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ダンジョンサポーター  作者: Aramaki_mai
第三章 白い封筒
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第46話 自分は

ダンジョンに潜る人たちの話です。

ライト文芸寄りのダークファンタジーです。


▼登場人物

エマ・ウォーカー     主人公です。

オスカー・ウォーカー   エマの弟

サイモン・レック     白鹿のギルドを襲撃した、素性の知れない謎の男。


▼主人公について

白鹿のギルドで働く二十歳前後のサポーター。

元前衛だが、今は救護、素材回収、物資管理、食料と水の配分、退路確認などを担い、探索隊を生きて帰すために働いている。


あらすじ

リースが連れていかれたあと、ケインはエマに、ミラの死がただの事故ではなかった可能性を告げる。あの日、白鹿の館で混乱が起きた裏で、ローワンに関わる地図が消えていた。母の死、白鹿で働き続けてきた日々、リースから向けられた恨み。いくつもの重さを抱えたまま、エマはオスカーの待つ家へ帰る。だが、そこで待っていたオスカーもまた、エマの知らない傷を抱えていた。袖口の濡れ、杖の泥、少ない買い物袋、肘をかばう仕草。いつものエマなら気づけたはずの異変を、今夜の彼女は見落としてしまう。危ないことを話せないエマと、何も知らされず家で待つしかないオスカー。二人の言葉はすれ違い、エマの「家にいて」という願いは、オスカーには「何もしないでいろ」という言葉として刺さる。傷ついたオスカーは杖を取り、夜の町へ出ていった。

扉が閉まったあとも、家の中の気配は背中に残っていた。

椅子の脚が床をこすった音。鍋の残り火が小さく鳴る音。エマが名前を呼ぼうとして、途中で息を詰まらせた気配。

オスカーは振り返らなかった。

振り返れば、戻ってしまうと思った。

夜の空気は冷たかった。上着の襟を留めていないことに、石段を二つ下りてから気づいた。手を伸ばせば留められる。けれど、指がうまく動かない。杖を握る手だけが、やけに強くなっていた。


石畳を杖が叩く。

一度。

少し遅れて、足がついてくる。

また一度。


家の床では聞き慣れていた音が、外へ出ると別のものに聞こえた。夜の通りに、杖の音だけが余計にはっきり響く。まるで、自分がどこへ逃げても、ここにいると知らせているみたいだった。

安心してて。


自分で言った言葉が、胸の奥で何度も戻ってきた。

姉さんは、僕が家にいれば安心なんだよね。

なら、安心してて。


言った瞬間は、少しだけ勝った気がした。

違う。

勝ちたかっただけだ。


エマを傷つけたかったわけではない。傷つけたいと思った自分を、すぐに嫌になった。

それでも、戻れなかった。

戻って、何と言えばいいのか分からない。


ごめん。

違う。

さっきのは違う。


そう言えば、エマはきっと頷く。疲れた顔で、無理に笑って、オスカーの方が悪いわけじゃないと言う。そうして、また自分だけが安全な場所に置かれる。

それが嫌だった。


オスカーは道の端に寄った。


いつもなら避ける道だった。夜の店が並ぶ細い通り。昼よりも灯りは少なく、閉めかけた戸の隙間から酒の匂いが漏れている。水を流したあとの石畳はところどころ濡れていて、杖の先が滑りそうになる。

白鹿の館へ続く大通りの方は、まだ人の声が残っていた。


「また白鹿か」


誰かが言った。


「東水門でも揉めたらしいぞ」


「館の方も灯りが上がってた。火事じゃないって話だが」


オスカーは足を止めかけた。


白鹿。東水門。館。


言葉のひとつひとつが、遠くの石みたいに胸へ当たる。何が起きたのかは分からない。聞けば分かるのかもしれない。けれど、聞きに行く先には白鹿がある。エマがいる場所がある。エマが帰ってきた理由がある。

今は、そこへ近づきたくなかった。


オスカーは大通りを避けて、東側の細い道へ入った。

足は自然と水路の方へ向かっていた。

気づいた時には、昼間に転んだ場所の近くまで来ていた。魚屋の店は閉まり、野菜を並べていた台も片づけられている。昼に濁った水が流れていた石畳は乾きかけ、ところどころに薄い泥だけが残っていた。

古い水路は、夜になると昼よりも深く見えた。

黒い水が、石の縁をゆっくり叩いている。流れは強くない。けれど、暗がりの中では底が見えない。

オスカーは水路の縁から少し離れたところで止まった。


杖を握る。

あの時、ロイがここへ投げた。

自分は取りに行った。滑った。落ちかけた。


その背中を掴まれた。

助けられた、とは言いたくなかった。けれど、あのままだったら落ちていた。あの男がいなければ、泥水に落ちて、もっと笑われて、濡れた杖を抱えて家へ帰っていた。

そして、エマに嘘をついていた。

今日も、言わなかった。エマは気づかなかった。

気づいてほしかったのか。


オスカーは自分でも答えられなかった。

気づかれたら嫌だった。心配されるのは嫌だった。ロイたちのことを知れば、エマは絶対に黙っていない。白鹿へ行き、相手の家へ行き、怒る。自分のために、また動く。

それが怖い。


でも、何も気づかれないのも、同じくらい苦しかった。


「今日は、靴は濡れていないようですね」


声がした。

オスカーは肩を揺らした。

振り返ると、石壁の影から男が歩いてきた。昼間と同じ外套。目立たない色。町のどこにでもいる人間のようで、どこにも属していないようにも見える。

サイモンだった。

オスカーは杖を握り直した。


「……なんでいるんですか」


「歩いていたら、ここへ出ました」


「そんな偶然、ありますか」


「ありますよ。町は広いようで、同じ道へ人を戻すことがあります」


サイモンは近づきすぎない場所で足を止めた。

昼間と同じだった。

助けると言わない。大丈夫かとも聞かない。傷を覗き込もうともしない。ただ、オスカーが逃げられる距離を残して立つ。

それが、妙に腹立たしかった。


「僕を見張ってたんですか」


「そう見えますか」


「見えます」


「では、そう思っていても構いません」


否定しないのか。

オスカーは眉を寄せた。


「変な人ですね」


「よく言われます」


「言われるんだ」


「ええ。あまり褒め言葉ではありませんが」


サイモンの声は、相変わらず静かだった。笑っているようにも見える。けれど、軽くはない。

オスカーは水路へ視線を戻した。


「今日は杖を落としてません」


「そのようですね」


「だから、助けはいりません」


「助けるとは言っていません」


胸の奥が、少しだけざらついた。

オスカーは黙った。

水音だけが続く。遠くで夜番の鍵束が鳴った。白鹿の方では、まだ人が動いている気配がある。町は眠ろうとしているのに、どこかだけが眠れずにいる。

サイモンが言った。


「家に帰らないのですか」


オスカーは答えなかった。


「帰れない理由がある」


「違います」


「では、帰らない理由がある」


オスカーは唇を噛んだ。

どちらも同じだと言い返そうとして、やめた。同じではない。帰れないのと、帰らないのは違う。今の自分がどちらなのか分からないから、余計に腹が立つ。


「姉さんと、けんかしただけです」


言ってから、胸が痛んだ。

けんか。


そんな言葉で済むなら、どれだけ楽だろう。

サイモンは少しだけ首を傾けた。


「それは、あなたが悪いのですか」


「知りません」


「お姉さんが悪い?」


「違う」


答えはすぐ出た。

強すぎた。


サイモンは、その強さを聞き逃さなかったように見えた。


「では、悪い人を探したいわけではない」


「そういう話じゃない」


「そうですね」


あっさり引かれて、オスカーは言葉を失った。

サイモンは水路へ目を向けた。


「お姉さんを悪く言わせたくないのは分かりました」


「当たり前です」


「では、あなた一人を悪者にする必要もありません」


オスカーは水路を見た。

黒い水が、石の縁を叩いている。


「それも違います」


「違いますか」


「僕は、そういうことを言ってるんじゃない」


「ええ」


サイモンは頷いた。


「だから、困っているのでしょう」


オスカーの指が、杖に食い込んだ。

分かる、とは言わなかった。

それなのに、胸の奥へ指を入れられたようだった。


「姉さんは、悪くないんです」


「ええ」


「本当に、悪くないんです」


「そうでしょうね」


「なのに」


そこから先が出なかった。

オスカーは杖の柄を握った。親指の腹が、昼間に巻いた革片へ触れる。

サイモンは、何も言わなかった。

その沈黙が、かえって言葉を引き出した。


「……なのに、腹が立つんです」


声は小さかった。

水音に負けそうだった。


「姉さんが悪いわけじゃないのに。僕のことを大事にしてくれてるのに。そういうの、分かってるのに」


サイモンは頷かなかった。

否定もしなかった。ただ、そこにいた。

オスカーは続けた。


「僕が何かしようとすると、姉さんは危ないって言う。外へ出れば危ない。遅くなれば危ない。杖が合わないなら言え。痛むなら言え。無理するな。待ってろ。家にいて」


一度出ると、止まらなかった。


「でも、家にいても、何も変わらない。姉さんは傷だらけで帰ってくる。疲れた顔で笑う。何も言わない。僕には大丈夫って言う。でも、大丈夫じゃないのは分かる。なのに僕が聞くと、姉さんが困る」


杖の先が石に当たった。

乾いた音がした。


「僕が何かできるって言えば、危ないって言われる。何もしなければ、安心される。じゃあ、僕は何なんですか」


最後の声は、怒鳴り声にはならなかった。

怒鳴るには、喉が詰まりすぎていた。

サイモンは水路を見たままだった。


「大事にされることが、嫌なわけではないのでしょう」


オスカーは顔を上げた。

サイモンの声は、優しくはなかった。慰めるために丸めた言葉ではない。けれど、ひどく冷たいわけでもなかった。


「でも、重くなる時はある」


オスカーは言い返せなかった。

エマの声が戻ってくる。

私は、あんたまで失いたくないだけ。

お願いだから、今は家にいて。

オスカーまで危ないことをしたら、私はもう持たない。

オスカーは水路から目を逸らした。


「……そういう言い方、しないでください」


「嫌でしたか」


「分かってるみたいに言わないでください」


「分かったふりなら、もっと優しい言葉を選びます」


サイモンの声が、少しだけ硬くなった。

怒ったわけではない。けれど、刃の背を指先でなぞるような冷たさがあった。


「優しい言葉は、聞き飽きている顔をしています」


オスカーは唇を噛んだ。

優しい言葉。大丈夫。心配いらない。あなたは悪くない。

そういう言葉なら、たぶん欲しくなかった。

いや、欲しかったのかもしれない。


分からなかった。


「あなたは、助けられるだけの人間ではありません」


サイモンが言った。

オスカーは顔を上げた。


「足が遅いことと、選ぶのが遅いことは違います」


その言葉は、杖を持つ手に落ちた。

オスカーは息を止めた。


「歩くのに杖が要ることと、何かを決めるのに誰かの許可が要ることも、違う」


水路の音が、少し遠くなった。


「……僕のことを、何も知らないくせに」


「知りません」


サイモンはすぐに答えた。


「ただ、杖を握っている手は見えます」


オスカーは自分の手を見た。

白くなるほど、握っていた。


「昼間、あなたは杖を取りに行きました。怖くなかったとは思いません。恥ずかしくなかったとも思いません。それでも、手を伸ばした」


「自分の杖だからです」


「ええ」


サイモンは静かに頷いた。


「自分のものだったからでしょう」


オスカーは黙った。

その言葉だけが、胸の内側に残った。


自分のもの。杖。痛み。怒り。

帰るかどうか。

それらが、いっぺんに頭の中へ入ってきて、どれも形にならなかった。


「……僕は、悪いんですか」


聞くつもりはなかった。

でも、出てしまった。


「姉さんに怒って、家を出て、こんなところまで来て」


サイモンはすぐには答えなかった。

その間が、嘘を探していないように見えた。


「悪いと言われたら、帰れますか」


オスカーは眉を寄せた。


「何ですか、それ」


「叱られに帰るなら、道は分かりやすいでしょう。謝る。許される。椅子に戻る」


「そんな話じゃない」


「ええ。そんな話ではない」


サイモンは水路から目を離さずに言った。


「だから、悪いかどうかだけでは足りない」


オスカーは黙った。

サイモンの答えは、欲しかった形ではなかった。

けれど、外れているとも言えなかった。


「痛いものは、誰かが悪いから痛いとは限りません」


サイモンの声は、低かった。


「大事な人の言葉ほど、逃げ場がない時があります」


オスカーは息を吸った。

冷たい空気が胸に入る。痛い。

サイモンはそれ以上、すぐには続けなかった。

言葉を置いたあと、オスカーがそれを拾うかどうかを見ているようだった。


「僕がいなければ」


言いかけて、止まった。

サイモンは振り返らなかった。

待っている。

その沈黙に、オスカーは腹が立った。言わせようとしているのか。違う。言わなくてもいいと言っているのか。それも違う。ただ、どちらでもいい顔でそこにいる。


「……何でもありません」


「そうですか」


それだけだった。

聞き返さなかった。

オスカーは喉の奥に詰まったものを飲み込んだ。

言えば、たぶん崩れる。

自分がいなければ、エマはもっと楽だったのではないか。

その言葉だけは、まだ人に聞かせたくなかった。聞かせた瞬間、本当になってしまいそうだった。

サイモンが言った。


「人は、自分を責める時だけ、妙に器用になります」


オスカーは顔を上げた。


「それも、僕を見て分かったんですか」


「今、言いかけてやめたでしょう」


サイモンは少しだけオスカーを見た。


「それで十分です」


オスカーは黙った。


「言わなくていい」


サイモンは続けた。


「言えば、戻れなくなる言葉もあります」


その声は、優しくはなかった。

けれど、責めてもいなかった。

オスカーは唇を噛んだ。

言わなくていい。

そう言われたのに、胸の奥では、言えなかったものだけが大きくなっていく。

サイモンは水路へ目を戻した。


「今夜は、それで十分です」


オスカーは何も返せなかった。

慰めではなかった。

許しでもなかった。

それでも、さっきより少しだけ、息がしやすかった。

遠くで、白鹿の方へ向かう足音が増えた。

誰かが急いでいる。夜番ではない。探索者の足だ。怪我人を運ぶ時のような低い声も混じっている。

オスカーはそちらを見た。


エマ。


家の中にいるはずだ。たぶん、まだ椅子にいる。追ってこられなかった。疲れていた。顔色も悪かった。

自分は、あの姉を置いて出てきた。

胸が締めつけられる。

サイモンが言った。


「帰るなら、今のうちです」


オスカーは目を伏せた。


「帰れってことですか」


「いいえ」


「じゃあ、何ですか」


「帰る理由を、誰かに渡さない方がいい」


オスカーは顔を上げた。

サイモンは水路を見たままだった。


「お姉さんが心配だから帰る。それなら、あなたのものです。まだ顔を見たくないから、少し歩く。それも、あなたのものです」


あなたのもの。

昼間と同じ言葉だった。

あの時も、サイモンはそう言った。

立てるなら立てばいい。休みたいなら休めばいい。どちらを選んでも、あなたのものだと。


「ただし」


サイモンの声が、ほんの少しだけ低くなった。


「何もできないから帰る、だけは選ばない方がいい」


オスカーは息を止めた。

サイモンの目は、暗がりの中でも静かだった。


「それを理由に帰ると、次も同じ場所に座ることになる」


脅しのようではなかった。

だから、怖かった。

オスカーは杖をついた。

足の痛みが戻ってくる。家を出てから、痛みを感じる余裕もなかったらしい。膝の奥が重い。肘も熱い。体は帰りたがっている。

でも、胸の中の何かは、まだ家に戻ることを拒んでいた。


「少し歩きます」


オスカーは言った。


「家とは反対ですか」


「遠回りです」


「そうですか」


サイモンは頷いた。


「では、石畳の濡れたところは避けてください。右の通りは坂がきつい。左の水路沿いは遠回りですが、足場はましです」


「……詳しいですね」


「町を歩くのは嫌いではありません」


「怪しい」


「それも、よく言われます」


オスカーは少しだけ息を吐いた。

笑ったわけではない。

けれど、さっきまで喉を塞いでいたものが、ほんの少し動いた。

サイモンは背を向けかけた。

オスカーは思わず言った。


「あの」


サイモンが振り返る。


「何ですか」


「……姉さんは、本当に悪くないんです」


同じことを、もう一度言った。

今度は、サイモンにではなく、自分に言い聞かせるような声だった。

サイモンは頷いた。


「ええ」


「でも、僕も」


続きが出てこなかった。


僕も、苦しい。


僕も、見てほしい。


僕も、何かを選びたい。


どの言葉も、口に出すとみっともない気がした。自分が欲しがっているようで、情けなかった。

サイモンは、その続きを急かさなかった。


「今夜は、誰にも渡さなくていい」


オスカーは目を上げた。


「持ったまま帰ればいい」


水路の音が、急に近くなった気がした。

その言葉は、慰めにしては冷たかった。

けれど、オスカーは胸の奥で何かが崩れるのを感じた。

泣きそうになった。

だから、すぐに顔を逸らした。


「帰ります」


「遠回りは?」


「します」


「そうですか」


「でも、帰ります」


「それがいい」


「命令じゃないですよね」


サイモンはわずかに口元を動かした。


「あなたの選択です」


オスカーは杖をついた。


一度。

足を運ぶ。

もう一度。


家へまっすぐ戻る道ではない。水路沿いを少し回って、坂の緩い方から帰る道だ。時間はかかる。エマは心配するかもしれない。もうしているかもしれない。

それでも、今すぐ扉を開けるよりはましだった。

今の顔で戻れば、また傷つける。

少し歩いて、息を整えて、それから帰る。

それくらいは、自分で決めていいはずだった。

数歩進んでから、オスカーは振り返った。

サイモンは、もう水路の影に半分溶けていた。


「サイモンさん」


男が足を止める。


「革片、まだ返してません」


「覚えていましたか」


「借りたものなので」


「では、次に会った時に」


次。


その言葉が、当たり前のように置かれた。

オスカーは少し迷った。


「また、会うんですか」


「町が同じ道へ人を戻すことはあります」


サイモンは、昼間と似たことを言った。


「ですが、会いたくなければ避ければいい」


「避けられるんですか」


「試してみる価値はあります」


変な人だ。

やはりそう思った。でも、嫌ではなかった。

オスカーは小さく頷き、歩き出した。

水路の音が背中で遠ざかる。夜の町はまだ冷たい。白鹿の方では、消えない灯りがいくつも揺れている。家の灯りも、たぶんまだ消えていない。


帰る。


けれど、ただ待つために帰るのではない。

そう思おうとした。

まだ、うまく思えない。


胸の中はぐちゃぐちゃで、エマの顔を見ればまた何かを間違えるかもしれない。謝れるかも分からない。怒りが残っている。寂しさも残っている。自分が重荷だという思いも、消えたわけではない。

それでも、杖の音は前へ進んでいた。


一度。

少し遅れて、足がついてくる。

また一度。


オスカーは夜の通りを、遠回りして家へ向かった。

背後の水路では、黒い水が石を叩いていた。

サイモンはしばらく、その音を聞いていた。

やがて男は、オスカーが消えた道とは違う暗がりへ、静かに歩き出した。


本作品は未完成な部分や表現に納得できない箇所が随所にあります。なので、随時修正します。

シナリオや展開を変えるつもりはありません。

ご容赦ください。

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