりぃレック。オレはあいつの手を掴んじまったんだ」
何を言われるのか先読みしたライラは、レックの言葉を遮りそう答えた。
天界に、あの頃に戻ることはできないと。
「……そっか」
「あんな奴でも……いや、あんな奴だから守りたいと思っちまった。笑えるだろう、オレが誰かに執着するなんてな」
「ゼノくんに嫉妬」
「あいつに嫉妬?」
傾けていたグラスの中身を一気に煽りながら、コツンとレックはグラスを机に置く。
一瞬怒っているのかと思ったが、その表情は笑顔の混じる明るいものだった。
「お前を変えたのがちょっと悔しくてな。俺ももっとお前を怒らせてみればよかったな」
過去を振り返り、レックは取り戻せない時間に歯がゆさを感じる。
くしゃ、くしゃ
ふと大きな手で頭をつかまれた。
「んな顔すんなって、お前は笑ってたほうが可愛いぞ」
どこか泣きそうな顔をしていたレックに、ライラは冗談まじりで声をかける。
明るくて元気って言葉が似合うレックだから、悲しい、辛い表情はさせたくない。それは何年経っても変わることはなかった。
懐かしい記憶の中と同じ大きな手。
自分の頭に置かれたあたたかくて優しい手は、レックにとって何よりも大切で守りたいものだった。
手が届くのにそれを守れない、失うくらいなら……
「えへへ、やっぱ俺って可愛いだろ」
少し照れながらレックは笑った。
「調子に乗るな」
(ライ、俺はお前を救いにきたんだ)




