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ダンジョンサポーター  作者: Aramaki_mai
第二章 六階層崩落
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第28話 全てが軋む

ダンジョンに潜る人たちの話です。

ライト文芸寄りのダークファンタジーです。


▼登場人物

エマ・ウォーカー     主人公です。

ノル・ハーヴェイ     白鹿の探索隊長の一人

ニナ・クラーク      白鹿のギルド所属の前衛 エマの仲間


▼主人公について

白鹿のギルドで働く二十歳前後のサポーター。

元前衛だが、今は救護、素材回収、物資管理、食料と水の配分、退路確認などを担い、探索隊を生きて帰すために働いている。


あらすじ

時間は少しさかのぼり、五階層で床が崩れた直後。崩落した穴を見下ろすガロンは、ノルたちが六階層へ落ちたことを確認し、サイモンに下へ回るよう命じる。目的は救助ではない。生き残りがいれば、崩落事故に見せかけて確実に殺し、証拠を残さないためだった。サイモンは剣ではなく、岩や地形を使って事故に見せるよう指示を受け、暗い迂回路へ消えていく。そうして六階層の底に現れた灯りは、エマたちを地上へ導くためのものではなく、口を封じるために近づいてきたものだった。

浅い水の匂いと、崩れた石の粉が漂う回廊跡で、エマたちは男と向き合っていた。


救助隊ではない。

男の顔から、笑みは消えなかった。

消えなかったことが、逆に気味悪かった。


「……よく見ていますね」


その声は、もう救助隊のものではなかった。

エマはノルの前に半歩出た。


背後には壁。右には崩れた石柱。左は浅い水場へ続く段差。逃げ場は広くない。

ノルは脇腹と肋骨を痛めている。ニナも足をかばっている。

まともに走れる者は、誰もいなかった。


男は剣を抜かなかった。腰に剣はある。

だが、手をかける気配すらない。

その代わり、男の目は三人ではなく、周囲を見ていた。


天井。

壁。

足元。

崩落で割れた石。


その視線の意味までは、まだ分からない。

けれど、エマの喉は自然と強張った。


「ニナ、相手を見て」


エマが低く言うと、ニナは短剣を構え直した。


「エマは」


「ノルを支えます」


「分かった」


ニナはそれ以上言わなかった。

今は言葉を重ねる時間がない。ノルも壁に背を預けたまま、浅く息を整えている。

男の手が、外套の内側へ入った。

次の瞬間、細いものが灯りを横切った。

ニナが短剣で弾いた。

金属が触れる、小さな音がした。


針だ。


エマがそう気づいた時には、二本目が飛んでいた。


「伏せて!」


エマはノルの肩を押した。針はノルの頬の横をかすめ、後ろの壁に当たって跳ねる。

男は足を止めたまま、三本目を投げた。


今度はニナではない。

エマが退こうとした先、足元の石へ刺さった。

エマの動きが止まる。

当てに来ているだけではない。

動く場所を選ばせている。


「誘導されてる」


ニナが低く言った。

男の口元が、かすかに動いていた。

声はほとんど聞こえない。祈りではない。独り言でもない。同じ調子の言葉が、石壁に吸い込まれていく。

エマは、その光景を見た瞬間に悟った。


まずい。


「詠唱してる!」


エマが叫んだ次の瞬間、天井から大きな音が鳴った。

石が割れる音だった。


「上!」


ノルが叫ぶ。


エマは考えるより早く、ノルの体を横へ押した。ニナも同時に身をひねる。

直後、天井が崩れた。


抱えきれないほどの岩が、真上から落ちてきた。ひとつではない。続けて、重い石塊が床を叩く。

さっきまで三人がいた場所で岩が割れ、破片が足元を跳ねた。

その場の動きが、一瞬だけ止まる。


天井。壁。足元。崩落で弱った石。

そのすべてが、男の手の届く凶器になっていた。


逃げれば針。

止まれば崩落。


負傷したノルを支えたままでは速く動けない。ニナも足をかばい、動きに余裕がない。


小石がひとつ、頭上から落ちた。

その音が合図になった。


男の手が再び外套の内側へ沈む。

ニナが短剣を上げた。飛んできた針を弾く。だが、弾いた瞬間には次の針が来ていた。


今度はニナではない。

ノルの足元だ。


「ノル!」


エマがノルの腕を引く。針は石に当たり、跳ねた。跳ねた先でノルの裾を薄く裂く。

ノルの体がぐらついた。

エマは肩を入れて支えた。その重さで膝が沈む。

男の唇が、また動いた。


「来る!」


ニナが叫ぶ。

エマはノルの肩を押し下げた。

直後、上から石が降った。


大きな塊が床を叩く。割れた破片が跳ね、エマの腕を打った。

エマは荷を頭上に掲げた。石が布袋に当たり、鈍い音が腕に響く。中の瓶が割れたのか、腰のあたりで液体が滲んだ。


何が割れたか確認する余裕はない。

ニナはノルの横に身を入れ、短剣を振るった。落ちてきた石片を払うたび、刃が震える。


男は近づいてこない。

近づく必要がないのだ。

針で動きを止める。


口元が動いたあと、天井が崩れる。

避けた先には、また針が来る。

この場所そのものが、男の武器だった。


エマは奥歯を噛んだ。

倒すことを考えるな。


今の男は、剣で斬り合う相手ではない。こちらを追い詰め、動く場所を奪い、石に殺させようとしている。


「エマ」


ノルが低く言った。


「俺を置いて、動け」


「嫌です」


考えるより先に、声が出ていた。

ノルの顔がわずかに歪む。痛みのせいだけではない。


「邪魔になる」


「知ってます」


エマはノルの腕を自分の肩へ強くかけ直した。


「でも、置かない」


男の唇が動いた。

また来る。


「右!」


ノルが叫ぶ。


エマはノルを引きずるようにして右へ動いた。足元の水が跳ね、ノルの体重が肩に食い込む。

次の瞬間、二人がいた場所に大きな石が落ちた。

床が割れ、破片が飛ぶ。


エマの頬を小石がかすめた。痛みが走ったが、止まれなかった。


「ニナ!」


エマが叫ぶより早く、ニナが男へ踏み込んでいた。

足は万全ではない。それでも、ニナは短剣を低く構え、男の外套の内側へ入る手を狙った。

男が半歩下がる。ニナの刃は届かない。

だが、男の口元が一瞬だけ止まった。


「こっち見てなよ」


ニナの声は荒かった。


「そっちばっか見てると、刺すよ」


男は答えなかった。

外套の内側から、針が飛ぶ。


ニナは弾いた。

一本目。

二本目。


だが、三本目は角度が低かった。短剣が追いつかない。

針がニナの左腕の袖を裂き、皮膚に浅く食い込んだ。


「ニナ!」


「倒れてない。戦える!」


ニナはそう返したが、左手の指が短剣に添え直そうとして、一瞬遅れた。


「毒……左、しびれる」


それでもニナは針を抜かなかった。

抜く暇がない。

左腕を体に寄せたまま、右手だけで短剣を握り直す。


「エマ、ノルを動かして。こいつは私が引きつける」


その言葉と同時に、ニナはまた踏み込んだ。

男の目が、初めてはっきりとニナへ向いた。

その一瞬を、エマは逃さなかった。ノルを壁際へ押し下げるように支える。


「ここで踏ん張ってください」


ノルが返事をする前に、エマは腰袋へ手を入れた。


油袋。


指先に触れたそれを掴み、男へ向けて投げる。

袋は男の外套に当たって裂けた。油が布に染みる。


男の動きが止まった。

驚いたわけではない。怯えたわけでもない。

ただ、計算にないものを差し込まれた一瞬だけ、手が止まった。


ニナはその隙に踏み込んだ。

短剣の切っ先が男の袖口を裂き、隠されていた針が一本、石の床に落ちる。

だが、男は崩れなかった。

油袋を投げたエマへ、男の視線が移る。


まずい。


エマがそう思った瞬間、針が飛んだ。

避けるには近すぎた。


肩に刺さる。深くはない。けれど、冷たいしびれがすぐに広がった。

ニナが言っていた毒だ。

エマは歯を食いしばり、針を抜いた。


指は動く。

まだ動く。

男の唇が、また動いた。


今度は早い。


「ニナ、下がって!」


ニナが横へ跳ぶ。だが、左腕が使えないせいで姿勢が崩れる。

エマはノルを支えたまま、ニナの方へ手を伸ばしかけた。


届かない。


次の瞬間、天井が鳴った。

抱えきれないほどの岩が落ちる。

ニナのすぐ横に叩きつけられた石塊が砕け、衝撃で水と石粉が跳ね上がった。

ニナは転がるように身を逃がしたが、左足を押さえて膝をついた。


「ニナ!」


「……まだ、いる」


ニナは短剣を男へ向けたまま答えた。声は弱くなっていた。

その時、足元で別の音がした。


かり。


石を削るような音だった。

エマは一瞬、動きを止めそうになった。


かり、かり、かり。


崩れた石の隙間。

壁際の割れ目。

倒れた柱の下。


そこから、小さな黒いものが這い出してくる。

石喰い虫だった。


硬い殻に石粉をまとい、白い顎をかちかち鳴らしている。小さい。だが、一匹ではない。

崩落の振動と砕けた石に引き寄せられて、次々に出てくる。


「最悪……」


ニナが息を呑んだ。


男は虫を見ても、表情を変えなかった。

近づいてきた一匹を踏み潰し、そのままこちらを見ている。


魔物にも動じない。

人の怪我にも動じない。

この場にあるものすべてを、ただ利用するものとして見ている。


石喰い虫が、ニナの足元へ寄っていく。

ニナは下を見られない。見れば、男の針か、次の崩落を食らう。


左腕はしびれ、左足も動きが鈍い。右手一本で短剣を構え、男から目を離さないのが精一杯だった。

エマは残った油袋を掴んだ。

手が震える。


毒のしびれが指先まで来ていた。それでも投げた。

袋はニナの足元の少し前で破れ、油が石の上に広がる。


エマは小灯りを近づけた。

火が走った。


石喰い虫の群れが左右へ割れる。

長くは持たない。

それでも、ニナの足元に一歩分の余裕ができた。


「動ける?」


エマが聞いた。

ニナは答えなかった。

答えの代わりに、右手の短剣を握り直した。


男の唇が動く。

また来る。


エマはノルを引こうとした。

だが、足が思うように出なかった。肩から広がったしびれが腕を重くし、指先の感覚が薄れている。


ノルも動けない。

壁に手をついたまま、立っているだけで限界だった。

ニナも片膝をついたまま、立ち上がれない。


石喰い虫は火を避けている。けれど、炎の弱い端からまた寄ってくる。

男はそれを待っている。


炎の勢いが弱まり、石喰い虫の群れがまた寄ってきた。

ニナの足元が狭くなる。


ノルは壁に手をついたまま動けない。

エマの指先にも、しびれが広がっている。

それでも、男の口元は止まらなかった。

動けば虫に足を取られる。


止まれば石が落ちる。

逃げ道が、一つずつ潰れていった。


分かっているのに、どうにもできない。

天井の奥で、低い音がした。

次は避けられない。


三人とも、ここで死ぬ。


エマはそう直感した。


粉塵の向こうで、男の影が揺れる。

そして、頭上の闇が、また軋んだ。


本作品は未完成な部分や表現に納得できない箇所が随所にあります。なので、随時修正します。

シナリオや展開を変えるつもりはありません。

ご容赦ください。

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