救うために
ダンジョンに潜る人達の話です。
登場人物
エマ・ウォーカー 主人公です。
ノル・ハーヴェイ 白鹿の探索隊長の一人
ニナ・クラーク 白鹿のギルド所属の前衛 エマの仲間
リディア・グレイス 神殿からギルドへ派遣された白魔導士/聖職者
▼主人公の基本設定
名前:エマ・ウォーカー
年齢:20歳くらい
性別:女性
ギルド歴:10年
元DPS で ギルドの意向でサポートへ配置転換された
サポートの役割:救護/料理/素材回収/物資管理/運搬等 多岐にわたる
この物語のギルドは、ダンジョン内で採れる素材の回収を専門に請け負う組織です。
魔物の牙や皮、鉱石、薬草、魔石などを回収し、
それを商会や工房、研究機関へ卸すことで利益を得ています。
ただ魔物を倒すだけの集団ではなく、探索、戦闘、救助救援、採取、解体、運搬、物資管理まで含めて、
ひとつの仕事として成り立たせた大手組織です。そのギルドで働く人物達の物語
エマは準備部屋に入った。
中には誰もいなかった。
机に報告用の板を置き、羊皮紙を挟む。筆を取ると、指先が少しだけ強張った。
日付。階層。同行者。依頼の目的。
そこまでは、すぐに書けた。
壁の向こうから助けを求める声が聞こえたこと。
ノルの判断で壁を破り、内部を確認したこと。
先行者二組が、すでに刃を交えた後だったこと。
一人が、ひどく傷を負っていたこと。
事実を順に並べていく。
書けば書くほど、あの場の声も匂いも、紙の上で薄くなっていく気がした。
けれど、報告書に泣き言は書けない。
エマは奥歯を噛み、続けた。
――重傷者に治癒スクロールを使用。三枚使用するも、呼吸および意識の回復は確認できず。死亡。
そこで、筆が止まった。
死亡。
たった二文字だった。
エマはしばらく、その文字を見つめた。
やがて、報告書の末尾に、使用した物資を書き足した。
治癒スクロール三枚。包帯。清潔布。水。革紐。
それから、少し迷って、もう一行だけ加えた。
――治癒スクロールの効果範囲、および重度出血時の対応について確認が必要。
書いてから、エマはその一文を見つめた。
確認が必要。
ずいぶん他人事みたいな言葉だと思った。
けれど、今のエマには、それ以上うまく書けなかった。
スクロールが何をして、何をしてくれなかったのか。
傷が閉じれば助かるのか。
血を失った体に、何が起きるのか。
分からないまま、ただ効いてほしいと願っていた。
エマは筆を置いた。
ここで睨んでいても、答えは出ない。
報告書を提出すると、受付の者はざっと目を通し、静かに頷いた。
「ケインギルド長にも回す。今日はもう休め」
「……はい」
返事はした。
けれど、足は寝床へ向かなかった。
廊下を出ると、中庭の向こうに、白魔導士の離れが見えた。窓にはまだ灯りがある。
エマは少しだけ立ち止まった。
リディアがいる。
報告用の板を抱え直し、石畳を渡る。
扉の前で、一度だけ息を吸った。
慰めてほしいわけではない。
誰かのせいにしたいわけでもない。
ただ、このまま眠るのは嫌だった。
エマは扉を叩いた。
少しして、中から静かな声がした。
「どうぞ」
エマは扉を開けた。
薬草と乾いた紙の匂いがした。机のそばに、リディアが座っている。巻かれた包帯と、整理途中の記録帳が置かれていた。
リディアはエマの顔を見ても、驚かなかった。
「帰ってきたのですね」
その一言に、エマの胸が少し詰まった。
「……はい」
自分は帰ってきた。
そう思うと、言葉が続かなかった。
リディアは筆を置いた。
「座りますか」
エマは小さく頷き、椅子に腰を下ろした。
少しの間、何も言えなかった。
膝の上で、手を握る。血はもうついていない。それでも、指先の感覚だけが残っていた。
「リディアさん」
ようやく声が出た。
「治癒スクロールは、何ができるんですか」
リディアは黙ってエマを見た。
エマは続けた。
「それと、何ができないんですか」
すぐに答えは返ってこなかった。
リディアは少し目を伏せ、それから棚の方へ歩いた。古い巻物を一つ取り、机の上に置く。
「これは、治癒のスクロールです」
エマはその巻物を見た。
「けれど、治癒といっても、すべてを元に戻すものではありません」
リディアの声は静かだった。
「傷を塞ぐ。出血を抑える。体が戻ろうとする力を助ける。おおまかに言えば、そういうものです」
「……戻ろうとする力」
エマが呟くと、リディアは頷いた。
「そうです。だから、戻る力が残っていなければ、届かないことがあります」
その言葉に、エマは息を止めた。
リディアは、エマから目を逸らさなかった。
「失った血は戻せません。傷が閉じても、体の中で壊れたものが、そのまま残ることもあります。息が途切れかけている時、光だけでは足りないこともあります」
エマは黙っていた。
あの時、光は出ていた。
確かに出ていた。
けれど、あの人の息は戻らなかった。
「白魔法は万能ではありません」
リディアは言った。
「スクロールなら、なおさらです」
エマは膝の上の手を握った。
「私は……傷が閉じれば、助かると思っていました」
「そう思いたくなる時はあります」
リディアは否定しなかった。
「でも、違うんですね」
「違う時があります」
きっぱりとは言い切らない。
けれど、逃げ道も作らない言い方だった。
エマは少し俯いた。
「じゃあ、何を見ればよかったんでしょう」
リディアはすぐには答えなかった。
「それは、私だけで教えきれることではありません」
エマは顔を上げた。
「白魔法とスクロールの限界なら、話せます。けれど、現場で傷を見て、血を見て、体を動かしていいかどうかを判断するのは、別の腕です」
「別の腕……」
「マルタという治療師がいます」
リディアは言った。
「白魔導士ではありません。けれど、人を生かすための手を知っている人です。ギルドとも契約があります」
マルタ。
エマはその名を、心の中で繰り返した。
「その人に、会えますか」
「話は通せます」
リディアは少しだけ間を置いた。
「ただ、優しい教え方をする人ではありませんよ」
「……怒る人ですか」
「怒ります」
リディアは静かに言った。
「たぶん、よく怒ります」
エマは少しだけ眉を寄せた。
「……怒られるくらいで済むなら、安いです」
言ってから、自分でも少し乱暴な言い方だと思った。
けれど、引っ込める気にはならなかった。
「会わせてください」
リディアは少しだけエマを見つめた。
それから、小さく頷いた。
「連絡しておきます」
「ありがとうございます」
エマは頭を下げた。
椅子から立ち上がろうとした時、リディアが静かに言った。
「エマさん」
「はい」
「今回のことを、早く整理しようとしなくていいです」
エマは動きを止めた。
「報告書には、必要なことを書いたのでしょう。それで十分です。あなたの中まで、今日中に片づける必要はありません」
その言葉は、慰めというより、止めるための言葉に聞こえた。
これ以上、自分で自分を責め続けるな、と。
エマは小さく頷いた。
「……はい」
扉を出ると、夜の空気が頬に触れた。
ギルドの館からは、まだ人の声が聞こえている。
誰かが笑い、誰かが荷を運び、誰かが叱られている。
いつもの音だった。
マルタに会う。
何を言われるかは知らない。
怒鳴られるかもしれないし、追い返されるかもしれない。
それでも、行く。
エマはそう決めて、夜の中庭を渡った。
前書きの設定情報を修正しました。
本作品は未完成な部分や表現に納得できない箇所が随所にあります。なので、随時修正します。
シナリオや展開を変えるつもりはありません。
ご容赦ください。




