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ステージ4『涙雨』(15話)

◆◆◆


―― 天界 ――


「またお前はこんなところでサボって」


天界の中心に位置し、天界を統べる建物『天上閣』の裏で訓練をサボっていたライラを見つけたレックが、緑の果実を投げながら呆れた声をだした。

投げられた果実を片手で受け止めたライラは、つまらなそうにレックをみる。


「天上閣の騎士団ともあろう者がサボりとはな」


嫌味をいいつつ、レックはライラの隣に腰を下ろす。


「いっとくが、オレは最下階層だ」


騎士団、それは天上閣および天界の秩序を守るために作られた組織で、12階層のランクがある。もちろん上にいくほど給料も待遇もいい。

ライラは生まれてすぐにここ、天上閣の正門に捨てられていたところを騎士団長に拾われ、以来騎士団として生きてきていた。両親のいないライラを哀れに思ったのか、気まぐれか、まだ若かった騎士団を統べる騎士団の長がライラを育ててきた。

孤独、だからなのかライラは人と関わることをあまり好まない。だが、ここに出入りしているレックとは気が合うのか、一緒にいて嫌だと思ったことはなかった。


「それ初物だぜ」

「もうそんな時期か」

「ライ、好きだろこれ」


片手におさまるほどの大きさの緑の果実は、酸味が強くそのまま口にするのを好むものは少ないが、ライラはこの酸味が好きだった。

それをわかっているレックは、この果実が実るころ、よくライラの元に持ってきてくれるのだ。


「ああ」


軽く返事を返しながらライラは果実を口にする。


「ああ、じゃねぇーよ。もっと他にいうことねぇのかライ」

「うまいな」


無表情で食べる姿はとてもおいしそうだとは思えなかったが、それがライラという人物であるから、レックも仕方なく果実を口に運んでみる。


「うお! すっぺぇ~~。お前よくこんなの食べれんな」


予想以上に酸味があったことにレックは、思わずかじった実を吐き出してしまった。

しょぼしょぼと口をすぼめて、なんの問題もなく食べているライラを不思議そうにみるレック。


「なんて顔してんだレック。年寄りみてぇだぞ」

「うるせぇ、こんなの平気で食べれる奴がおかしいんだよ」

「そうか、うまいぞこれ」


ライラはそう言いながらどんどん食べていく。

見てるだけですっぱくなる光景から目を離したレックは、どこまでも続く空に視線を向けた。

雲が風にのって流れる。時間の流れさえ忘れてしまいそうな空。


「……またあんなところで」


しばらく無言で空を眺めていたレックの耳に人の声が届く。

自然と視線が人の姿を探す。近くも遠くもない距離に5~6人の姿を確認できた。

どうやらこっちを見ているのは確かだ。


「なぜあんな奴をここに置いているんだろうな、騎士団長さまは」

「情けだろ。騎士団長さまはお優しいからな。捨てられていたあいつを放っておけなかったんだろう」

「それなのに、その恩も返さずにサボってばかりだ」

「親の顔が見て見たいな。……ああ、捨てられてたんだっけか」

「それじゃぁ親の顔、見れねぇよな」


聞こえているとわかっていながら、集団はそう言いながら大声で笑う。

レックは怒りを抑えきれずに立ち上がろうとしたのだが、ライラに止められた。


「ライっ!」

「別に本当のことだ」


怒った様子も、眉一つ動かすこともなく、ライラは気にすることなく空を眺めた。

自分のことじゃないとはいえ、あんなことを言われて、ライラはどう思っているかはわからないが、レックの怒りはおさまらない。

ライラの静止を振り切って集団に向かっていこうとした。


「やめとけレック。あんなバカども相手にしてたらキリがねぇぞ」

「でもよ」

「オレは気にしてねぇから」


熱くなることもなく冷静に止めるライラが言った『キリがない』、それは今までも似たようなことを言われ続けてきた、ということでもある。

素性のわからない捨て子が、騎士団に属しているのが気に入らないのか、騎士団長に目を掛けてもらっているのが気に入らないのか、どちらにせよライラを良く思っている人物などここにはいない。

ここを出ることは容易い、ライラは何度天上閣を去ろうと考えたかわからなかったが、ここを出ても目的もやりたいこともなく、何よりここまで育ててくれた騎士団長にまだ何も恩返しができていない、それだけがライラを騎士団に留めていた。

天界の秩序を守ることが騎士団の務めではあるが、ライラにとって天界を守る意味も理由も見つからない、だから稽古にも打ち込めないのだと分かっていた。

他の奴のように守りたいものなど、どこにもないのだから。自身でさえいつ命を落としても構わないとさえ思っていた。

けれど、悪口や陰口に反論して問題を起こせば、ライラの居場所はさらに悪くなり、育ててくれた騎士団長に迷惑がかかる。それだけはどうしても避けたかった。

ライラに止められ、やり場のない、ぶつけることができない気持ちに、レックはきつく唇を噛み締め、固く拳を握り締めた。


「そんな顔すんな。オレはお前のそんな顔みたくねぇぞ」

「……ライ」


子どもをあやすかのように、レックの髪をくしゃくしゃと大きな手で掴みながら、ライラは優しい表情を浮かべていた。


「サンキュー」


自分のために怒ってくれたレックに、ライラが軽くお礼を言う。

その言葉はどんな言葉よりも深く、あたたかくレックに届いた。






◆◆◆

「んぁ……?」

「目え覚めたか?」


隣から聞こえた声にレックは重たい瞼をゆっくりと開く。

酔いを醒ますはずが、いつのまにか眠ってしまっていたようだ。


「俺、どのくらい寝てた?」

「20分くらいだ」

「そっか……」


まだ少し重たい頭を押さえながらレックは身体を起こす。酔いは先ほどよりだいぶひいている。


「そういや、どんな夢みてたんだお前。なんかニヤニヤしてたぞ」


ずっと隣で酒を飲みながら、レックの顔を見ていたライラが問う。

別に観察していたわけじゃないが、時々クスクスと笑ったり、怒ったり、にんまりと笑えば誰でも気にするだけのこと。


「ライには絶対に教えねぇ」

「どうせろくでもないことだろ。別に聞きたかねぇよ」

「……いい、……いい夢だったよ」


二度と取り戻せない懐かしくて、あたたかな優しい思い出。



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