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第三十七章 君がくれたもの Sside

テーブルの上に並べた写真。


最初は、ただ“確認するように”置いただけだった。


けれど——


一枚、また一枚と視線を落とすたびに、


そこにあるものが“過去”ではなく、


確かに“生きていた時間”だとわかってしまう。


指先で、そっと一枚目に触れる。


病室の写真。


柔らかい光の中で、


彼女は笑っている。


少しやせているはずなのに、


そんなことを感じさせないくらい、


優しい顔で。


その隣には、小さな子どもたち。


無邪気に笑っている。


(……こんな顔、してたんだな)


知らなかった。


あの人が、


こんな風に誰かを包み込むように笑う瞬間を。


自分の前では見せていなかった表情。


それが、胸に静かに刺さる。


嫉妬ではない。


けれど、


少しだけ——


“知らなかったこと”への寂しさ。


それでも、


その写真から伝わる空気は、


あまりにも穏やかで、


あまりにも温かい。


(……ちゃんと、幸せだったんだな)


そう思えた瞬間、


胸の奥にあった何かが、


少しだけほどけた。


次の写真に視線を移す。


桜の下。


並んで歩く二人。


姪と——弟。


まだ幼さの残る顔。


けれど、


その笑顔はまっすぐで、


迷いがない。


(……似てるな)


思わず、そう呟きそうになる。


顔立ちではない。


雰囲気でもない。


でも、


ふとした笑い方や、


目の奥にある強さが、


どこか自分と重なる。


——いや、


違う。


(……あの人、か)


彼女だ。


あの人の“まっすぐさ”が、


そのまま受け継がれている。


それが、


少しだけ誇らしくて、


同時に、


どうしようもなく遠い。


最後の一枚。


書店の写真。


本棚の前で、


楽しそうに本を選ぶ二人。


彼女が好きだった場所。


彼女が、大切にしていた時間。


その中に、


確かにこの子たちはいた。


(……俺がいない時間だ)


当たり前のことなのに、


その事実が、


静かに胸に広がる。


もしも、あの時。


もしも、見つけられていたら。


もしも——


「……やめよう」


小さく、声に出す。


指先に力が入る。


写真の端を、少しだけ強く押してしまう。


けれど、


すぐに力を抜いた。


(……これは、“あった時間”だ)


自分がいなかった時間。


でも、


確かに必要だった時間。


彼女が選んだ時間。


そして、


この子たちが生きてきた時間。


否定するものじゃない。


奪うものでもない。


「……いい顔してる」


ぽつりと、こぼれる。


自然と、


ほんの少しだけ笑っていた。


寂しさは、消えない。


後悔も、消えない。


でも、


それだけじゃない。


この写真には、


ちゃんと“未来”が写っている。


自分がいなくても、


ちゃんと続いてきたもの。


そして、


これからも続いていくもの。


そっと、


写真を重ねる。


一番上に、


病室の写真を置く。


「……ありがとう」


誰に向けたのか、


自分でもわからない。


彼女か、


この子たちか、


それとも——


この時間そのものか。


ただ、


確かなのは、


空っぽだったはずの心に、


静かに何かが満ちていく感覚だった。


それは、痛みではなく。


喪失でもなく。


——残されたもの。


それを、


やっと受け取れた気がした。

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