5話 電話越しの地獄
5話受話器越しの地獄
「・・・・・僕やサエだと捕まると即人生ゲームオーバーだけど、まだ小さい君なら可能な方法があるんだ‥‥。君がまとめてくれた前世のドラマの情報・・・あれ使えると思う。」
パパは酸っぱい梅干を食べたような顔で提案したの。
だから笑って、快諾したのよ。
そして、電話をしたの。
12月12日、午後8時か・・・本当なら今日は休日だったのに、オペレーターの子どもがインフルエンザになっちゃって、結局代わりに出なきゃいけなかったのよね。
この仕事、暗い事件の情報が多いから憂鬱だわ。
あ~あ、いたずら電話も多いし・・っと
「もしもし?」
「はい、こちらはクライム・ストッパーズのオペレータ、エル・リンダ。ご用件をどうぞ」
「BTKキラーの犯人の情報を持っています。犯人の名前はデニス・レイダー。被害者から奪ったトロフィーは主に彼の自宅のガレージや天井裏にあります。もしも、今の言動だけで中の捜査権限がもらえなければ、先にウィチタ公共図書館へ行ってください。The Total Turtleカメの飼育に関する本やエンジニアリング、機械に関する専門書などを探して、最初に言ったタイトルの中に被害者の衣類が隠されている可能性が非常に高いわ。」
声が若いと思ったのもつかの間、リンダの背筋に冷たいものが走った。
リンダは即座にデータベースの新規登録画面に、キーボードを叩き始めた。
一瞬で息をのんで問い詰めてしまった。
「ちょっと待って、なんであなたはそのことを知ってるの?」
「何では言えないの、でも知ってる。被害者の無念をはらしてほしいし、それから、ちょっと待って口を潤すわ。」
相手の電話からが一度置いたような音が聞こえる、でもまだ切られてない。
BTKキラーのって、10年以上前よね確か・・・・、なんで?
おそらく声音からは相当若いことが察せられる。
なのに凄い詳細な言動だし犯人の身内かしら?
「ごめんなさい、こっちはまた別の事件だけど、ドラマの中の設定とほとんど一緒だったから覚えてたの。一家惨殺事件、ワイオミング州と州の周辺の州で起こっている過去4-5年間のうち夫婦と一男一女に犬がいる家庭が襲われた件数は6件で会ってる?」
「すいませんここでは様々な事件を取り扱ってるけど詳細は・・・・事実関係についてお答えすることは出来ません。ご承知おきください」
なんとか定型文を言えたけど、ここでまた別の事件の情報!?
しかし、通報者は止まらなかった。まるでメモを読み上げているかのように、殺人鬼の犯行手口、隠し場所、犯人の名前までもを列挙した。
「わかりました。・・・・・無理を言って申し訳ありません。
では、その犯人の情報をお伝えします。
犯人は父親、乱暴者で自信家で・・・家庭崩壊をしてしまい奥さんとは離婚している。
自分と似たような家庭を選んで殺害している、ターゲットの選定は“セラピー”。
被害者の共通点は夫婦のセラピーだと思われる。
・・・・・ちょっとまって、メモを確認するから・・・・」
「セラピーで選ぶ!?」
この子、ニューオーリンズの子よね!?電話番号からわかるのはニューオーリンズの番号だし・・・・?
「それから、被害者一家の夫の結婚指輪だけ抜き取られていると思われる。
被害者の家に難なく入っている様子から見て、何日も・・・・何週間も相手のことを監視して観察してから犯行を起しているの。
犯人は犬の首輪を自分につけて――犬用のドアから潜り抜けてドアに入った。
犬が吠えないのも・・・多分何日も前から観察して、犬と関りを持っていたからきっと、簡単に、・・・・殺せたでしょうね。可哀そうに・・・・」
彼女が一端、深呼吸をしている間、私は息をつく暇もなく困惑している。
犬用のドアってかなり小さいけど、本当に・・・・?
「数日間は家族を一人ひとり隔離して、生かしています。
そして・・・・弱い子供から・・・手にかけて父親に見せつけて思い知らせるように殺害してるんです。
・・・・ッそんなくそやろうな犯人の名前はジェームズ・ウォレット。
仕事場の人形やおもちゃが置いてある棚の裏、そこが空間になってて記録と、父親たちの――本来は家族の愛の証である結婚指輪が・・・・入ってる箱があります。
あとは州を跨ぐことになるだろうからFBIの管轄です。それから―」
FBIの管轄!?っていうかなんで証拠品の場所知って!?
「――それから、12月26日、インド洋のスマトラ島沖でマグニチュード9クラスの巨大地震が起きます」
リンダの手が止まった。
「もしもし? 今なんと言いました? 地震?」
事件の情報じゃなくて?
「そう、大きな地震。12月26日現地時間のインドネシア西部時間・・・・朝の7時58分53秒に起こる。勿論おこらないのが一番だけど、今さっき言った事件の犯人が本当に存在するなら・・・・起きてしまう。」
リンダは、ボールペンを握ったまま凍りついた。 目の前の通報用画面には、すでにBTKキラーのデニス・レイダーという名と、図書館の『The Total Turtle』という具体的なタイトルが打ち込まれている。さらに、聞いたこともない「ジェームズ・ウォレット」という一家惨殺犯の詳細な手口まで。
それだけで頭がパンクしそうなのに、最後は、まだ一週間以上も先の、しかも地球の裏側で起こる巨大地震の予言。
リンダは、荒い呼吸を整えながら、ボールペンを強く握りしめた。
「あなたの言っている殺人犯の情報は、あまりに詳細すぎる。もしそれが本当なら、警察は即座に動くわ。でも……地震? 分単位の予知なんて科学的にありえないわ!冷静になって考えてみて頂戴。あなたが言ったことが本当ならあなたは予言者みたいなものなの?もしも偽物の情報だったらあなたは逮捕される可能性すらあるわ」
画面には入力したばかりの「デニス・レイダー」「図書館の本のタイトル」「ジェームズ・ウォレットの隠し場所」が。
この内容は、もし少しでも本当なら、アメリカの警察がひっくり返るほどの情報だ。中学生が知るはずのない情報。
だが、最後の津波の予言で、リンダの心に警鐘が鳴る。
(落ち着け、深呼吸よエル。
これは悪質なドッキリか、あるいはこの子が妄想や想像にに囚われているだけかもしれない。
……でも、殺人犯の件があまりに具体的すぎるのよね・・・・)
恐怖と疑問が入り混じる中、彼女は女の子を「冷静にする」という大義名分のもと、冷酷な言葉を口にした。
「ここが、このクライム・ストッパーズは、被害者たちのための民間組織だと知人に教えられました。だか・・・・ら、電話したんです。勿論お金はほしい。けど、そもそも私には権力もお金も何もないんです。」
リンダはやっぱり悪戯なのかしら?とホッとしながら懺悔の続きを聞くことにする。
「7時58分53秒に地震は起こる、こっちだと朝の5時くらい?
そして15分で津波が到着して、朝にひと泳ぎしようとする観光客や、
まだご飯を食べてる最中の人間が家の中にいるんです。
――いながら津波に破壊されたがれきの衝撃で幸いにも意識を失い死ぬ人や、
残念ながら意識を保ったまま流され溺死する人、外で仕事にいそしむ人間、
気が付いたときには流れる濁流を見つめ続けて逃げられない人間。
そんな人たちが大量にいます。」
あまりにリアルで、惨劇の光景が頭に浮かぶような描写だった。
ヘッドセットを持つ手が震え、言葉が喉に詰まって返事が出ない。
「15分で逃げられるわけがないんです
・・・・・・インドネシアのバンダ・アチュ州だけで死者4万人、
アチェ州だけで約16万7千人——人が死んだり、行方不明になりました。
・・・この州ッ、というかインドネシアの建築物はほとんど高いビルが建物が残らないんです。建築物も基本的にレンガで作られてて、地震にはほとんど耐えられないっ!
全部が・・・がれきになります。しかも逃げる時車を使うと水圧の関係でドアが開かなくなって、苦しい中恐怖の中死ぬことになる、そんな未来がインドネシア周辺の国では多数可能性があるんです。先に上げましたけど、このほかの国以外にも――」
「――このほかの国以外にも、タイやスリランカ、インドでも……」
「ストップ!! それ以上は言わないで!!」
リンダは椅子の背もたれに深く背中を打ち付けた。息ができない。
「ごめんなさい、でも私は逮捕される可能性もあることを承知で電話をかけています。むしろ、逮捕されたらホッとします。少なくとも、私の言ってることは嘘だったってことになるでしょ?だから・・・・続けます。」
そうして、続けられた呪いの様な言葉はインドネシアの国の内容を聞いていても想像を絶する人数の被害だった。さらに彼女は言ったのだ。
「死者22万人!?」
「被災者はそれ以上にいたんだから当然だけど、各国の死亡者数を合算するそう・・・。
被害総額は68億ドルを超えるとも9億7700万ドルともいわれると思う。正直どちらが正しいのか私にはわからないの。被害予想額はそちらの頭の良い専門家メンバーにお願い。被害が壊滅的な場所と家がすべて浸水する場所なんかも教えたんだから、政治家や地震の救済対策チームで考えて。」
その額もすごいけど、なんでそこだけ丸投げ!?本当に来るの?そんな未来が・・・・あと2週間しかない!?
「あの、他国の王様の孫娘の死までなぜ知ってるの?」
疑問しかないこの情報にルートを教えてもらうのはご法度なのに、つい聞いてしまった。
「それから、勿論さっきの事件の情報の裏どりをして先に逮捕したりするんだろうけど、その際どうせ私を調べたり、事件の犯人じゃないか調べると思うの。っていうか調べてくれないと、だから私の名前先に言っておくけど、ニュースには私と両親の名前は載せないでください。お願い。」
名前を載せないでなんて、有名になろうとしたり、いたずらでかけてくる愉快犯や、名前を載せる事だけが目的のニュースにデマの特ダネを送り付けてくる輩とは明らかに違う!
この子の言葉が、少年少女特有の妄想でないかもしれないという恐怖が心に募っていく。
今の詳細な描写をまるで見たことがあるかのように語っている・・。
その直後にニュースで騒ぎ立てられないようプライバシー保護を言うなんて、どうかしてるわこの子。
だけどその冷徹さと子供らしいお願いが、余計にリアルだった。
リンダは震える手で、緊急通報メモに『情報提供者:匿名希望( )のプライバシー厳守調べる以外で漏洩禁止』と太字で入力した。
「……あなた。ニュースに名前を載せるななんて……」
リンダは混乱しながらも、キーボードを叩く手を止めることはできなかった。
「もし、この情報が全て本当なら、あなたは……いえ、なんでもないわ。……わかったわ、あなたの情報は全て、記録しました。犯人の情報も、地震の情報も。……本当に、本当のことなのね?」
「私は新興宗教の教祖になりたいわけじゃないし、神様に・・・・残酷な神になりたいわけじゃない。ただ、可能なら、FBI行動分析家の所謂プロファイラーの捜査官にお会いしたいって伝えていただけますか?私の名前はアンジェラ・サクラ・ランドール。このクライム・ストッパーズの善意を信じてます。どうか、どうかお願いします。地震から、津波から故郷が思い出が無くなるのを防ぐ手伝いをお願いいたします。」
リンダは、アンジェラという名前に震えた。匿名だと思っていた少女が、最後に自分をさらけ出した。偽名か本名かはそのうちわかる。だが、
その震える声からは、教祖になりたいという野心ではなく、絶望を前にする痛切という言葉がぴったりなほどの願いが伝わってきた。
リンダはヘッドセットを握りしめ、プロのオペレーターとしての冷静さを取り戻そうと必死になりながら、しかし感情の籠った声で答えた。
「……アンジェラ、あなた。……わかったわ。あなたの本名も、捜査官への伝言も、全て記録した。 いい? 今から私は、この情報を署内の最も信頼できる上層部に伝える。もしこれが本当なら、あなたの行動は数万、いえ、数十万の命を変えるかもしれないし、変えられないかもしれない ……もう、切るわね。一先ず、警察やFBI私たちを信じて。」
彼女は答えなかった。ただ、受話器の向こうで小さく泣くのをこらえ鼻をすする音がした。
これがプロとしての送れる言葉だと確信しながら、震える指で通話終了ボタンを押した。
リンダは、指先にしびれるのを感じながら、ヘッドセットを外した。瞬間、先ほどの22万という重さが胸に響いた。
その人数が少女、アンジェラが言ったとおりに死んでしまうとしたら、知っているのに助けられなかったら――
これをでたらめな話で、ただの子どもの悪戯として片付ける勇気なんて、私にはない。
「リンダ? どうしたの、顔が真っ青よ」前のデスクの同僚が不審げにのぞき込んできたが、答えなかった。
立ち上がり、コピー機の前に立つ。
パソコンから出力した警察の歴史を塗り替えるかもしれない、おぞましい名前のリストと、信じがたい天変地異の予報が並んでいる書類を持って、スーパーバイザーの部屋に駆け込んだ。
この地獄の情報を誰かに渡さないと私も飲み込まれる!!




